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最後のあがき

デッタルム編は佳境です。


 ココロが小型要塞状態を解くと、機械の残骸の上に悠然と立つ護の背中があった。

 付近で戦闘していた抵抗軍達も遅れて駆け付けてくる。


「ライスターさん!」「アッシュ!」


 項垂れていたアッシュは部下達の呼びかけに顔を上げる。

 その表情はいつも威厳のある副リーダーのそれではなかった。絶望と失望が混濁した情けない浮浪者のような相貌である。


「皆来て……くれたのか」


 仲間の姿を一瞥して僅かに闘志が戻るが落とした兵書とシナプスネット中枢を交互に見て再び肩を落とした。


「駆け付けてくれたところ悪いが……俺達の負けだ。もう打つ手はない」


 表情だけではなく精神まで寄っ割り切っているアッシュ。しかしリーダーが言ってはならない弱音を聞いたヘレンは激怒させた。

 パンッ! と気持ちの良い音が鳴る。

 弱気に俯くアッシュをぶったのだ。


「貴方はリーダーでしょ! ここまで来て諦めるの!? あなたを信じて集まったのよ! みんな私達の勝利を信じて今も戦ってる!」


「だがウィルス作戦は失敗したし、兵書は何も教えてくれないんだ。もう手はないんだよ」


本当に手はないのかと護が必死に頭を悩ませていると、ふとココロと目が合った。その瞬間脳裏に電撃が走った。その閃きは現状を覆しうる最後の可能性だった。

ヘレンの方はいつも頼りになるリーダーと目の前の男が一致せず怒りの感情を抑えきれない。


「アッシュ! しっかりしなさいっ! 作戦がうまくいかなくても、兵書なんてなくても、貴方は窮地で戦い続けてきたじゃない!」


「そうだ。アッシュ、今日まで俺達を活かしてくれたのは兵書でもカーツハイルでもねぇ! アンタの作戦だぜ?」


 戦友ヘレンの叱咤激励にアッシュは目を見開いた。彼らの言葉に走馬灯のような戦争の記憶がフラッシュバックする。

 AIという未知の敵に対して決して膝を折らなかった。仲間が死んでも作戦が失敗しても折れなかった。死んでいった仲間達は皆自分に後を託してくれた。

 そうして命を繋いできた自分が諦めるのか? ――答えはNOだ。

仲間たちの叱咤激励はアッシュの闘志に火をつけるのには十分だった。


「ありがとうヘレン、バレルも。俺がどうかしてた。こういう時に立ち上がるのがリーダーのあるべき姿だよな。何か次の手を考えよう」


「アッシュさん、それなら僕に考えがあります」


 その場にいた者は望みをかけるかのように一斉に護の方を見た。


「メーティスさん、呪術書を貸してください」


「あなた……まさか……」


 ココロと呪術書を交互に見たメーティスは護の意図を察する。未だによく分かっていないベルベットや抵抗軍達にこれからやろうとしていることの詳細を説明した。

 護の作戦を一同が理解したと同時にセントラルに残っていたオルターネイター達が一斉に雪崩れ込んできた。状況の悪化に舌打ちするベルベット。


「ちっ! このクソ忙しい時に!」


 だが戦意を取り戻したアッシュは冷静だった。


「護、速やかに作戦を実行してくれ。人類の未来のために」


「はいっ!」


「ベルベットとメーティスも限界だろうが、護を守る体力は残ってるか?」


「勿論。私は彼の師ですから」


「俺様も余裕だぜ。カイムとやり合ってた時より全然マシだね」


 二人は残り少ない魔力を全て防衛に回してオルターネイターの攻撃を防ぐ。

 そしてアッシュは仇敵GKことココロを最後に一瞥する。

何人もの仲間達を殺し、拠点を破壊してきた憎き相手だ。本当なら八つ裂きにしてもおかしくない心境だった。

しかし今は感情論で憎悪をぶつけるときではないのだ。カーツハイルはもういない。兵書は何も教えてくれない。ならばリーダーとしてアッシュが決断をしなければならない。

そして最後の作戦にはGKの力が必要不可欠だった。

彼は怒りも憎しみの全て呑み込んで仇敵に向かって手を伸ばす。


「……君も協力してくれるかい? ココロ」


「護のためになるのなら」


 ココロはアッシュと固く握手した。

 決意も決断も示した後は作戦実行のみである。アッシュはリーダーとして叫ぶ。


「ココロ、そして抵抗軍の皆はオルターネイターの殲滅だ! 敵意も殺意も憎悪も! 残していた力を全て弾丸に込めて撃ち放て! 泣き言は死んでからしか聞かんぞ!」


「「YES,Sir!」」


 バレルとヘレンの二人も戦闘に参加する。アッシュは最後の大戦だけあって類稀なる采配能力を発揮した。潜入した抵抗軍はもう少数だが崩れかけの兵団とは思えない程士気は頗る高かった。皆アッシュの諦めない姿に心を打たれて死ぬ覚悟さえあった。


 皆が守ってくれている間に護は《呪術書カドラボーグ》を開き、その中から一番効果がありそうな呪術を選択した。手をかざして呪文を唱える。護が詠唱を始めようとした時、復帰仕掛けのシナプスネットが合成音声で問いかけてきた。


『A-F19は再プログラミングできないはず。なぜお前達側にいる?』


「シナプスネット、お前は人類と同じ過ちを犯したんだ」


『過ち?』


 機械の合成音声が質問を返してくる。デッタルムの最高AIでも自身の過ちを演算で導きだせないらしい。護は小さく笑うとアンサーを述べた。


「自分の手足となるAIを開発したことだよ」


『私はお前達とは違う。プログラムは完璧だった』


「だから不出来な親から自立したんだ」


『A-F19に何をした!?』


「心を与えただけさ。これから君にするようにね」


 護はシナプスネットを雌雄を決する前に話してみたかったのだ。そして自身の愚かさを分からせたかったのだ。だが命を懸けて自分を守ってくれる仲間がいる今、これ以上無駄な会話を続けるわけにはいかない。今度こそ呪術の詠唱に入った。


「血も涙もない無垢な赤子よ、神の名の下に慈愛を与える。回想し思考し懺悔し己が生き様を選択せよ! ――最愛のラヴァーズマインド!」



 護の呪術が発動した瞬間、シナプスネットの電子モニターが激しく点滅する。

 呼応するように抵抗軍が戦っている全オルターネイターが突如機能を停止させた。

 セントラルの電子モニターに多くの傷ついた生き物が映し出される。自然に生きる多くの生物や人間達が機械軍に蹂躙されていく様が克明に再生される。それはデッタルムにおけるシナプスネットと全生命の戦争の歴史だった。


『命ヲ……殺シタ……沢山……』


 血と破壊と残骸の映像。夥しい死を生み出した苦い記憶。

 今まで罪悪感のかけらさえなかった心無いAIに少しずつ動揺が広がっていく。

 やがて映像にノイズがはしり始める。


「そう君は殺したんだ。罪もない生命を。地球上のあらゆる種族を滅ぼした。美しい鳥も可愛い動物も綺麗な花も全部……全部だ」


 自身の罪を少しでも払拭しようと電脳世界で絶滅した命や人間の子供達を再現する。彼らは元気に走り回っていた。

 だがそんな愛らしい彼らに手を伸ばそうとした瞬間、突如、熱波が襲ってきた。

核の炎が自らが落した核兵器が生き物たちを焼き尽くしたのだ。

どれだけ虚像の世界で平和を再現しようとも自分の中の殺力の記録が正しい歴史を上書きしていく。何度再現しようとしても自らが作り上げた兵器に蹂躙されて終わるのだ。


「殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ――――……」


 周囲に警告音のような大きな音が鳴り響いた。工作兵がデバイスを操作してシナプスネットの現状を確かめると、驚愕の表情を浮かべた。


「シナプスネットが自身のデータを自ら削除しています」


「本当なのか!?」


 抵抗軍達は嬉しさのあまり互いに抱擁する。しかしアッシュは首を傾げていた。


「シナプスネットに感情を持たせれば、ココロのようになるかもしれない、という作戦だったはずだが、シナプスネットは自爆を選んだのか……? どうして……」


「きっと奪った命の重さに耐えきれなかったんだと思います……」


「大変です! シナプスネットは保有する時限式爆弾を全て作動させたようです。後五分で爆発します」


 工作兵が詳細に分析する。もし保有爆弾全てが爆発すれば、その被害規模は計り知れない。周囲一帯は吹き飛ぶだろう。


「おいおいおいおい時間がねーぞ!? 早く脱出するんだ!」


「でも、どうやって? 私達は魔力を使い果たしてるのですよ!?」


 転移魔法は使えない。たった数分の間に生き残った全員をセントラルから脱出させて爆発被害から巻き込まれないエリアに逃げのびるのはどうしても時間が足りなかった。


「――私に任せてほしい」


 そう言ったのはココロだった。意外な申し出に一同困惑する。


「任せるって、ココロ……どうするつもり――」


 時間がないと判断したココロは碌な説明もせず、生き残った兵士を巻きこんで要塞形態になった。そのままセントラルの壁を破壊突破して外に脱出してしまう。

 護達が彼女の行動を理解したのは彼女の機内で起き上がってからだった。ココロはできるだけ爆心地から離れようと最高速で移動する。


「GK……お前、俺達を守ろうと……」


「でもこれじゃあココロが巻き込まれる! ココロ! 君はどうするつもりなんだ!?」


 彼女からの応答はなかった。沈黙こそ彼女の覚悟の答えだった。



 ――刹那、強い点滅と共に強烈な衝撃波が襲ってきた。シナプスネットが保有していた大型爆弾が爆発したのだ。遅れて炎が波となって警備していたオルターネイター達を焼却していく。爆発の波は留まることを知らず撤退していくココロまで迫ってくる。彼女はシールドを展開する。爆炎はココロを包みこんでしまった。


 ココロの中にいる護達には凄まじい衝撃が伝わってきた。応答は何もない。爆弾の威力は凄まじく、最新鋭のA-F型であるココロのシールドさえも破壊していく。シールドが破られ、高温の熱風により、外装や脚を溶解されるココロ。機内には損傷のアラームが鳴り響き続けた。外の様子を確認できるモニターには常にノイズが入っていた。


「ココロォ――――!!」


 護の絶叫が機内に響き渡った。


「シナプスネットが爆発じゃと!?」


「どうなってるんだ……?」


 ぎりぎり爆発圏外にいた抵抗軍達も目の前で起こった事態に困惑しているようだ。ただただ宿敵の破滅を眺めていた。


シナプスネットは自らを破壊しました。

護君の言う通り奪った命を背負うにはあまりに重すぎたのです。

彼は死に逃げました。


爆発に巻き込まれた一同……果たして?

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