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散らばった世界図書 

本を読んだだけなのに……


 見開きのページは目次のようだった。その文字も読める。どこの国の文字かすら分からないにもかかわらずだ。まるで文字の方が護にその読みを教えてくれているようにすらすらと音読することができた。目の錯覚か読んでいる時に文字が光っているように見える。


「アルケ‐『セントリアル・マギア』? モノス‐『グロスロギア』……どこの国の言葉だろう?」


 初めて見る言葉と、その言葉を読むことができる不思議からかどんどん目次のページを読んでいく。もうその本のページから目が離せなくなっていた。

そして目次の最後の言葉を指でなぞりながら音読する。


「ティロス‐『ヴェルト・オーフェン』……」


「ダメです! それを読んではいけないっ!」


 突如聞こえた女性の声に顔を上げると、先程の女性が険しい顔で手を伸ばしていた。思えば先程彼女が胸に持っていた本も見たことがない文字だった。もしかしたらこの本の持ち主は彼女なのかもしれない。勝手に本を読んだことに怒ったのだろうか。

 そんなことを考えて返却しようと本を差し出した瞬間、パンドゥラの書は意思を持つかのように暴れ出して護の手を離れた。そして光り輝き勝手にページが開かれていく。


「ななな、何ですか!? この本は!?」


「くっ! 遅かった! せめて被害を最小限に抑えなくては……っ!」


 宙を舞うパンドゥラの書は輝きを増して点滅していく。その輝きに呼応するように図書館中にある本が棚から飛び出してパンドゥラの書を中心に舞う。

 先程の女性は手に持つ本を開いて呪文らしき言葉をつぶやいた。


『英知の結晶、数多の玉座に戻り給え。その智、その理を想起し我が下に帰順せよ! ―〝亡王の勅命(バレシウス・ダグマ)〟!』


 彼女が呪文を唱え終えると、多くの本が主の命令に従うように元の書棚に戻っていった。しかしパンドゥラの書は虚空に複数の穴を穿つ。出現した黒い穴はまるでブラックホールのようにとてつもない引力を放つ。普通は図書館中の本が吸い込まれそうだが、先程彼女が唱えた呪文が効いたのか、本も本棚もその黒穴の引力に抗った。しかし普通人類の護は引力に抗えなかった。


「うわぁあああ――!!」


 強風に飛ばされかけた護の手を謎の女性が掴み、自身の元に引き寄せる。


「不本意ですが、私の腰に掴まっていてください」


「は、はい」


 護は目の前で何が起きているか分からなかったので、しかし何か事情を知ってそうな彼女の助言に従った。彼女は改めてパンドゥラの書に向き直る。


「やはり異界の扉を開きましたか。ならば次の手です!」


 手持ちの本のページをめくると、彼女は別の呪文を唱え始めた。


『世界よ、汝が孤独である訳を知れ。真理を守るためと知れ、内なる声に耳を傾け、甘美な誘惑に心を閉ざし、今一度栄誉ある孤立を順守せよ! 〝断絶世界(モノクシアコズモ)〟!』


 彼女が呪文を唱えると、穿たれた黒穴は小さくなり消滅していく。だが小さい黒穴が三つ未だに残っていた。そしてパンドゥラの書は黒穴の一つに入っていく。残る二つの黒穴にも本棚から落ちた本が二冊ずつ吸い込まれてしまった。


「貴重な世界図書がっ!」


 本を取り戻そうと手を伸ばすが、腰にしがみついたままの護が重りになって進めなかった。尤も、彼女が身軽な状態でも取り戻すことができなかっただろうが。

 虚空に穿たれた残る三つの穴も徐々に小さくなって消滅した。


 彼女は大層悔しそうに唇を噛んで虚空を睨み付けた。


「パンドゥラの書だけでなく、他に四冊も世界図書が異界へ飛ばされるなんて」


 そして自身の体に密着する存在を思い出して振り返る。


「……貴方もいつまで抱きついているつもりですか?」


 護は「す、すみません!」と慌てて彼女の体から手を離した。


「あなたは……」


そこでようやく、彼女は自分に抱き着いていた男が先ほど図書館で会った人物だと認識したらしい。


「あの、僕貴女を追いかけて来たらここにいて……、ここがどこか分かりますか?」


「私を追いかけてって?」


 彼女は何かに気づいて護の後方の本棚を見た。そして何かを確かめるように手をかざすと、驚いたように目を見開く。


「……我ながら迂闊でした。境界を閉じ忘れるなんて。……だとしたら今回の世界図書喪失の件は私にも責任がありますね」


 一人でブツブツ言いながら、何かをしている彼女に護は疑問を投げかけた。


「あの、境界とか、世界図書とか、どういうことですか? さっきの魔法みたいな力は一体? ……あなたは何者なのですか?」


 多くの疑問が錯綜して混乱する護を見た彼女は最初にやるべきことは彼への説明だと判断したようだ。姿勢を正して自己紹介した。


「そうですね。自己紹介がまだでした。私はメーティス・ヴィヴリオラ。この世界図書館の司書をしております」


「世界図書館……?」


 帰ってきた答えを咀嚼している護に彼女はさらに詳細な説明をし始める。

世界図書館は数多の異世界の中心にあり、様々な世界で生み出された本が収められているらしい。勿論護の世界のものもあるという。


「――それでも全世界のあらゆる本が網羅されている訳ではないので、私が時折異世界との境界を開いてここにない本を買ったり、写本したりしているのです」


 そして、ちょうど写本のために訪れた図書館で護と出会ったというのだ。


「異世界って……、そんなファンタジーな……」


「どの世界の住人も、物語として異世界は知っていてもその存在には懐疑的ですね。時に、異世界から人材を求める稀有な世界もありますけど……」


 彼女が冗談を言うタイプには見えない。嘘はついていないだろう。それに、先程目の前で起こった現代科学では説明が付かないことを思い返せば返すほど彼女の言葉に信憑性が増した。目頭を押さえながら何とか理解しようと情報の束を呑みこむ。


「……つまり現実に沢山の異世界があって、この図書館にはそれぞれの世界の本が沢山あるから世界図書館と呼ばれている。……それであなたがその司書を務めるヴィヴリオラさんってことだね。本の収集中に開いた僕の世界との境界を閉じ忘れて、僕がこの大図書館に迷い込んでしまったと」


 護は彼女の言葉を咀嚼して理解しようと努める。


「理解が早くて助かります。流石に《禁書・パンドゥラ》を読んだだけはありますね」


 彼女の言葉に不思議な本の存在を思い出す。


「……そうだ! 《パンドゥラの書》って何なんですか? 何で僕にあの本が読めたんですか? あの黒い穴に吸い込まれた本は!? ヴィヴリオラさん、教えてください!」


 矢継ぎ早に尋ねる護の口にメーティスは人差し指を当てた。


「メーティスでいいですよ。ヴィヴリオラは発音しにくいでしょう。禁書のことも伝えておかなければなりませんね」


 メーティスは護を自身の書斎に案内する。図書館内にある開けた部屋にもやはり本が埋め尽くされていた。魔法で入れた紅茶を護にも差し出してくれる。


「ありがとうございます」


先程起こった出来事に対してかいつまんで説明してくれた。


「何から話しましょうか。……この図書館には様々な本があることは先程話した通りです。当然中には危険な本がある。それを《禁書》と言います。貴方の世界の政府が指定する不適切書という意味ではありません。本当に危険な本なのです。あの《パンドゥラ》もそう」


「その危険な本をどうして僕が読めたんですか?」


「貴方のようなトレスケアの住民でも読める故に危険なのです」


「トレスケアって?」


「世界司書の私は貴方達が住む世界をそう呼んでいます」


 ゆっくり紅茶を飲むメーティスは続けて説明する。


「《禁書・パンドゥラ》は文字自体に魔力が宿る魔法書です。表紙には手に取った者に文字を認識させる魔法と次のページをめくるよう誘導する魔法がかけられています」


 合点がいった。あの不思議な文字自体が読めるように暗示がかかっていたらしい。そしてすぐに興味を持ってページをめくってしまったのも本に書けられた魔法のようだ。


「表紙に魔法がかけられていたのなら、次の目次ページにもかけられているんですよね?」


 メーティアは首肯する。


「目次には序章から最終章までのタイトルにそれぞれ意味ある魔法がかけられています。一行目から音読するよう魔法がかけられていたはずですから、あなたは目次の最後まで読んだのでしょうね。だからこそ異界の扉〝境界〟が強制的に開かれた」


 先程の光景を思い出してみる。突如暴走した本が黒い穴をいくつも開いた。アレが異世界に続く扉だったのだろう。そして《パンドゥラの書》を含めて五冊の本が穴の中に吸い込まれていったのを護も見えていた。彼女が言った「世界図書の喪失」は護が《パンドゥラの書》を読んでしまったことから起きてしまったのだ。


「ぼ、僕のせいで……大事な本が……」


 自分がしでかしてしまったことに強く責任を感じる護。魔法の書が異世界に流れてしまったのならその影響力は計り知れない。悪人に渡れば、否、異世界の遺物がそこにあるだけでその世界の歴史そのものも変えてしまうかもしれない。椅子から立ち上がったメーティスは振るえる護の肩にポンと手を置いた。


「確かに結果的には貴方が《禁書》を読んだことで起きた出来事ですが、貴方がここに迷い込んだのは私が境界を閉じ忘れたせいです。あまり自分を責めないでください」


「でもっ! 僕に責任があることに変わりません! 表紙を見た時点で魔法がかけられるなら、不用意に《禁書》を手に取るべきではなかったんだ! ……だからせめてメーティスさんのお手伝いをさせてくださいっ!」


 護は彼女に頭を下げた。護自身、自分がこんなに積極的な言動をしたことに驚いていた。いつもなら責任なんて負いたくないと思うはずだ。目の前の彼女が責任を負ってくれるというなら敢えて自分で動こうなんて言うはずはなかった。


(どうしちゃったんだろう。僕なんかに何とかできるヤマじゃないはずなのに……)


 メーティアは驚いたようだったが、少し考えて何かに納得したようだ。


「……そうか。《パンドゥラの書》、第四章を読んだから……」


「第四章……?」


 首を傾げる護にメーティスは取り繕うように話題を変えた。


「何でもないです。そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたね」


「僕は、古本護っていいます」


「では、護。共に異世界に散らばった本を探すのを手伝ってくれませんか?」


「はいっ!」



 様々な異世界から収集した特別な本が治められた世界図書館。メーティスは司書として世界図書を管理していました。

 たまたま迷い込んだ主人公が不用意に読んでしまった本の効果で異世界の扉が開き、世界図書が紛失してしまいます。

 何か考えのあるメーティスは世界図書を取り戻すための護に手伝いを頼みます。

トレスケア=魔法のない我々の世界の呼称です。

 こうして異世界を渡り紛失した世界図書を巡る長い旅路が始まります。


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