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火薬と花火

ココロさんの心は複雑です。


 しばらくココロは沈黙していた。

彼女が動く音だけが聞こえる。護がしばらくモニタールームで転寝をしていると、突如アラームが鳴り響いた。またしてココロが生命反応を検知したらしい。停止したのは廃墟だった。


「今度は間違いない?」


「人間の不明瞭な指示と違って私は合理的に考える。今度は人間で間違いない。ただ生命反応が弱い」


「それって死にかけてるってこと?」


 急いで現場に駆け付けると、干からびかけた男性がいた。見るからに虫の息である。ここに医療器具などはなく、護も回復魔法は使えない。死にゆく人を救う術がなかった。男性は人間の護を見て安心したのかそのまま眠るように息を引き取った。

 これもありふれた悲劇の一つなのだろう。護は彼の無念さに同情し、助けられなかったことを後悔し涙を流した。そんな護を見てココロは首を傾げた。


「彼は護の親族か友人なの?」


「違うよ。全然知らない人」


「ではなぜ泣く? 私は人間攻略のために親族や友人を人質に取るのが効果的だという情報を得ている。故に近しい人間が死ぬと悲しむ感情は理解できる」


「これは同情だよ。他人でも感情移入してその人の人生を類推して悲しむことがあるんだ」


「この世界でそんな人間は見たことがない。貴方にもエラーがあるのでは?」


「僕は正常だよ。戦争中は赤の他人を気遣う余裕がないのかもしれないけど……」


 改めて廃墟内を見渡してみると僅かに生活感があった。非常食などを食べていたのだろうか。缶詰が散らかっている。男性は機械軍から身を隠してここで生活していたらしい。


「こんなところで暮らしていたんだね」


 そこで護は男性が懐に手記を持っているのに気づいた。護は亡骸を一瞥すると、彼がどんな人生を送った興味を持った。


手記を見てみると、戦争前の平和な時代を懐かしむ文面が綴られていた。そして最後のページにはささやかな願望が記されていた。


『戦争が始まる前、祭りで上げた花火が懐かしい。もう一度見ることができるとすれば機械軍に勝った時だろう。果たしてそんな日が来るのか』


「へー、機械と戦争になる前は僕らの世界と似たようなものが……」


 戦災で土地は荒れているが、この廃墟にもアイドルの雑誌や映画の広告等、旧時代の痕跡が垣間見える。戦争前の町はさぞ活気があったのだろう。

 ココロが興味を持ったのか後ろから手記を覗きこんできた。


「花火とは何? 旧時代の武器?」


 的外れな質問をしてくる心に苦笑しながら護は尋ね返した。


「そういう知識はないの?」


「任務遂行に不要なデータはインプットされていない」


 護は花火についてどう説明したらいいか考えあぐねる。思いつくのは夏祭りやパレードで使われている光景だった。


「お祭りとか楽しいイベントの時に空に向かって火薬の玉を打ちあげるんだ」


「それは人間の作戦合図?」


「違うよ。合図じゃない。武力行為ではなく芸術に分類される。空に花が咲くんだよ。とても、とっても綺麗なんだ」


「空に花? 花は地面にしか咲かない」


 空を見上げた後地面を見つめるココロはまだ想像できないようだ。試しに腕を可変させて空に向かって数発砲撃する。だが空には爆炎と煙ができるだけだった。その光景を見たココロはしばし沈黙し、こちらに顔を向けるなり辛辣に人類を批判した。


「人間はこんなものを美しいと思うの? 最新型の私もこの美的感覚は理解できない」


「いや、今のは花火じゃないかな。と、とにかく楽しいイベントをするときやお祝い事がある時に火薬で空に花を咲かせる。それが花火なんだ」


「どちらにしても戦略的価値のない火薬なんて無意味」


「非合理的な物事に感情を動かされるのが人間だよ」


「……よく分からない。思考回路がショートしそう」


「今は考えなくていい。ただこれからも問い続けてほしい。取りあえずここにいつまでもいるわけにはいかないし出発しようか」


 再び要塞形態に可変し移動し始めるココロ。

 彼女の中で護は先程のやり取りを思い出しながら自問自答した。


(ココロに人間らしい感情を与えることには成功しているのだろうか。でも、鳥の件や死人の日記で少しずつ変化が見られたのは確かだ。メーティスさん達と合流するまでこの篝火をどこまで大きくできるかがこの大戦の勝敗を分ける)


 護達の目的は世界図書の回収である。故に最悪この世界の人類が敗北しても構わない立場だが、護は何とか人類の勝利で終わらせたいと願っていた。それは抵抗軍と取引をしたからというだけではない。この世界の人々を救いたかったからだ。


「メーティスさんは悪影響を及ぼす可能影があるって忠告してきたけど……」


 人類と機械の戦争に参加すれば命の危険が頻発することになる。事実、護は一度ココロに殺されかけている。あの時はメーティスの回復魔法で事なきを得たが、彼女と離れた今は致命傷を負えばそのまま天国への片道切符を手にすることになる。メーティスはこういう状況になることを恐れていたのだ。彼女にとって護は庇護の対象だった。


「気遣ってくれるのは嬉しいけど……」


 護はマギタジアでカイムを正気に戻すことに貢献した。だが戦力として役に立ったかというと微妙である。いつもメーティスとベルベットに助けられてきた。


「メーティスさん、ベルさん、貴方達に守られる側ではなく肩を並べる存在でありたい。次に会うときまでに僕は強くなります」


新たな決意をした護がココロに話しかけようとした時、耳に奇妙な音を捉えた。最高傑作として作りだされたココロに呪術以外の不具合があるとは思えないが、抵抗軍との戦いで傷ついた個所があるのかもしれない。そう思って音源に近づいた。


「ここってココロの中枢機関じゃあ……ってこれは?」


 中枢機関の中の目立たない場所にソレはあった。一見するとA-F19型の内部機関かと錯覚するフォルムだ。だが異質なソレに不思議と嫌な感じがした。

 そこで護の頭に抵抗軍幹部の説明がよぎった。A-F 17型以降は自爆機能を搭載しており、要塞内に潜入した工作兵や陽動隊を巻きこんで大爆発してしまったという話だ。


「これは……爆弾だ」


 機械には詳しくはないが間違いなく爆弾だという確信があった。何とか取ろうとするが、固く内装に絡みこんでおり、少し引っ張ったくらいでは外すことはできない。不用意に触って爆発させても駄目なので護は爆弾装置撤去をやむなく断念する。


「……最新型の彼女にすら自爆装置を積んでいるのか」


シナプスネットはそれだけ機体の鹵獲を恐れているようだ。だが自身の創造物を簡単に切り捨ててしまえる非情さは流石AIといったところだろう。シナプスネットには愛情も愛着もない。自身が生み出した機械兵をただの消耗品としてしかとらえていない。例え最新鋭と言われるココロでも、かのAIにとっては次の最新作を生み出すための試作品に過ぎないのだ。


「合理的すぎる。彼女も人類根絶のための捨て石に過ぎないというわけか……許せない!」


 護はまだ見ぬ最凶のAIに怒り、拳を握った。





シナプスネットは常に最新型を開発しているので

GKも試作機に過ぎないのです。

ただ鹵獲は警戒しているため自爆装置を積まれています。

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