ココロと心
GKが護を攫った理由が明らかになります。
護が目を覚ますと、金髪の少女が自分を見下ろしていた。可愛い女の子に見つめられるのは悪い気はしないが、徐々に意識が覚醒して目が合っている人物が殺戮兵器GKであることを認識すると護は「うわぁ!」と絶叫した。
腰を抜かしたまま後ずさりするという奇妙な動きで距離をとる。助けを求めようにも一面は荒野の岩場。機械の残骸と人の頭蓋骨が散らばっているだけで人の気配は存在しない。
「言葉は通じる……のかな?」
「意思疎通可能かという意味なら問題ない。私は人類抹殺のために作られた潜入型。多少のユーモアセンスもプログラムされている」
彼女は手品のように紅い花を取り出した。さらに片手で花を隠すと次の瞬間には消えた。
「意思疎通できるのは分かったけど、どうして僕を攫ったの?」
「貴方には聞きたいことがある」
相手は殺人マシーンだ。発言には気をつけなければならない。まして目の前の少女は一度護を刺した相手なのだ。あの時助けてくれたメーティスとベルベットはいない。致命傷を受ければそこで人生終了なのだ。
「何、かな? 僕に答えられることなら答えるけど」
GKは瞬きすらしない金色の眼で護をジーと見つめた後、護の手を掴んだ。そしてそのまま自分の胸に護の手を押して受ける。
「ちょちょちょ! 何やってるの!?」
腕を振り払おうとするが華奢な手からは想像できない怪力で腕を掴まれているため、その柔らかい感触を意図せず味わってしまう。
「私の、この辺りにバグが発生している」
「バグ? そ、それと僕がどう関係が?」
自身の胸を触らせる以外にどういったバグが起きているかは知らないが、護としては自身との関係性を明らかにすることが先だった。
「このバグ起因を特定できない。けれど貴方と出会った頃に起こったものと推測される。このバクの原因を知りたい」
「そんなこと言われても機械には詳しくないし……」
そう答えた瞬間、有家を変形させた銃口が向けられる。
「分からないのであれば仕方がない。削除する」
「わ―待って! ストップ!」
「情報がないなら生かしておく意味がない」
流石に殺戮機械だけあって思案から殺害決定までの方程式が短い。今の会話から瞬時に最適解を導き出したのだ。しかしここで殺されるわけにはいかない。護は必死に自身の有用性について語り説得を試みる。
「確かに君のバグに関する情報はないけど、一緒に原因を探ることはできるよ。機械のAIでは分からないことも人間なら別の視点から分かるかも……」
GKは銃口を下ろし、腕の形態に可変した。
「不本意だけど、貴方の有用性を認めざるを得ない。シナプスネットにアクセスして得られたアンサーは〝一時的な不具合。自動修復機能によりすぐに復帰する〟だった。でも、あれからずっとバグが直らない」
彼女から敵意が消えたことで胸を撫で下ろす。取りあえず即処刑は免れたようだ。
護はこの機械に興味を持ち、少しコミュニケーションを取ってみることにした。上手くすればメーティス達や抵抗軍と合流する時間稼ぎになるかもしれないという打算もあった。
「ねぇ、バグってどういう感じなの? 視界が悪くなるとか演算能力や可変機能に不具合が出ているとかかな?」
「潜入型可変式機動要塞としての機能に問題はない。演算能力、可変機能、感応機関、全てオールグリーン」
「じゃあどんなバクなんだい?」
「バグという言葉が適合言語だったからそう評しただけ。より具体的に言語化するなら無意味な言動を取るようになった」
「無意味な言動……例えば?」
彼女は荒野に咲く一輪の花を指さした。茎が歪で花びらも不規則だ。護が故郷で見てきた花に比べて見劣りする。だがこの鉛の空と荒れた大地で健気に咲いた一輪の花はそれだけで綺麗に思えた。
「私は……あの花を美しいと思う」
「へ? それは普通なんじゃ――」
「我々オルターネイターは、人間を欺くために目の前の光景から人間と意思疎通を図りやすい台詞を作り上げる。故に花を綺麗だというのは計算式であって計算の解ではない」
「え~っとつまり、景色を愛でるのは人間の油断を誘う方便としてであって、心から思うことはないということ?」
GKは小さく首肯する。
「あの花だけではない。命令に関係ないことを演算してしまう。それに機械としてはあり得ない独り言まで口ずさむようになった」
確かに機械が独り言をつぶやくところは想像できない。故郷トレスケアでは基本的に人間の言動に対して応対するという形だった。科学技術が進んだこのデッタルムでは余計そうだろう。
(この子……感情が芽生えてきているのか……)
機械である彼女が感情を持った原因は分からない。物語なら奇跡という言葉で説明できるが、頭を振って理性的に原因を探るために護は彼女とのファーストコンタクトをよく思い出してみる。あの場にあったのは抵抗軍の死体。それから探索で見つけたのは《世界図書》である。
(あそこにあったのは呪術書……まさか!)
《呪術書カドラボーグ》がどんな効果があるかは分からない。しかし今まで回収した《聖書アルトリア》、《魔導書グレガス》の効果を見ていると、それらに匹敵する驚きの影響があってもおかしくない。
(呪術書に漫画で見るような効果が……例えば人形に魂を宿らすようなことができるなら、GKに感情が宿った理由も説明できる)
護はGKの願望であるバグの原因は突き止めた。しかし彼女に打ち明けるべきか躊躇った。なぜなら彼女はバグを修正することを望むはずだからだ。そうすれば元の殺戮機械に戻ってしまうだろう。抵抗軍も作戦の障害になるのがGKだと明言していた。護としては彼女が再び人間に敵意を抱くことは避けたかった。
(もしかしたら、彼女をこちら側に引き込めるかもしれない)
護はたとえ呪術の効果でも彼女に芽生えた心を大切にしたかった。
「どうかしたのか?」
バグの原因を特定したと感づかれてはならない。護は話題を変えるように彼女の名前について疑問を投げかけた。
「いや、それよりGKって呼びにくいから名前とかないかな?」
「GKは人間が勝手に呼んでるだけだ。正式名称はA-F19」
「それも呼びにくいんだよ」
「なら好きなように呼ぶといい。識別名称に拘りはない」
護は少し考える。あまりに安直な名前もよくない。今は心がある彼女を同じ人間として扱いたかったからだ。
「心……そうだ。君をココロって呼ぶことにするよ。僕は古本護。マモルでいいよ」
「識別さえできれば問題ない。それよりバグの原因をどうやって探る?」
「まずは人間を知る所から始めたらいいと思う。僕の推測だけど、そのバグは人間の思考回路によく似ているからね」
「成程……理解した」
護は言葉巧みにGK改めココロを誘導することに成功した。油断はできないが取りあえず命の危険は去ったとみていいだろう。後はどうやってメーティス達と合流するかだ。
GKが護を捕らえたのは自身の中に発生したバグの原因探求のためでした。
呪術書の影響でしたがあの場にいた護に因果関係を類推したというところですね。
護は彼女に芽生えた感情を成長させて人間側に引き込めないか画策します。
一歩間違えれば頭が潰れたトマトみたいになるので綱渡りですね。