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死者の言葉

危機迫る護。

しかし彼には勝算がありました。


 遠くから仲間の声が聞こえたが護は逃げなかった。逃げる必要もなかった。彼女に一番効果のある説得手段を用意していたからだ。


「僕の言葉に説得力がないのは分かっていました。では、家族の言葉はどうですか?」


「なにっ!?」


 護が詠唱を溜めた遅延『御霊遊(みたまあそび)』を発動すると、天から複数の霊魂が村に舞い戻ってきた。幻想的な光景にシューベルトもメーティスも、カイムさえも目を奪われる。そして霊魂は透明な人の姿へと変わっていく。


「これは……」


 人の姿となった霊魂はカイムのよく知る人物達だった。ナトラク村の住人だった。幻術ではない。魂を呼び寄せたのだ。中級レベルの死霊術でどこまでできるかは賭けだったが、護はここ一番の賭けに勝ったのだ。

 護の狙いを知ったメーティスとシューベルトは互いに示し合わせて幻想魔法を発動。過去のナトラク村を再現する。一夜限りナトラク村が復活した。


『お前の武勇は黄泉の国まで届いたよ。村の誇りだ』


『カイム……今日までよく頑張ったわね』


『お姉ちゃん、ずっと応援してたんだよ』


父と母、そして弟が生前と変わらぬ声で話しかけてくる。カイムは魔導書で魔術を極めたが故に目の前に存在する死んだ家族が幻覚魔法ではないことが分かってしまった。

 亡くなる前に見た家族の姿をもう一度見てカイムは涙が溢れてきた。


「父上、母上……それにライムまで」


 近所に住んでいたおじさんおばさん達も彼女に駆け寄って慰労する。


『カイムは正義のために闘ってきたんだろ? だがもう十分だ。少なくとも危険な力に頼ってまでことを成すことを俺達は望んでいない』


『そうよ。自分を失ってまで成し遂げることじゃないわ』


 カイムは魔導書を見つめた。自分を高めてくれた魔導書だが、落ち着いて見てみると、本自体が禍々しい魔力を宿している。


「強くあろうとした私は間違っていたのでしょうか?」


『間違っていたかどうかは後世の人間が判断することだ……。だが何を成すにしても己を失ってはならない』


 父の言葉でカイムは己が意思無き間に行ったことを思いだした。モンスターを不用意に虐殺したこと、そして、村を襲った記憶が鮮明によみがえってきたのだ。


「……私はっ! 何ということをっ!」


 父は後悔する娘を叱咤することはなく、優しく彼女の頭を撫でた。


『悔いる感情があるなら大丈夫だよ。意思を失えば如何に力を得ようと意味はない。夢は意志ある者が望むものなのだから。お前の夢は?』


「この村の惨劇を繰り返さないような平和な夜を作ることです」


 父は大きく頷いた。


『生きているならやり直しができる。意志ある人間カイムとして夢をやり遂げなさい』


「はいっ……。懺悔し贖罪する旅に出ます」


 母と弟にも抱きしめられたカイムは見せたことのない優しい表情で微笑む。

メーティスとシューベルトを救助した護は家族の対面に水を差さないように遠くからその様子を見つめていた。


『カイム、もっと十分に生きてから……私の元に来なさい』


『それまでお姉ちゃんの武勇伝増やしてね』


「うんっ!」


 十分に話し終えた霊魂たちは空に還っていく。カイムは霊魂が見えなくなってもしばらく空を見つめていた。夜闇には虫のさざめきのみが聞こえてくる。


 護は落ちていた《グレガスの魔導書》を拾った瞬間、特殊な感覚が体に奔る。だがあれだけ人を翻弄した魔導書もガワは世界図書館にあった他の魔術書と大して変わらなかった。それ故に危険な書物だった。メーティスが急いで回収しようとしたのも頷ける。


「これは返してもらいますよ。カイムさん」


「元々君らのものだ。もうそれに執着するつもりはない。それよりも、私が襲ったあの村は何人死んだ?」


 罪悪感に胸を押さえながら恐る恐る尋ねるカイム。己が襲った村を一番に気に留めるのは勇者らしい行動だった。その配慮こそが正気に戻った証である。


「安心してください。死者は出ていません。負傷者も私が癒しました」


「……本当にすまない。恩に切る」


「お礼ならシューベルトに。彼が貴方を止めるために奮闘したおかげで村人を救助し治療する時間ができましたから」


 シューベルトが村人を助けるのに一躍買ったと聞いたカイムは目を丸くした。魔族として人間を嫌い、戦争ばかりを繰り返していたシューベルトがそんな行動をするとは思わなかったのだろう。


「俺も異世界の《聖書》を読んで思う所があったのさ。戦争ばっかしてた俺が今更正義の味方を気取る気はねーが、宿敵が堕ちぶれる姿は見たくなかったんだよ。……それだけだ」


「シューベルト……私は……」


「俺様にしおらしい顔向けてんじゃねえーよ。いつもみたいに不細工な顔で睨んでくる方しっくりくる」


「なんだと!」


 カイムが激情すると、戦闘中に現れた光の翼と光の環が顕現した。神族である証である。


「これは!? もう《グレガスの魔導書》の力を使っていないのに……」


「神族化の魔法を使った弊害ですね。一度使った魔法は不可逆です。生命力が高まり老いることはないですが人間らしい感情が乏しくなる。そして一生その体でしょう」


 カイムが試しに自分の体を剣で傷つけると、瞬時に傷口が再生した。その様子を見ていたシューベルトが苦い顔をしながら固有魔法〝逆理〟を発動させる。

シューベルトの〝逆理〟はこの世の摂理反転させる。しかし、カイムの体に何ら変化は見られなかった。何度試しても変化はない。マギタジアの条理は覆せても異界の書の異端技術で作られた魔法は完全に反転させることはできないようだった。それでもトライしようとするシューベルトをカイムは手で制した。


「いいんだ。これは私の罪の証だ。甘んじて受け入れるよ」


 自分の体の構造が変わってしまったのに、カイムは賢者のように穏やかな顔だった。自分の在り様を思い出したのだろう。それは何事にも屈しない勇者の姿だった。


「あの、カイムさん。これからどうするつもりですか?」


「旅を続けるよ。私は、これからは魔族との和平のために動こうと思うんだ」


「はっ! 何年も戦争してる種族が簡単に和解なんてできるかよ」


 悪態をつくシューベルトの手を取ってカイムは言った。


「お前が……証明してくれたじゃないか」


 聖女のような顔に心を揺さぶられるシューベルト。彼はお茶を濁すようにそっぽを向いてしまった。


「理想論を掲げるつもりはない。何年も戦争してきたならその倍の時間をかけてでも説得するさ。幸か不幸か寿命には縛られない体になったんだ。これも神の意思かもしれない」


 そっぽを向くシューベルトはどこか嬉しそうだった。メーティスも「もうは大丈夫」だと察したのだろうか応援する言葉を述べるに留まった。

 カイムは護の方に向き直る。


「少年、君にもお礼を。君のおかげで私は家族に会えたし、自分を取り戻すことができた。異世界に散らばった本を集めるのは大変だろうが、私もこの世界から応援しているぞ」


「はいっ!」


 嬉しそうに握手する護をメーティスは横目で観察していた。時折首を傾げ、何かを考えるそぶりを見せる。


(護がカイムの家族の霊魂を呼んだ魔法……御霊遊(みたまあそび)にそんな効果はないはず。トレスケアの浮遊霊を呼ぶ降霊術〝こっくりさん〟をより実践的したのが御霊遊(みたまあそび)。死んで何年も経った特定人物を現世に呼ぶなど、もはや上等魔法の領域。護、あなたは一体……?)



 カイムは感謝の言葉を述べ終わると、早くも新たな目的に向けて旅立ってしまった。一人で茨の道を目指すカイムの背中を見送った。


「カイムさん、一人で大丈夫でしょうか?」


「ふん、問題ねーさ。なんたって奴は勇者だからな」


 メーティスは特殊な転移魔法を発動する。宙に本の見開きページのようなものが浮かんだ。それを見た瞬間、護は自分達がどうやってこのマギタジアに来たか思いだした。本の中に入ってきたのだから本から出ようとしているのだ。


「このマギタジアでの目的は達成されました。早く次の世界に向かいましょう」


「どんな世界かわくわくするな」


「えぇ!? シューベルトさんも来るんですか!?」


「当り前だ。行方不明のカイムも見つかったし、もう俺とも喧嘩もしないらしいからつまらねー。だったら異世界のが面白そうだ。俺も大冒険ってヤツをしてみたいのさ」


 シューベルトは護の首に腕を回すが、護はあまり乗り気ではないようだ。何かに気づいてニヤリと笑ってから再びベルベットの姿に変化した。


「マモルはこっちの姿のがいいか。巨乳好きめ!」


「違います! そういうことじゃ―――」


「何も恥じることはねーよ。男は皆大なり小なりおっぱいに惹かれるもんさ。メーティスとバランスが取れてるだろ?」


「どういう意味ですか? 返答次第ではここに置いてきますよ」


 少し気にしていたらしい。劣等感を刺激されたメーティスは大層ご立腹だった。

 先に異世界のゲートに向かって行ってしまうメーティスを急いで追いかける。

かくして護達は剣と魔法の世界マギタジアから脱した。



今は亡き、家族の声が勇者を正気に戻しました。

おかげで彼女は贖罪の旅に出ます。


しかし、メーティスは御霊遊の効果が本来のものより強すぎることに疑問を抱きます。


何にせよマギタジアでの旅は此処で終わります。

一同は残りの世界図書を探して次の世界へと向かいます。

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