勇者対魔王
勇者の故郷で勇者を迎え撃ちます。
ベルベットが示した座標から、三人は忘れられた村〈ナトラク〉に転移する。
廃屋に囲まれた物悲しい村だった。当たり前だが人気はなく、滅ぼされた当時の状況のまま災厄の爪痕がありありと残っていた。
「ここがナトラク村ですか……」
「俺様も来るのは初めてだが、伝説の勇者を輩出した村とは思えないな」
「生き残りが一人なら復興もできないでしょう。それより、準備を急ぎましょう」
いつカイムが現れてもいいように探知魔法を村中に張り巡らせる。そして攻撃の段取りを話し合うことにした。丸一日シュミレーションを行った。
「護、貴方は無茶しないように。今回の作戦の主軸はベルベットです。あなたは敵出現ポイントの割り出しと効果ある作戦立案で十分に役に立っています。これ以上は……」
「分かっています。僕は裏方に徹しますよ。ただ、何が起こるか分からない。作戦通りに行かなかった時は僕も動きますよ」
「はい。では、そうならないように私も尽力しましょう」
ベルベットはカイムの住んでいた家の壊れた椅子に腰かける。
(カイム、お前が強くあろうとした理由はわかるが、今回ばかりはやり方が間違っている。お前に説教出来るほど人格できてねぇが、俺様が止めてやる)
――そして翌日の夕刻探知魔法に反応があった。
早くもカイムは現れたのだ。以前のような激しい空爆を行わないのはここが故郷だからだろうか。先手はベルベットが仕掛ける。カイムは反射的に防御した。
「ふん、意思のねぇお前とやり合っても楽しかねーんだよっ!」
「…………」
またしても魔法合戦をはじめるが、戦闘中カイムは一言も話さなかった。
「相変わらずだんまりか。……だったらコレならどうだ?」
ベルベットは逆理の固有魔法〝逆理〟を発動し、本来の姿シューベルトに戻った。
「宿敵の顔も忘れちまったか? カイム」
己が瞳がシューベルトの姿を捉え、その声を聞いた瞬間、初めて感情を顕わにした。
「シューベルトぉぉおおおおお!」
激情のままシューベルトに剣を向ける。何度か打ち合った後、剣を交わせた。
「膂力は増したが、技術が落ちたな。愛剣が泣いているぞ」
「黙れ! 貴様を殺すために私はァァアアア!」
意思無き人形のようだったカイムはシューベルトへの敵意から感情を引き出すことができた。まだ心全体が敵意や恨みに支配された状態だが護の狙い通りにはなった。無感情では説得すらできないが、悪感情でも意思を引き出すことが出来れば説得の可能性があると踏んだのだ。宿敵シューベルトとの相対は効果覿面だった。一つ想定を超えたのは彼女の実力に対する目測である。
力のままにシューベルトをはねのけて、懐から《グレガスの魔導書》を取り出し、その魔法を発動する。七色の炎が四方八方からシューベルトに襲い掛かる。
さらに頭上から無数の稲妻がシューベルトに降り注いだ。
「ク、ソがぁ……!」
防御魔法と回復魔法をフルに使っても対応しきれない。だが劣勢でも持ち前の力で対抗するのが魔王シューベルトの生き様だった。
「剣どころか魔法も力押しかよ! らしくねぇなァ! カイム!」
「力こそ全て! 貴様に教えられたことだ! シューベルト!」
空中戦を展開する魔王と勇者を見上げるメーティス。様々な属性の魔術が交差し、明滅している。
「護の作戦はアタリのようですね。あとは説得するだけ……」
メーティスは作戦通り記録再生魔法を発動し、頭上にスクリーンを映し出した。再生されるのは以前のカイムが村を襲撃したシーンである。
「なんだこれは……?」
暴れ回っていたカイムは突如現れたスクリーンの光景を見て僅かに動揺する。
「貴方が魔導書に意思を奪われている時に成したことですよ」
下を向いて震えているカイム。
「幻想魔法で私を謀ろうというのか! 魔王に従う魔女め! 私は神に誓ってこんなことはしない!」
「違いますっ! あなたは《グレガスの魔導書》の力で――」
「無駄だぜ。今のコイツに何言っても説得できねー。少なくともゆっくり話ができるくらい弱った後でもない限りはなァ!」
再び剣を交わせるシューベルトが叫んだ。確かに敵対者と一緒にいる人間の言うことは聞き入れないだろう。ましてそれが自分の蛮行を伝えるものなら尚更である。
(今まで手加減はしたことなかったが、余裕は持っていたつもりだ。だが今のコイツは余裕も持たせてくれねー。本気の本気で殺すつもりでやらなきゃやられる)
『臆病風に吹かれし風来坊――』『熱意を胸に再燃す――』
「二重魔法か。戦闘中に流暢な――」
勿論ベルベットは無防備を晒す程馬鹿ではない。メーティスがアシストに入る。
詠唱中のシューベルトの周囲に防御魔法が張られ、反対にカイムの体に拘束魔法が掛けられた。カイムが抵抗魔法で打ち消す度に新たな魔法が掛けられる。
「凄い。僕なんか入り込む余地がない。これが上級魔術師同士の闘い……」
護は見たこともない上級魔法の連続に息を呑む。
――瞬間、詠唱を終えた二重魔法が撃ち放たれた。
「爆風熱波!!」
炎と熱気を孕んだ爆風がカイムに迫る。
シューベルトの猛攻を正面から受けたカイムは咄嗟に防御魔法を張ったが、威力を削ぐことくらいしかできず片腕がはじけ飛んだ。
「――これで私に勝ったつもりか?」
失くしたはずの腕が発光し始める。シューベルトは一瞬回復魔法を使ったのかと思ったが、回復の仕方が異常だった。傷口の肉が蠢いて再生していく。
「お前、何だその魔法は?」
「究極の再生魔法だ。お前に勝つためには耐久力が必要だった! だから私は人間を辞めたんだ!」
見ると彼女の持つ《グレガスの魔導書》が不気味な光を放っている。カイムの体には光で構成された謎の文字が刺青のように刻まれていた。さらに彼女の周囲を小さな天使のようなものが舞う。
「メーティスさん、アレは?」
「《魔導書》に封じられた神族の力……。《グレガス》の著者はかつて一つの世界を滅ぼした神族の力を封じ利用しようとしたのです」
「じゃあカイムさんは……」
「ええ。彼女は強化再生魔法と誤認しているようですが、そんな生易しいものじゃない。アレは体を神族のモノに作り変える外法です」
光で構成された衣を纏い、やがて背中から六つの翼を生やした彼女は宛ら天罰神のようだった。その頭上には光輪が顕在した。相変わらず小さな天使のような神族がラッパを吹きながら舞っている。あまりに神々しい姿に護は瞬きすらも忘れる。
「貴様にも見えるだろう! 私を祝福する天使の姿が!」
「よせ! その魔導書をすぐに手放せ!」
「お前に勝てる力を手放すものか!」
シューベルトは光の輪に拘束され、身動きが取れなくなる。足掻く彼に対し無慈悲にも収束された光の波動が放たれた。
「シューベルトさんっ!」
煙の中から血みどろのシューベルトが姿を現した。
「流石は魔王、一撃では仕留められないか。いや〝逆理〟の魔法で打ち消そうとしたのか」
先ほどまでもカイムが有利だったのに、さらに強化されたせいで、シューベルトが追い込まれている。常に呼吸が荒い。メーティスは慌てて助太刀に入った。
「おいおい……俺様が本命の作戦だったはずだぜ……?」
「作戦失敗です。まさかカイムがここまで《グレガス》をモノにしているとは計算外です」
メーティスの攻撃魔法で深手を負うカイム。しかしすぐに再生してしまった。
「おかしな術式を使うな。魔女……」
「当然。私はこの世界の住人ではありませんし、その本の所持者ですから」
「そうか。ならお前には感謝しないとな。安心しろ魔女。命までは奪わない。本も返そう。……シューベルトを殺した後にな!」
威力の高い魔法が連続して放たれる。ここまで強魔法を使えば魔力がつきるはずだが、親族の力を手に入れたことと《グレガスの魔導書》より無尽蔵な魔力が供給されていることから息切れがなかった。持久戦では不利だ。
世界司書として数々の魔法を習得してきたメーティスを加えても勝てる見込みは薄い。護は裏方に回るだけだったが、ただ彼らの闘いを指をくわえてみているつもりはなかった。無論、自分より優れた魔法使いの二人が押される相手に直接対峙はできない。
(考えろ。僕が使える魔法の中に二人を助けてカイムさんを正気に戻すことができるものはないのか!)
護が覚えた魔法は自分が死なないための魔法だ。誰かを助ける魔法ではない。攻撃魔法、防御魔法は役に立たないだろう。消去法で現状を打開できる可能性のあるものを模索する。
「あった! でも……僕の魔法でできるという保証はない」
傷ついたメーティスと満身創痍で戦い続けるシューベルトの姿を見て奮い立った。静かに詠唱に入る。
『死人の焔、今その眠りを妨げる、未練ある者は我が意志に答えよ、童歌の導きに従い、黄泉の国より舞い戻れ』
シューベルトを吹っ飛ばしたカイムが護の背後にやってきた。
「魔王に組する貴様も同罪だ。報いを受けよ」
「それは正義のためですか?」
剣が振り下ろされる直前、護の頭上で止まった。魔王シューベルトと一緒にいるだけの少年を斬ることに正義を見いだせないようだ。やはり悪感情が爆発した状態でも元来の性根は殺しきれないようだ。彼女は自分に言い聞かせるように口を開いた。
「……魔族が戦争を誘発するんだ。シューベルトの首は平和の礎として価値がある」
「それは違います。戦争は人間同士でもおきます。今は敵対者が魔族なだけ。魔族を滅ぼしても、この村のような悲劇はなくなりませんよ」
「知った風に言うな! 父が! 母が! 弟が! 村の人達が皆殺しにされたのだぞ! どれだけ無念だったか! 私に説教を垂れていいのは同じ痛みを持つ者だけだ!」
最早言葉でわかり合えないのは明らかだった。和解できるならばシューベルトが既にやってのけているはずだ。カイムが強力な魔法を護に向けて発動しようとする。
「「護、逃げろ(て)!」」
宿敵シューベルトを前に人格を取り戻したカイムでしたが怒りと憎悪に支配されていました。
彼女の凶撃が護君を襲います。