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思わぬ邂逅

世界図書の行方は何処へ


 異動魔法のスペシャリストが二人もいるのでそんなに時間はかからない。せいぜい遭遇するモンスターを退けるのに苦労した位である。

その果てに辿り着いた渓谷はモンスターの死骸で溢れていた。


「一体何が? どれも高レベルのモンスターばかりだ……。あそこで死んでるのはこのデルトヴァレイの主だぞ」


「恐らく《魔導書》の力を試したのでしょう。《グレガス》にはそれだけの力がある……」


「しかし、これは虐殺だ。とても勇者がやったとは思えない」


 魔法生物の死骸には剣の傷や特殊な魔法痕があった。相当な魔法剣士が屠ったという証拠だろう。夥しい屍の山が築かれた渓谷を抜けた場所から見えたのは集落だった。かなり離れていたが一つ気になることがあった。――煙が上がっていたのだ。


「まさか……火事?」


「急ぎましょう。ここからなら転移魔法ですぐです」


 魔法によって集落のすぐ外に瞬間移動した三人の瞳がまず捉えたのは爆発。

次に逃げ惑う村人達だった。


「魔王だ! 魔王が現れたぞー!」


「魔王? 魔王ならここにいますが……」


「ベルさん、生き別れの兄弟とかは? もしくは分身の術とか」


「ねーよ。誰かが魔王を名乗っているか、圧倒的な力の敵を魔王と誤認したのか、どっちかだろうぜ。まぁ直接ツラ拝めばいいだろう」


 ベルベットは地面を蹴って人間が逃げてくる方向へ向かった。


 そこには黒いローブを纏い宙を浮く魔導士の姿があった。爆撃系の攻撃魔法で村を空爆し続けている。すかさず護が防御魔法を張り、メーティスが回復魔法で負傷者を救助する。

 正体不明の敵と直接応戦するのはベルベットである。あらゆる高等魔術を用いて攻撃するが、謎の敵はその攻撃を全て捌ききる。ベルベットと互角に打ち合えるということは相当な高等魔術師の証である。


(ちっ! ここじゃ戦いにくいな。どこかに移動しねーと)


 ベルベットは敵を魔法で誘導して集落から遠ざける。


黒煙爆炎(ニゲル・キンティラ)!」


「レジスト……」


 放った魔法が打ち消されてしまった。その後、多重詠唱魔法が連続で浴びせられる。あの元魔王ベルベットが劣勢なのだ。救護を終えて駆け付けた護達は驚いた。


「ベルさんが押されてる……。僕も加勢しないと」


 隣のメーティスが勇む護を制する。


「最近魔法使いになった貴方が介入できるレベルの闘いじゃないですよ。それに、あのローブの人物が使う魔法……気になる点があります」


 ベルベットは劣勢でも笑みを浮かべて対峙する。

それこそが彼女の魔王としての風格なのだろう。


「ふん、どこのどいつか知らねーが! 俺様の進路に現れる敵が魔王と呼ばれてるんなら無視はできねーな! その面見せなっ!」


 火炎系魔法でローブを焼くベルベット。顔を隠していたフードが焼失して見えたのはベルベットが、否、魔王シューベルトがよく知る人物だった。


「カ……イム? なぜ貴様が……ぐっ!」


「…………」


 不気味な沈黙を続けるカイム。しかしその正体を知った衝撃で虚を突かれたベルベットは腹部を氷の槍で貫かれてしまった。そのまま地面に落下する。


「ベルさんっ!! 『浮天(メラス)』!」


 浮遊魔法を発動して何とかベルベットを受け止める。空を見上げると、整った容姿の金髪の少女が空虚な瞳でベルベットを見下ろしていた。魔王が勇者に初めて敗れた瞬間だった。そしてカイムは重傷を負って戦えなくなったベルベットに興味を失くし、転移魔法でどこかに消えていった。


「グハッ!」


 大量に吐血するベルベット。メーティスが素早く回復魔法を施す。彼女の高い魔法技術とベルベットの高い生命力のおかげで数分後には普通に動けるまでに治癒の兆しを見せた。


「はぁ……不覚を取ったな。……すまん」


「いいえ。ベルさんが無事なら。それよりアレが勇者カイムのなのですか? 女性のように見えましたけど……?」


「言ってなかったか? カイムは女だよ」


 今までカイムに関する話は結構聞いてきたが、性別を判別するようなことは誰も言っていなかったので護は漠然的に男性だと思っていた。


「それよりも気になったのは彼女が使った魔法です」


「確かに高レベルの魔法みたいでしたが……」


「いえ、それもそうなのですが、カイムが使った魔法は《グレガスの魔導書》のもの。やはり探していた世界図書は勇者カイムが所持していたようです」


 検索魔法に引っかかりにくかったのも所持者が転移魔法で常に移動しているのなら説明できる。世界図書の内容を熟知しているメーティスは既知情報と先程の戦闘を照らし合わせた結果、確信したようだ。護とベルベットは驚き大きくはなかった。元々勇者カイムが所持している可能性について仮定してここまで来たのだ。


「分からねーのはなぜアイツが村を襲うようなことをしたのかってことだ。アイツは間違っても弱者を虐げるような人間じゃなかった。だが奴の眼に意思を感じなかった」


「それは……恐らく《グレガスの魔導書》のせいでしょう。魔導書は良い作用ばかりもたらすものではない。黒魔術を含め術者の肉体や精神を蝕むものもあったはず……」


 本来なら勇者カイムという冒険の経験を積んだ者なら、その魔導書がいかに危険か理解できたはずだ。だがカイムは強さにどん欲な人間だとベルベットが評していた。強さを渇望するあまり危険な領域に手を伸ばしてしまったのだ。そして魔道に落ちた。


「僕のせいだ。僕が世界図書をこの世界に落としてしまったから」


 護は己を激しく叱咤する。ここに来て自分がしでかしてしまったことの大きさを再任漆器した。一冊目の《聖書》は運がよかっただけだ。良い作用をもたらす本が話しの通じる相手に渡っただけだ。レアケースを最初に引き当てたに過ぎない。罪悪感に襲われる護の肩を誰かが抱いてきた。


「護は魔法初心者なのにうまくやっていますよ。私の管理が甘かったからです。この世界の希望を絶望に塗り替えてしまった」


 互いに責任を負おうとする二人を見たベルベットは双方の頭をグリグリと押さえつける。


「しんみりするのはやめろ。人間は自分を責めるか他人を責めるかばかりだな。重要なのはその先だ」


「ベルさん……」


「それに奴が強さを渇望したのは俺様に勝つためだ。俺様にも責任の一端がある。アイツの意思を取り戻さねーとな」


「そうですね。世界図書も取り戻さなければなりませんし」


 問題点はカイムが転移魔法を使えることだ。彼女が現れる場所にアタリをつけておかなければならない。護は深く熟考する。一つアタリをつける基準を思いついた。


「あの、何か思い出の場所とかないですか? 前に本で一度根付いた記憶は無意識の中でも現実の行動に影響が出ると読んだことがあります」


 その本には寝ているときに見る夢は記憶の整理のために脳内で再生されると書かれていた。また、トラウマ等はその顕著な例で、嫌な記憶が呼び覚まされて体が拒絶反応を起こしているのだ。他にも記憶喪失の人が思い出の歌を聞いて記憶がよみがえった事例や、認知症にかかった老人が愛着のある道具を手にして症状が和らいだ事例なども記載されていた。もしカイムが魔法の影響で意思を奪われていたとしても、思い出の場所に現れると護は予測したのだ。


「思い出の場所……最初に闘ったのはザッカート荒野だったな。闘った理由はカイムが「自分の下着を見ただろう」と俺様に因縁をつけてきたことからだったっけ。年頃の娘はもっと色気のあるモノを身に着けろと忠告しただけなんだが」


「何くだらない理由で因縁が出来てるんですか。しかもガッツリ見ているじゃないですか」


 まさかそこから長い闘いに発展するとは二人とも思ってもいなかっただろう。護のツッコミを華麗にスルーしてベルベットは続ける。


「いやぁ、大きな因縁は宝具争奪戦の時かもしれん。ロダイト洞窟まで先に来ていたカイムが宝具を奪って宝箱の中に『鈍魔王御苦労様』とメモを残していきやがったんだ。あの時の雪辱は忘れねぇ」


「勇者も勇者で何やってるんですか……イメージがだいぶ変わりましたよ」


 凛とした女魔法騎士をイメージしていたが、そんな悪戯っ子な一面があるとは思わなかった。そして、してやられた当時のシューベルトが激怒している様も容易に想像できる。


「同時に修得した古代魔法をどちらがうまく使いこなすか勝負したのはミビア遺跡だったな。結局お互いに思いつかないアイディアを見せてドローに終わったが」


「もう二人とも楽しんでいませんか?」


「他にも因縁の場所は数えきれないくらいあるし……」


 これ以上くだらない因縁の話を続けられると埒が明かないので、別の方面から心当たりがないか思案する。


「……あの、ベルさんとの因縁だけじゃなくて、カイムさんが勇者になった切っ掛けの場所とかないんですか?」


 思考を巡らすように唸っていたベルベットはやがて心当たりを思いだしたようだ。


「……だったらナトラク村だ」


「ナトラク村ですか。私の検索魔法では既に滅んでいる村だと出ましたが」


 検索魔法書のページを黙読しながら尋ねる。


「カイムの故郷で、八年前にオークとゴブリンの連合に蹂躙された村さ。あの頃は人間族と揉めてたらしいからな。奴は故郷が滅ぼされたことに怒って剣を取った。二度と自分の村の惨劇を繰り返さないようにな。そして勇者と呼ばれるまで成長したんだ」


 勇者カイムの伝説は故郷滅亡から始まったらしい。初めは復讐心からだったのかもしれないが、自分のような思いをさせないために人を守り続けたのだ。そうして戦って冒険している内に復讐心はやがて使命感に最後には正義感に変わったというのだ。


「まさに勇者になった切っ掛けですね。現れる可能性は高いと思います」


「問題はただ戦ってもさっきの二の舞になるということですね。ベルベットは敵の正体に驚いたときに隙を突かれたのでしょうが、それを差し引いても彼女は強い」


「ああ。俺様とやり合っていた頃と比べて使ってくる魔法のレベルも、込められる魔力も段違いだった」


《魔導書》が敵の手の内にあるのだから長期戦は不利である。メーティスも多少は《グレガスの魔導書》の技を習得しているが、全てではない。そして魔導書が手元にないと発動しない魔法もあるらしく総合戦闘能力は計り知れない。


「基本的には、カイムの攻撃を防ぎつつ、彼女の意思を取り戻す戦術をとることになりますが、問題はどうやってカイムさんの意思を取り戻すかですね」


「直接戦ってみて分かったが、アイツから意思はまるで感じられなかった。無機物と闘ってるみたいだった」


「ベルベットの逆理で意思を復活できないのですか?」


「無理だな。俺様の逆理は人の意思に作用させることはできねー。一度意識を奪うために試したことがあったが無理だった」


「そうですか……。そう言えば万能ではないと言っていましたね」


「ベルさん、メーティスさん、カイムさんの意思復活について僕に考えがあります」


 二人の会話を聞いていた護は思いついた一つの秘策を二人に告げた。内容を聞いた二人の魔法使いは目を丸くした。そ現状一番カイムの意識を復活させられる策だったからだ。


「でも魔導書によって強化されたカイムさんの猛攻を何分も耐える必要があります」


「奴の敵意を何度も引き受けてきたんだ。やってやるさ」


 一番負担をかけるはずのベルベットは乗り気だった。故にメーティスもそれ以上は野暮なことは言わなかった。


《グレガスの魔導書》により強化されていた勇者カイムは不意打ちとはいえ魔王を一蹴しました。

強さを代償に心を失ってしまったようです。

彼女を止めるため、助けるため一同は作戦を練ります。

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