7
海藻の森に怪物を封じ込める?
そんなことができるんですか?
オレは花守様に尋ねた。
すると、花守様は、いきなり言った。
妖狐族の妖力に志向性があることはご存知ですか?
しこうせい?
一瞬、なんのことか分からなかった。
むきふむき、ということですね。
志向性か。
スギナさんは、所謂、万能型、に近いですからね。
実感し辛いかもしれませんが…
花守様はちょっと考えてから続けて言った。
たとえば、ほら、楓は分かりやすいですね?
あの仔は、風と親和性が高い。
それゆえに、風由来の妖術とはとても相性がいい。
しかし、風とは違う属性を持つ妖術は、さっぱりでしょう?
確かに。
オレは即座に理解した。
いや、ごめん。
これってちょっと、お前には失礼だったか?
たとえば、狐火ひとつ灯すにしても。
楓は、火の妖術に無意識に風の要素を付け足すんです。
すると、いきなり吹き消されたり。
逆に、火柱をあげて燃え上がったりします。
なるほど。
流石、導師様だ。
お前のこと、よく分かっていらっしゃる。
オレは素直に感心した。
お前のこと見てて、よく、風みたいなやつだと思ったもんだ。
風と相性がいいからそうなのか。
そういうお前だから、風と仲良くなれるのか。
その辺りはよく分んねえけど。
わたしの妖力にも、その志向性があるんです。
花守様はにこにこと続けた。
わたしの妖力は、おそらく、植物と親和性が高い。
植物?
確かに、花守様は、郷の森を守っておられた狐だ。
花守狐という名前の由来もそこにある。
森の精霊たちも、花守様の前には姿を現すという。
それはつまり、花守様自身に植物との親和性があるから。
風と相性のいいお前のように。
花守様は、植物と相性がいい、ということか。
後になって、オレはこの話しを何度も思い出した。
あの山吹の木が枯れてしまったとき。
あの木は、郷の霊力の源だ。
あの木に、仔狐のころ花守様は命を救われたというけど。
花守様の妖力と木の霊力。
それは、互いに相乗効果があったんじゃないかな。
花守様の妖力は、植物にとても作用しやすい。
ゆえに、あの山吹は、郷のはじまりの木になったんだ。
けど、それって、陸に生えている植物に対してでしょう?
海のなかの海藻にも効果はあるんでしょうか。
それは気になった。
たとえば、オレは獣には詳しいが、陸の獣についてだけだ。
海の獣のことは、あまり分からねえ。
植物だって、海と陸とじゃ、違うじゃねえか。
その辺りは正直、やってみないと分からない、ですかねえ?
花守様はけろっとしてそう答えた。
ただ、こうして舟の上で琴を弾いていますと。
板一枚隔てた海のなかで、ざわざわと気配がするんです。
森の木々もね、そっくり、同じことをするんですよ。
それって、植物たちが、なにか応えてくれているんです。
島からじゃ、この感覚はつかめませんでしたから。
やっぱり、実際に来てこそ分かることもあるものですねえ。
うんうん、なんて、うなずいていらっしゃる。
これは、なんとかなりそう、なんじゃ、ないかな…と。
首を傾げてオレを見られても、応えられないけどな。
確かに、いろいろと検証する暇なんかなかったのは事実だ。
それにしても、思ったより、豪快な方だ。
いやもうこれは、行き当たりばったり、とか言うやつか?
まあ、この場合はそれもやむなし、か。
この先にね、岩礁があるらしいんです。
大潮のときだけ、姿を現す幻の島です。
一年のうち、ほとんどの間、海のなかに隠れていて。
草も木も生えない、岩だけの島なんですけど。
そこなら、もう少し、大がかりな術も使えないかな、と。
その岩礁のことは、オレも息長の民から聞いたことあった。
ちょうど島と陸との中間地点にあるそうだ。
島から陸へ渡るときの目印にするらしい。
その岩礁のことを、息長の民は、枯野と呼んでいた。
植物はまったく生えない枯れた岩場だからだ。
息長の民にとって、枯野は、特別な場所だった。
なんでも、枯野の下には古代の神殿があって。
辿り着けた者には、大いなる神の力が宿るらしい。
枯野から海へ飛び込む。
それが、息長の子らが大人になる大事な儀式だ。
もっとも、実際に神殿に辿り着いた者はいないらしい。
息の続く限り深く潜って戻ればいいことになっているようだ。
この季節、まっすぐ朝日にむかって行けば枯野に辿り着ける。
海の上には目印は少ないが、お日様は流石にオレでも分かる。
霧のなかにも、お日様の光は差してきていた。
うっすらと見える朝日にむかって、オレは舟を進めていった。