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風恋文  作者: 村野夜市
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目を覚ますと、花守様はいなかった。

用足しにでも行ったか?

と思ってから、はっとした。

いや、この狭い岩場だ。

ちょっと見回すだけで、端から端まで見えている。


夜はすっかり明けていた。

こんな時間まで一度も目を覚まさなかったなんて、驚きだ。

いや、多分、それは、きっと。

花守様に、術をかけられていたんだと思う。


昨日の疲れはまったく残っていなかった。

結界のなかには、食料も水もたっぷりあった。

けれど、あの琴は、どこにも見当たらなかった。


結界から出ようとしたけれど、オレには解呪できなかった。

こんな強力な結界、見たこともない。

花守様は、オレをここに完全に足止めしていた。

いや、多分、これも、オレを護るためにしてくれたんだろう。


オレはどうすることもできずに、ただ、辺りを見回した。

海の中の森は昨日よりもさらに生き生きして見える。

いや、これは見間違いじゃない。

なずの木の森は、明らかに昨日より大きくなっていた。


海へ、行ったか。


それしか考えられない。

おそらくは、禁術を使って。


昨夜、あんなふうに語ってくれたのは。

遠まわしにこれを伝えていたのか。

どうしたって、行かなくちゃならないんだ、と。


それは、禁術を犯すほどにも重いんだ、と。


狐は義理堅い。受けた恩は忘れない。

オレたちはいつもそう言うけど。


ずっと、自分のことを、花守様は、狐じゃないと思ってた。

やっと堂々と、狐は義理堅い、と言えるようになった。

そう言った花守様は、とてもとても、嬉しそうだった。


結界の外には出られないまま、オレは花守様を待った。

戻ってきたら、きっと、解呪してくださるだろう。

しかし、待っても待っても、花守様は戻らなかった。


水も食料もあったから、困ることはなかった。

怪物の襲ってくることもなかった。

ただ、ぼんやりと、小さな岩礁で、オレは時を過ごした。


どうして花守様はオレをここへ置いていったんだろう。

ひとりきり、オレはそんなことを考えていた。

けれど、考えはぐるぐると同じところを回るばかりだった。

そして、オレは次第に落ち込んでいった。

オレのこと、邪魔だったのかな。

確かに、ろくに役に立ってなかったもんな。

ぐるぐる回る思考は、オレを底へ底へと引きずり込んだ。

渦に巻かれて、自信も矜持も、少しずつ剥がれて落ちた。


これはいけない、と思った。

オレはいったい何を考えているんだ。


花守様だぞ?

あの。花守様だぞ?

邪魔だの、役立たずだの、誰かに対して思うものか。

ずっと傍で見てきた方なのに。

オレが恐れているのは、オレ自身の作った影だ。

本物の花守様じゃない。


分からないなら、直接聞けばいい。

あの方なら、おやまあ、と目を丸くするだろう。

それから、にこっと笑って、まさか、って言うんだ。


この状況で、考えていても、ろくなことは思い付かない。

それに気づいて、オレは考えることも放棄した。

岩場に寝転がってみた。

そういえば、もうずっと、こんなふうに休むこともなかった。

休んでいる場合じゃなかったからな。

だけど、今はそれ以外にできることもないから。

有難く休もうと思った。


そうして、丸一日、経ったころだったか。

突然、霧が晴れた。

はっとした。

花守様は、怪物の封印に成功したのか。

眩しい金色の夕日が、島のほうから差していた。


これで帰れる。

いそいそと立ち上がり、荷物をまとめて帰り支度をする。

島に戻れば、また、忙しい日々の始まりだ。

まずは、全員を連れて、海を渡らなければ。


しかし、夜になっても、花守様は戻らなかった。

オレは不安を押し殺しながら、結界の中で過ごした。

寝転んだ目の前に、降るような星が見えた。


眩しい朝日に目を覚ましたとき。

そこに、花守様がいた。




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