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風恋文  作者: 村野夜市
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お前は覚えているかな。

あの初めて会った日のこと。


後から聞いた。

あのとき、お前は施療院に来たばっかりだったんだって。


オレは、こういうのを縁って言うんだって思った。

だって、そうだろ?

オレたちの運命はどっちもあの日を境に動き出したんだから。


あの日。

オレは、初陣でいきなり大怪我をして、施療院に運ばれた。

なかなかとんでもない怪我だったよな?

あれは、いくら花守様でも、助けられないだろう、って。

見習いの先輩たちがひそひそ話すのが聞こえていた。


自分でも、正直、無理なんじゃないかな、って、思ってた。

戦師になるって決めたときから、一応、覚悟はしていた。

けど、まだ初陣に出たばっかりで。

まだ、銅貨一枚稼いでないのに。


本当は、少し、後悔していた。

こんなことになって、じっちゃん、どうするんだって。

父親も母親も、先に逝ってしまった。

じっちゃんにはもう、オレしかいなかった。


だけど、花守様ははっきりと言ってくれた。

きっと、治します、って。


オレは幻術をかけられて、眠らされようとしていた。

だけど、眠りに落ちることが、ものすごく怖かった。

もう二度と、目を覚ませなくなるような気がして。

そのオレの手を、お前は握ってくれたんだ。


最初、つきたての餅かなんかかと思った。

やわらかくて。あったかくて。

なんか、ふわっと、いい匂いまでした。

あんまり心地よくて。なんか、安心して。

あんな状況なのに、思わず、ふっと笑っちまった。

そしたら、すとん、と眠りに落ちかけた。


遠退く意識のなか、オレは、考えていた。

いや、これ、餅じゃねえ。

これは、手、だ。狐の手、だ。


そして、オレは誓った。

きっと治って、この手の持ち主を探そうって。

そのために、オレは絶対、目を覚ますんだ、って。


花守様の施術は、そりゃあ、文句なく、素晴らしい。

だけど、今もこうして、オレはちゃんと生きている。

それには多分、お前の力も、けっこうあったりする。


施術の後も、オレはしばらく眠らされていた。

お前はよく、そのオレの背中を撫でてくれたよな。

眠っているんだけど、何故だか、それは分かった。

そして、そのたんびに、幸福感に包まれていた。


生きてるんだ、って実感して。

もう大丈夫だ、って安心して。

きっと、もうすぐ、この手の持ち主に会えるって、期待した。


約束通り、花守様は、オレのことを、治してくれた。

花守様は、オレの命の恩人だ。

オレは、一生かけても、この恩は返さないといけない。

その恩は、この魂に、しっかりと刻みつけてある。


お前のやわらかい手は、オレにとっては幸せそのものだ。

だけどそれは、絶対にオレのものにはならない幸せだ。

ただ、分かってても、簡単には忘れられないから。

こうして、こそこそと手紙なんか書いている。

まあ、お前に読ませるつもりは、ないんだけどね。






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