時代の退化と人間の適応力は比例する。
「確かな立証と確信があれば信じます」
この場ではこの答えが最適です。でないと、私の疑問に答えてくれないでしょう。内心を言えば主様以外私は信じません。
「…………」
「どうしましたか木蓮様?驚いたような顔をして」
「その……そういう柄じゃないと思ってたから。お前には心に決めた人がいるって言ってただろ?
あれは恋人とか好きな人とかそういうんじゃなくて、家族とかそれこそ神サマってやつに向けてる……そういう声音だったから」
「自己紹介でのことですか?何故木蓮様が……あの場にはいませんでしたよね?」
思わず木蓮様の方を向いてしまいまして。木蓮様はまだ緊張しているのか目を合わせてはくれませんので、極力視線を合わせることを少なくしていました。ですが懸念に終わりました。
懸念というか、無駄というべきか。
木蓮様は変わらず空を仰いだままでしたから。
「………それが俺の持ってるこの力なんだよ」
「では教室で放たれたものと同質だというのですか?」
「本質的にはな」
私的予想。
木蓮様からの前言からですと、二次元の類に近いものを持っている、こと。妖怪、超能力といったものでしょうか。
「今は『退晶』時代で、あ…まず俺の前提で俺には師匠がいて。その師匠が長いこと生きてるんだ」
「その師匠様は『退晶』時代より昔のことをご存知で、教えてもらったと」
「ああ。それで師匠は『退晶』時代のことをこう言った」
ーーーー技術退廃、生活衰退。衰えた代償に俺たちが手にしたのはどんな宝石よりも希少な水晶のように透明で澄んだ人間の力だぜ。
その言葉は印象深いものでした。要は私の知った今の日本と昔の日本では、昔の日本のほうがずっと近未来であったことを言っているのです。正直信じられませんけど、探偵様にも意見をいただきたいところですね。
……ですが探偵様はいくつなのでしょうか?
女性に年齢を尋ねるのも失礼に値しますしどうしましょう。
「そしてその師匠の腐れ縁というかまぁ、そういう人はこうも言ってた」
ーーーー太古より人類は適応性という無限の可能性を秘めた体質を性質を持っている。人間はその中でも最も高い適応性を持っているんだ。それ故にこうして科学生活技術において退廃したこの世に合わせ適応した結果、君のような人が現れるんだよ。確かに技術は退廃した、だが僕達人間は進化を、適応をし続けていたのさ!
……あれ、もしかして探偵様ですか?
僕、なんて一人称+自分のエゴをナチュラルに言い聞かせている感じは探偵様以外にもいるなら、厄介者にもほどがあります。
それでもいま追求しては流れを切ってしまいそうなので、ここは黙秘です。
「要約すると、『科学技術は退廃した。だが人類の体は進化、適応をし続けていた』……ってことだ。俺の場合は空気を自在に操れるっていうもんだ」
「木蓮様が言いたいのはつまり、その木蓮様の不思議な力は人間の持つ個々の個性や体質に親しいものだということですか?」
「まぁそういうことにはなるんだろうな。不思議な力というのも誰しもが持っていて、その力が必然的に必要な危機的な状況にならないと目覚めないという点が、難点であることとされてたりもするらしい」
例えば通り魔に致命傷を負わされてとどめを刺される息もかかる寸前で、その力に目覚める……気づくのほうがこの場合にはあっている気がします。他にも大きく信頼していた何かに裏切られて絶望に落とされそうになった時、その力に助けられる……のような。
きっと人生の分岐点であり、一八〇度世界の見方が変わる瞬間なのでしょう。
自惚れ、酔いしれ。傲慢、怠惰。
そういう感情になって自らを堕落とさせるのです。
人類を時代を、あまりにも超越しすぎた力は人を墜とすのです。
行き過ぎた科学技術が魔法だと感じますように。
人知を超越した力はもはや超能力です。
木蓮様の場合は、その瀬戸際にいるのでしょう。
先程おっしゃられた師匠がそうならないように救ってくれた、不思議と私にはそう感じました。師匠、という言葉が出てからは柔らかい口調に変化し、木蓮様自身頬が緩み緊張が解けていることを知りませんから。
「差し支えなければ教えていただけないでしょうか、木蓮様の力が目覚めたときのことを」
駄目元で聞いたこの問いにも、案外すんなりと答えてくださいました。
それでも数十秒ほどの間がありましたけど、背中を床から離して膝を立てて後ろに手をおいて、また空を仰ぐような体勢になりました。
「小学生低学年くらいのときに旅行に行ったんだ。その帰るときに山と崖に挟まれたの道路を通らなくちゃならなかったんだ。街灯も少なくてガードレールはあっても半壊してたし、その上帰りは夜だった。暗闇の中互いに互いが見えなくて飛ばしてたスポーツカーに急カーブのところで衝突」
「車ごと崖の方に落とされて、その際に木蓮様は助かったんですか」
「そゆこと」
崖から落ちる寸前で、空気……を操れる力に目覚めたというわけですか。会話の中、家族という言葉が出なかっとのも察します。木蓮様は力に目覚める代わりにきっと、孤独という代償を神様に了承なく強いられてしまったのでしょう。
孤独しか選べず、のうのうと生きているのです。
家族が死んで、一人でまだ生きてるんですから。
「そんな、意味不明な力が自分にあるだなんて不気味ではないのですか?
他の人と違うことは誰だって、私だって嫌です。それにそんな、人に余る力は毒です。猛毒です」
「その毒を何の変哲もない水にしてくれたのが師匠なんだよ。本当に感謝してもしきれない。実際今もその師匠の家に居候させてもらってるわけだし」
「そう、なんですか」
木蓮様も一人ではないのですね。
それは嬉しいことです。私は共感も同情もできました。無意識的に私は口元をわずかに緩ませていました。一瞬ですけど。
「ところで急な話題変更をいたしますが」
私は保っていた距離を破ります。
会話を交わし、お互いを少しでも知られたのなら善は急げです。
今こそ探偵様の任務のための約束事兼アドバイスが役に立つときです。