木蓮喰那と抑水栞は今後とも鍵になる人物だ。
「あ……れ?」
何が、今、起こりましたか?
誰かに呼ばれて、深く深くに……。思い出そうとしてもずきりずきりと痛みを呼び起こします。よく思い出せないです。俯いて頭を抑えました。そこから伝って頬へと。笑っていました、何故か。
理由なく頬が、広角が上がっていました。
首を傾げるものの、ようやく私の決心を思い出します。そうだ、木蓮様は……。
…………。
木蓮様は肩を竦ませ、目に見て明らかに恐怖一色に染まっていました。マフラーで隠れた口は更に上にまくられ、私の視線に気づいた途端に更にまくりあげました。警戒心剥き出しとは、言葉に書いたとおりの強く睨まれました。
「……私。木蓮様になにか、しましたか?」
恐る恐る聞いてみるものの、答えはありません。
むしろより強く睨んできました。これはもう駄目だ、そう諦めて今度こそ立ち去ろうとしました。
しかしここで異分子登場、です。
「リーレちゃぁぁん!!!!!大丈夫!?」
何度も何度も耳にした、煩い&激しい&騒がしいの三連を備えた笑顔拡散機さんです。
どうも……というよりは何故ここに?
扉を勢いよく開けた上に、勢いで止まれなかったのか机に衝突して埋まっていますけど。息も切らしています。余程急いで駆けつけてくれたのでしょう。
「落ち着いてください、抑水様。私はなんともありません。ただ……木蓮様を私が何らかの形で怯えさせてしまったようで」
私?本当に私がやったんでしょうか?
「え?!暴れん坊中二病変人風来坊の喰那が!?こーんなにかわいいリーレちゃんにビビってんの!?嘘でしょ!?信じらんないっ!!拡散しとこ」
「拡散するな!スマホぶっ壊すぞ!!」
「あー、また変なやつだした?ブワーシュンかまいたちみたいやつ!そうはさせんぞいっ!そりゃぁっ!奪ってみーなさいっ!」
「………っ、このっ……」
私の中に別の私がいるのでしょうか?
そんな漫画やアニメみたいなことが存在するんでしょうか?
それとも主様に助けられる前の惨めで残忍な私がまだ生きながらえているのですか?
そんなことは、ないはず。ですけど……賑やかなのには慣れてます。だからこの場も難なく収めてやります。私は木蓮様と落ち着いて話をしなければ。
それがこの胸の動機を収める最善策ですから。
何故か空中に発生した小さな竜巻が抑水様のスマホを下より浮かせていました。が、思考に拭ける私を置いて次の瞬間、スマホがその竜巻により無惨にも切り裂かれてしまったのです。破壊音が私の意識を向けます。
「「あ」」
「……すまん」
「すまんじゃ済まされんぞ喰那っ!やったなぁ!壊したぞぉぉっ、こいつ悪者だぁ!栞ちゃんの大事な大事なファイルの入ったデータを微塵に無惨に切り刻みやがったぁぁ……」
「……お前が暴れるからだろ」
「はぁぁ!?あれにはリーレちゃんの隠し撮り承認済出とった写真諸々、ボクのかわいい可愛いものすべてが詰まっデータなんだぞぉ!」
「はっ、それならいいじゃないか。お前に撮られた被害者が報われるってもんだ。良かったな」
「まあバックアップ取ってるからいいんだけどね」
「……急に冷静になるのやめろ。温度差で風邪引く」
「だってリーレちゃんの分の写真はまだバックアップ取れてなかったからその分叫んだの。ショックもあるけどこれからずぅっと一緒だもん」
「そのバックアップってどこに保存してるんですか?」
「ん?家のパソコンだよ。それと棚奥とベットの下にあるUSBメモリに入念に保存してあるよ!」
「そうですか。近々家に招待させていただくことは可能ですか?」
「もちのろんっ!喜んで……ってあの冷酷でツンツンなリーレちゃんがっ、自ら申告してきたとはアメでも降るの!?あ、アメっていうのは飴のことね。だってリーレちゃんのデレは甘々だからね」
勿論そのデータを消去しに行くんですよ。勘違いはよしてください。
抑水様は覚悟だけをしておいてください。
「さて、どうしましょうか」
不意にこぼれた心の声。
肩を震わせ少し怯えた様子を見せ、マフラーを捲り上げる木蓮様。
灰色の髪を揺らし首を傾げる抑水様。
各々の反応に応えつつ、丁寧に私の本心を伝えることにします。そっちのほうが木蓮様を安心させられるでしょうから。
スカートの裾を軽くつまみ、前屈みに丁寧にお辞儀をします。まずは挨拶からです。挨拶は相手に心を許すという行為の序盤の簡単なものですからね。
「改めまして、木蓮様。私は、リーレ=シャルラタンと申します。紛れもない主様につけてもらった大事な名前ですので絶対に間違えないようにお願いしたいです」
笑顔を忘れず軽いジョークを添えて、です。
そのほうがフラットに接してくれるはずです、確か。
「もっ!ももも木蓮喰那った。こちらこそ改めてよろしくないかもしれない」
あれ、今なんとおっしゃいましたか?
「なーに緊張しちゃってんの、喰那?あ、もしかしてリーレちゃんの怖い差にいまさら気づいて怖気づいちゃった?あれあれ?」
「……煩いな」
容赦なく木蓮様の背中を叩き、煽りちらかす抑水様。
どうやら二人の間柄はかなり親密のようです。
私のことをひどく警戒し、攻撃まで仕掛けてきたのにあんな危険人物のストーカーの抑水様に容易に気を許しています。それに反応が初々しい……というよりは呆れつつも照れてるのでしょうか。
なんだかあったかいです。
ーーー?
一人首を傾げ、静かにその疑問を放棄しました。
「私は趣味と言えるのものはありませんけど、生まれて給餌をすることを義務として自らに貸してきましたのである程度のことは何でもできます。ですので是非、木蓮様について知りたい所存でございます」
「ねえねえボクは?リーレちゃん!」
「抑水様は勝手に話してくださったでしょう。一応記憶はしています、一応ですけど」
その後、体育の授業は抑水様以外休みました。あの成りと性格でもこの学園の生徒会長なのですから。文句を垂れながらも半強制的に行かせました。
私が軽く脅したんですけど。
生徒会長は学園の基盤、いわばお手本となる人物です。それらしい振る舞いをしていただかないと、この学園の仕組み自体が壊れてしまいかねません。
そして、私と木蓮様は屋上へと移動して雑談をしました。木蓮様は地べたに転がり、私はその隣に少しだけ距離をおいて座りました。初めこそ緊張しているような素振りは伺えましたが、段々と話し方が流暢になっていき安心しました。
安心……?
何故、でしょうか。
「そういえばお前は日本のことどのくらい知ってるんだ?」
「零、としか言えません。木蓮様は知らないかと思いますけど、日本は海外への情報漏洩が一切ないことで有名なんですよ」
「それこそ零ってことか?」
「そうです。だから私は初めて日本に来日した際に、よほどの科学大国かと勝手に思っていました。最新技術の漏洩は人間強欲ですから知られたくないと思うのは当然でしょうし、独占したいという私利私欲に自惚れた政府側が漏洩を操作しているのだと考えていましたから」
だからこそ、この国に酷く驚いたのです。
「ですが現実は真逆でした。
私の主様が居た国はあの有名な企業“ᒪ”の本社があるイギリス。技術大国とも呼べる国と比べてはなんですが、格差が生まれすぎていました」
『大正』、昭和、平成、令和と年号とともに進化してきた日本は衰退していたんです。令和から、望明、連刻と二つ年号を経たというのに改めてまして『退晶』時代に戻ってしまったのです。
科学技術自体は『大正』時代と同等のものに退廃していました。故にこの牡丹学園の雰囲気も書物で拝見した『大正』時代に似通っていました。
例えばこの牡丹学園です。
レンガ造りの校舎に制服。
女子は蘇芳や深緋の袴と現代の制服の融合版のようなもので、男子は紺青や藍という対比でつくられています。
他にも『大正』時代をなぞるようにダンスホールは必ず街に一つ、ガス灯が照らす町並みは統一感があり煉瓦を主体とした作りのせいか洋風を匂わせていました。
それなのにこの日本味溢れるこの制服となるとかなり目立つのです。それ故にこの学園の知名度が上がっているのもあると耳に挟みました。
「不便、だとかはなかったのか?」
「勿論ありました。というより常に私は息苦しさを感じています。今まで自らに間接的に貸せ続けた重みに耐えられなくなって、自分の首を絞めている。そんな状態です」
「………?よく、わからないぞ」
「お気になさらず。ただ一時的に諸事情合って、大切な人と離れてしまっているんです」
「だから息苦しい、か?」
「そう、なりますね」
「そんなんでよく生きてるな」
木蓮様の言葉は捉えようによっては侮辱に値する危ういものでしたが、私はその捉え方でも別に良かったのです。
一瞬口を滑らせたと気まずそうに顔を逸してしまわれましたけど。
「ふふっ。だから頑張ってるんです。今は親離れ中なので少しの痛みは我慢しないとですから」
その言葉を聞いて木蓮様は遠い目をされました。
「俺には、分からない」
「理解されなくてもいいんです。単なる私のエゴです」
木蓮様を真似て、空を仰いでみます。
私のエゴも悩みも感情も、蒼穹の大空に比較してみればちっぽけなものなのでしょうか?
だとしたらそんな小さなことでこんなにも思考錯誤を繰り返してしまっています。私は完全に生まれ変われたわけではなかったのでしょうか?いえ、ですがこの悩みの魂胆は間接的には主様に通じます。
ならばこの心労もきっと主様のへの信仰の証となるはずです。
「……」
木蓮様は何かを言いかけて、吐いた息を止めました。まだ、私と出会って一時間も経ってませんから当然です。信頼関係を築くには長い時間と関わり方に伴いますからね。
探偵様より与えられたミッション“友達を作る”も抑水様(あれは例外です。ただの変態さんです)は例外にまともな友達を作りたいという願望を叶えるためでもあります。
一番は私の中のこの感情の証明の為でもあります。
「あ、そういえば木蓮様。
私が教室に入った時に何らかの形で攻撃しましたよね。あれは何だったんですか?差し支えなければ教えていただけると嬉しいです。あれは武術とは全く違う次元のものと見ましたし、興味があります」
「別に構わない……けど一ついいか?」
なんでしょうか?
特に答えづらそうな話題ではないので大した問ではないとは思いますが。
「お前は都市伝説とか七不思議だとか宇宙人とか……そうゆうのは信じるか?」