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問一、何故彼女は解物を信仰するのか?  作者: らいら
Hint.1 セカイ束縛は不変の一片
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彼女の中には彼女と相反する誰かがいる。

 私は引いてくださる手を無理やり剥がしました。


 それでも笑顔で抑水様は文句を言おうとださりました。

 そして私の顔を見た抑水様は一瞬表情を曇らせるものの、優しく笑いかけてくれました。


「忘れ物?それとも体調悪い?先行ってよっか?」

「……」


 なんだか私は気まずくなってしまいました。この優しさは紛れもなく抑水様の良き人格を表していて、主様以外に向けられたあたたかいもので。こういうものを向けられた時どうしたらいいのか分からないのです。


 貰われたら返さなければならない。


 自分勝手な鉄則として定めていることです。


 主様のときはまだ返せるものがありました。給餌という形です。主様の業務は楽になります。そしてお茶を出せば優しく笑ってくださります。それが嬉しかったのです、私は。


 その度にもっともっと、と欲深く思う自分がいて、より献身的に尽くしたのです。


 ですが私は、現在抑水様よりもらった優しさをどう受け止めているのか、私がわからないのです。嬉しいのか、悲しいのか。そして抑水様に何をどう返せばいいのか、わからないのです。

 何者でもない。

 何も自分を、知らない。

 何も、見出させていない。



 リーレ=シャルラタンは主様の為だけに生まれた人格ですから。



 首肯するとあっさりと諦めてくれました。


 目をそらすばかりで、きっとこのときの私は仏頂面が不安と焦燥で崩れていたんだと思います。それを見て抑水様も一線引いてくださったんだと考えました。


 その後、抑水様は更衣室に向かっていきました。垣間見える笑顔やな隠れた感情をしかと受け止めて。礼儀としてその背が見えなくなるまで見送り、せめて手を振り返しました。


 せめて、せめて。

 私を保って。


 窓ガラスに写った自分へ踵を返し、教室に戻るように足を進めます。


 更衣室が空くまでの時間を潰せばいいのです。始まる時間までは十分間もありますから。折角、探偵様に通わせてもらっている以上、サボるという選択肢は私にはありません。


 教室に忘れ物をした体で向かっていたものの、扉の目の前に着いてから気づきました。そういえば、男子がまだ着替えているかもです。


「………静か、ですね」


 もうグラウンドに向かったのでしょうか。

 私はノックをして扉に手をかけ、横に引きます。



 そして刹那。

 空を切るような音と共に殺意が迫りました。



 反射的に右に首を傾けて回避しましたが、それは私の髪と頰を少々掠めました。流血を自覚し、左手で撫でます。鋭利なものですやられたのでしょう、見た目は浅そうでも傷は深かったです。


 刃物……なら投擲した際に床に落ちた音がしているはずですし、何をされました?


 敵意からの殺意。


 今じゃあ警戒心程度に収まってくれて入るようですけど。その人物に視点を合わせました。



「ーーー誰だ」



 生徒の集まったグラウンドの見える開放的な窓は、この場にそぐわない喧騒を呼ぶように空を震わせています。唸るように出した声はそんな風の中でも耳にはっきりと届きました。

 誰も信用してなんかいない、そう言わんばかりに尖ったもので、その真っ白な瞳は、鏡写しに昔の私を見ているようでした。


 虚空、と例えるべきですかね。


 何にも見ないのに敵意だけはむき出し、狐みたいです。ポンパドールが目立つ白金の髪も相まって余計にそう見えてきました。


「見ない顔だ。転校生か?」

「……一時的なです。初めましてリーレ=シャルラタンと申します」


 留学生か、とポツリとつぶやきました。その表情はマフラーで口元を隠されて、乱雑な前髪でほとんど見えないがきっと私のような仏頂面です。


「相手が名乗ったら自分も名乗るのが礼儀ではないのではないのですか?」


「……木蓮もくれん喰那くいなだ」


「女の子みたいな名前ですね」


「……………」


 なるほどなるほど。


 単に短気でなく、私を不審人物だと思い攻撃を仕掛けてきたのですか。それはそれで失礼ではと思いますが、私は今朝の自分の自己紹介を脳裏に浮かべて、人のことは言えないと喉まで来た毒ある言葉を撤回しました。


 ですが、そうなると疑問を呈さざるえないです。


 私が転入生だから、というのも分かりますけど初対面の相手に物理的な威嚇攻撃をするのだろうか。少し聞いてみましょう。


「私も警戒心が強いほうですし、初対面故先手を打とうとするのは当然だと思いますけど。なぜそこまで私を避けようとするんですか?


 自己紹介の時、木蓮様はいませんでした。ですがその後、戻ってきた際に私に見向きもなさりませんでした。気づいていない、にしても私にはそれが恣意的に伺えました。昼も真っ先に屋上に向かっていましたし……避けられてます。勘違いだったら謝罪します」 


 それら行為に、私への明確な怯えと不安の気配を感じました。

 昼休みは抑水様の相手をするので大変でしたけど、廊下をすれ違う時も教室を出ていく時も同様の怯えを見せました。


 怯えーーー恐怖や不安。

 どうしてもそれは個々の癖として出てしまいます。


 孤児としての私は知っています。


 今では最低な、昔はご主人様と呼ばざる得なかった人間のような怪物の機嫌を損ねないために顔色を所作を細部まで観察していたので分かるのです。


 木蓮様は怯えを見せるときは、口元のマフラーを意味もなく捲りあげて顔を隠そうとするのです。

 今もその動作を見せました。


「…………」


「……沈黙を選びますか。別にいいですよ、私は。気にしてません。謎を解くことを生業と私服にする探偵が謎が解けなくて苛々するくらいに気にしてません。これっぽちも。全然です」


「…………」 


 これも駄目ですか。

 短気で喧嘩っぽいわけでもない。

 それなのに攻撃的で警戒心の強い上に理解されることを嫌う臆病者。


 本当に狐みたいです。


 私が諦めてその場を去ろうとした時、木蓮様は口を開いた。会話のテンポが掴みづらい人です。振り返ればまた怖がらせてしまう、そう懸念して背を向けたまま耳を傾けました。


「本当のお前、は…誰だ」


「……?会話が成り立っていません。話を聞いていましたか?」 


「音が、変……なんだよ。お前の音、二つある。何か、変なんだ」


言葉が拙い、というよりは慎重に選んでいる感じです。


 …………怯えています?


 眉を潜ませる私以上に、瞳の奥底も眉も震わせる木蓮様。その白銀に映すのは私、ではない気がします。心を見透かされているような嫌な、感覚です。そう思ったら、突如として背筋に怖気が走りました。


ーーーどうかこの子を救けてあげて。


ーーー見捨てるなんて出来るわけありません。

   眼の前で救けられる命はすべてあたしが救うの。


ーーーこの子も同じ。みんな、同じ。命をみんな同じに、あたしは扱いたい。


ーーーええ。ええ。分かってる。

   ちゃんと責任を持つわ。だからお願い。



ーーーこの子の■になって。



 声。


 声が脳に響きました。

 電流のように走った感覚は痛みがありましたが、その声は私の脳を包み込むような薬になりました。



ーーーお前なんか、要らない。


ーーーお前は今日から俺の玩具だ。


ーーーあなたはたった今からあたしの給餌係に任命します。



 これは、私の存在証明。

 私の軌跡。



ーーーします……はちょっと違いますかね。えと、あたしの給餌係になってくれますか?


ーーーそう、ですか。いえ、嬉しいです。

   ………そうですね。ではあなたの新たな門出を祝い、あたしから名を授けましょう。


ーーーあなたはリ■■=シ■■ラタ■。あたしの■愛■可■い“■”(たからもの)


 



         ■■え■、あ■たはだ■れ?■??





 

 見つける、見つけなければ。

 早く早く、ゆっくりでいいんです。

 主様が待ってるんです、待ってなんかいない。

 きっと。きっとはない。


 距離をおいて。冷静になれ。

 逃げるんです。逃げるな。


 怖いんです。怖くない。


 この私が。私ごときが。

 資格なんか、資格が、

 ある。ないです。

 そんなことより、そんなことってなに。


 献身的に。冒涜的に。

 能動的に。受動的に。


 進行していく。信仰しました。


 なのにともに染まったね。汚れました。


 悲しい?哀しいです。

 私は嬉しい。嬉しくなんかない。


 ほら、一緒に笑おう。嗤わないで。


 笑おう。絶対嫌です。


 ほら、ほら。


 ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら 



ーーーーーーーーーー笑って、リーレ=シャルラタン。

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