彼女の学園生活は最悪の形で進んでいる。
周囲からの腫れ物のような、混雑とした空気をひしひしと感じます。
完璧です。完璧な挨拶ができました。
これで無理強いに命令された学校生活も安泰に過ごせるはず。
「だったんですけど…………」
「どうしたのかなっ?リーレちゃん!」
背をピンと伸ばばしていた背をそのままに踏み止まり、嘆息をこぼすのみに留めます。
私はちゃんと言いました。
言いましたけど、昼休みに嬉々として話しかけてきた生徒がいました。もうこれ以上の幸せはないってくらいの満面の笑みと好奇心をキラキラの目を見せられて。
ーーー主様と、今の主人になる探偵様しか関わらない。
そう心に決めて(探偵様のことは置いておいて)半強制的に通うことになった牡丹学園。
初日、しかもかなり理解不能なタイプの知り合いができてしまいました。
はじめこそ無視はしました。
『はじめまして!ボクは抑水栞だよ』
『……(驚いてる)』
『今日から同じクラスメイト、だけどボクの方が先にこの学園にいたから実質ボクが先輩ってことになるよね!栞先輩って呼んでいいんだぞっ!』
『……(引いてる)』
『あははっ、うそうそ!栞ちゃんっでも、栞でもいいからねー!』
『……(引いてる)』⚠二回目
そして以下のように妙なテンションと面倒な絡み方をしてくるのです。いずれ諦める、飽きる。そうは思っているもののこれが妙に粘着質。ストーカーされてる気分でした。
結局ボロが出てしまって。
『あれ?もう20回以上は無視されてる気がするけどまあいっか!多分リーレちゃんはボクをなんて呼ぶか悩んでるんだよね』
『……(30回以上は来てます)』
『んー、喋り方とかすっごいお嬢様……より給仕さんかな?ボクのことご主人様とか呼んでいいよ?ーーって何いきなり詰め寄って?!えっ、これって壁ド』
『私にとっての主様は唯一人です。そこを履き違えないでもらいませんか?』
リーレ=シャルラタンの主様はこの世で唯一人。
救われた使命でもない責務でもない、純粋な献身なる信仰なのだ。そこだけは絶対に間違えない。間違わせてはいけなかったから。
『……あ』
このとき私は我を失ってしまいました。それに少なくとも威嚇という形で他人に迷惑をかけてしまいました。失言だと思い謝ろうとしました。ですが。
『……ちょ』
『ちょ?』
『超かっこいいよリーレちゃん!その仏頂面も素敵だけど、怒った顔もかっこよすぎる!!!!!』
この瞬間から私は抑水栞という人間を理解することを諦めました。
この機会を逃すまいと後に喋り倒されたのだ。押し負けた、というべきでした。
『……(滅茶苦茶引いてる)』
『ねぇリーレちゃんのそういうとこもっとみたいっ!!!あっ、でも一番見たいのは笑顔だけどね。他にもそうだなぁ。好きな食べ物とか、嫌いなものも。あと誕生日も!相手のことを一方的にてっのも卑怯だよね!じゃあボクの好きなものから。ボクが好きなものはかわいいものっ!まさにリーレちゃんだよ。ほかにもぬいぐるみとかは勿論だけど。この前は蝶々を見つけてねー、追っかけてたら丁度マンホール工事してたところでマンホールの中に落ちちゃったってことがあったの!結局蛾と見間違えてたんだよねー!!ほんとうに厄日だったよ!!!あははっ』
この会話の通り、抑水栞は変人で話が通じにくいことは理解できたはずです。主様や探偵様以外の人との対話というのは経験が浅いものだったのでん
探偵様より与えられし任務の一つ目は、意図しない最悪の形で達成しそうです。
◆
抑水栞は良くも悪くも目立つ存在です。
クラス委員長という役柄でもないのに、それ以上の役職を担っているのです。牡丹学園生徒会長、です。
探偵様がお勧めしてくださった学園は間違っていなかったですよね?
事前調査によりますと、牡丹学園の校舎は木製で割と年季の入った歴史ある学園とのこと。築十年以上、生徒数は五百を超える大御所であるのです。私が転入した一年クラスは一六四人と四クラスに分かれています。
ここ日本の首都東京では有名なエリート校とのこと。
事実、授業内容自体も主様に至極丁寧に教え込まれてなければついていけませんでした。寧ろ、楽勝に解けましたので、本当に主様には感謝しかありません。
「リーレちゃんは部活何はいるか決めたー?」
「帰宅部です」
「えー?!なんで??文武廟道な完璧美少女のリーレちゃんが何にもしないのー?もったいない……」
学生のうちの勉強は仕事だと言うように。
私の仕事は探偵様の助手兼主様の給餌係なんですから。
「……」
「え?なになに?急に無言で見つめられちゃったらボク照れちゃう」
手入れはされているもののくすんだ灰色の髪は他のクラスメイトより浮いています。ここ日本は黒髪が常套句、もちろん例外として不純な、思春期の男女が周囲への反抗の為に髪を染めるという行為に走るということは聞いたことがありますけど。
地毛って感じがします。
確証はありませんけど、恐らくストレスにより色素が薄くなったのでしょう。こんなに笑顔生産機みたいなひとですけど。
「いえ、抑水栞様の笑顔が眩しすぎて私には毒かな、と思っていました」
「そういうならボクは。リーレちゃんのナチュラル毒吐きも程々だと思うけど………そういうところもかーわいっ!」
ナチュラル毒吐きってなんですか?
というよりずっとそのテンションだと疲れませんか?
なんて言葉は駄目。
“辛辣や失礼な言葉はNG。相手を傷つけるから”
探偵様との約束……任務がここで響いてくるとは予想外でした。本来ならもっと普通の人と友達を作るべきだったんですけども。
今回の任務は唯一つ。“友達を作る”ことなんです。
それに伴う、探偵様との約束は十。
先程の“辛辣や失礼な言葉はNG。相手を傷つけるから”もその一つ。
私が主様に向ける言葉しか知らないからです。無作為に無意識に猛毒を吐いてしまう、それは私が主様以外に興味が無い為でもありますがプラスに考えれば絶対裏切られない、信仰の証明になるので恣意的には嬉しいですね。
とはいえ、守ってなかったと思われても仕方ありません。
私のささやかな反抗心ですから。
半強制的に、任務だと言い寄られて通っている身ですから。だって理解ができませんでしたから。
私は一刻も早く主様を見つけ出して欲しい、そしてその手伝いを。
なのに探偵様は学園に通い、友達を作ることを強いました。
そうして一人にされて何も言われないのは寂しいです。
『一人にならないための任務なんだよ』
なんて探偵様に言いくるめられてしまうのでしょうけど。
主様も多くを語らぬ人でした。元々口数の少ない綺麗な方ですし……その点言えば、探偵様は口をなかなか閉ざしません。閉ざさない割には本筋を隠した自分語りばかりです。
ともかく、言い訳になるかもしれませんけど。無理に親切にだとか愛想を振りまくだとかは違う思いました。友達というのは相互理解の関係になります。
だからこそ、いずれ知る私の性格を隠せばそのときにきっと決別されるだけだと思います。
となれば、リーレ=シャルラタンの本質を知っても尚友達付き合いをするのがこの任務の最善だと考えたのです。
そんな当てはまる人はそうそういないと思いつつも、この学園の生徒は五百以上です。誰か一人は……と考えていたのですけど、まさか後も簡単に見つかるとは。一周回って不安に思えます。
自分自身が自主的に動いておいてなんですけど、今思えばこんな私ごときと友達になろうなんて変人でないわけがないのです。
「それよりもリーレちゃんっ!」
頬づいて考え込む私に抑水栞様は私の机を勢いよく叩かれました。褒め言葉の後のテンションのままだったのでやや興奮気味に。
「ボクのことはフルネームじゃなくて名前で呼んでよぉっ!」
「……抑水様でよろしいですか?」
「栞は、駄……目なの?」
「抑水様、で譲りませんよ。可愛らしいとも思いません。そんな下手な演技でごまかせるわけ無いです」
「ちえっ。まあ、仕方ないもの!ボクともぉっーと仲良くなったら絶対呼んでね!!あ、次移動教室だよ。いこっ!」
手を引かれてされるがままに。移動教室。次は体育だったはずなので今から向かうのは更衣室であるはずです……いきなりピンチです。
私は幼少期は孤児として、大人達の玩具として遊ばれていましたから、傷跡が今現在も多く残ってしまっているわけなのです。
着脱行為には人一倍気を遣っているのに、大勢の前で醜い裸身を見せるわけにはいかないです。