絶対適応能力は万能にして、不完全である。
「改めまして自己紹介をしよう。今後の話し合いに支障が出ない程度に手短にね」
「場所移したかと思えば本題には入んないのかよ」
「だから手短に、だよ。話聞いてた?」
「話の腰を折ればコイツラの機嫌損ねて大暴れってのを予測して警戒してる俺の身を考えろよ。気が休まんねぇんだよ」
「そういえば小さな頃から君は二つのことを同時にできない愚か者だったね!ワスレテター、スマナイー」
「っ!てめぇっ!」
せっかく僕が仕切り役、語り手を務めようと努めているのに茶々を入れられては困る。この気分屋で悪評のあり好評ありの探偵様が真面目に進行しようとしているのに。
このままじゃ僕の気分が変わって話を聞く気もなくなってしまうよ。
…………。
………………………。
なんて嘘にきまってるじゃないか。
僕も僕の目的がある。
謎を解く、この一択だ。
僕の推測に反して奇天烈且つ奇妙なことが起こっている訳でその整理をつけなければならないのも確か。
失敗までは行かないものの失態。
僕なりの落とし前として、謎を謎のままで終わらせないように解決に導くことくらいしかできないので、むしろ大歓迎だ。
それこそが僕の使命だからね。
「「……………」」
おっと、これまた失敬。
果燐にかまけて戯れていたら嫉妬と憤怒を黙させてしまった。全く果燐は困ったやつだな。
僕によほど構ってほしいのか……と、堪だけは立派な奴が睨んできたよ。怖い怖い。
本題に入ろう。
内容がな内容なだけに順序を踏んで君等読み手に伝わりやすくするつもりだが、僕の性格上雑になることがあると思う。その点は察して欲しい。僕からその一点だけがお願いだ。
「ええー、ごほん。まずは自己紹介からだ」
●序章、登場人物紹介。
「まずはこの僕。推晶綴。紛うことなき名探偵!ヌル=エルこと無垢とは腐れ縁、家族にも親しい仲にある」
「竜胆果燐。俺は一応日本の警察、位は警視正で上から三番目……ヌルとは右に同じく家族にも親しい仲だ」
「便宜上私は嫉妬、になります。肉体はリーレ=シャルラタン、精神の主導権を嫉妬が握っている形です。またあとから説明しますけど……はい。私にとってヌルちゃんは親にあたります」
「………憤怒。原体とは……特に、ない。無関心?……嫉妬の真似、体は原体、精神は憤怒が主導権を握っている」
序章終了。
意味深な発言への言及を避け、第一部へと移行。
●第一部、ヌル=エルについて
ヌル=エルはこの事態の大部分に絡んでいる。其の為にこれから話す全容の前座に相応しい、それ以上の最低限で濃密な情報を詰め込んでおく必要がある。心黙して静粛に拝聴ください。
ではではまずは、ヌル=エルの容姿と性格について。
「ヌル=エルは純粋なイギリス人。そしてアルビノだった」
「アルビノつったら、肌とか髪とか超白くなるやつだろ?」
「君にしては珍しい。大正解だよ。先天性のもので、弱視だったり紫外線に弱かったりするものでもある」
「だからあいつは出会った頃、日傘いつもさしてたり目を細めてたりしてたのか」
「はじめこそ距離を感じたね。最低限の受け答えと良い印象をもたせるような気持ち悪い作り物みたいな笑顔。初々しくて可愛らしかったね。今でも思い出せるよ」
「内気ってわけじゃないのに、目を離したらどこか行こうとすんのなぁ。俺らで拘束してたけど」
「一日中のお喋りの結果、なんだか無垢は大人しくなってたね」
「お前の喋り倒しのせいで諦めたんだよーーー天使であることをな。異端者に、化物になることを受け止めきれてはなかったみたいだが」
「無垢が無垢であろうとしてた頃だね」
続いてその特質。
「両親は共に無垢を生むと同時に自殺。良家の出、故に無垢を産むことでさえ苦労したというのに、その柵しがらみが死に追いやったんだろう。それからは転々と親戚を巡り、あの箱庭へと移されたと聞いているね」
「そこで被害者兼被験者として得たものが」
「絶対適応能力、ですね」
「おおっ!いきなり口を挟まれるとびっくりするじゃないか、嫉妬」
「序盤での口出しは禁じようと思っていましたが、もうひとりの心がヌルちゃんの事となると無意識に口が動いてしまいまして。ごめんなさい」
「いいんだ。だったら嫉妬。
少しそこの補足説明を頼もうかな」
「ありがとうございます。
絶対適応能力のこと、ですね。
ヌルちゃんは感情欠如がありました。これは環境がもたらしたものですね。その感情欠如を補うよう、行われた人造実験が箱庭で行われていたらしいです」
「らしい?言い切れよ。煮えきらねぇな」
「記憶を覗いただけの身ですから。まあそれで、その人造実験の内容の一つが絶対適応能力の人間への癒着です」
「その適応者が感情欠如をしている精神が欠けているもの。それに無垢は選ばれたんだっけか」
「感情に大きく作用するから感情豊かな人ほど脳への損傷や負担が半端ない、とか言ってたな。あのクソ野郎が」
「その絶対適応能力こそが、人間の欲の根源ともいえる七つの激情の人格化。人工的な多重人格を生み出すとともに、人間の組織の根本すらひっくり返すことも可能な力です」
「実際、薬剤投与を繰り返す内にヌルは食事や水をすらも必要ない体になっていったからな」
「一人何も与えず、飲まず食わずの状態のすすだらけ、極寒の環境下に長期に渡り監禁したんだよね。あの人のせいで僕らも動けなかったから………無力だった。あの時は本当にあの人をぶっ殺そうかと思ったね」
「今も昔もきっと出来ねぇよ、お前は」
「そうだけどさー!嫌なものは嫌だったのさ」
第一部終了。