立つ鳥跡を濁す、濁しても綺麗に。
雨の中、傘も刺さずにそこに居た。
一人の子供の背中を打ち続けるものの、子供は物怖じすることなく一転を見つめている。
しゃがんで背中を丸めているせいで元々小さな背丈が更に小さく見える。滴るしずくのせいでその凹凸なくラインもない幼い体躯が顕になる。
そんな子供の背中にひっそりと気配を消して近づき、地面にずれている三編みを持ち上げた。
小さく「ありがとう」とそのまま呟き振り向く気配はなかった。
そんな子供に赤髪の少年は頭をかいた。
ため息と共に髪の毛をくるりと回しお団子風にしてやり、子供の隣へと並ぶようにしゃがんだ。赤髪少年も同様に傘も持たずに来たようで、すでに肩周辺が濡れていた。
「動物の、頭蓋骨か?それ」
「多分……烏の、だと思います。さっき部屋の窓から見えたの。この頭蓋骨に群がってる黒の塊が啄んでた。可哀想だけど、あたしには止められなかったから放って観察してたら、こうなってた」
二人の視線の先、動物の頭蓋骨があった。
完全な骨というわけでもなく、所々に肉片を残していた。腐臭は雨でかき消され、置かれた周囲が無数の鳥の足跡が薄れている。
それに喧騒のほどが分かる羽の散り具合は悲惨なものと想像できる。
今日は朝から台風混じりの大雨。
頑丈なこの箱庭の窓からの雨のうちつけようと言ったら騒音レベルだった。
それに今は猫も縮こまる寒さの極寒の冬。
雨の冷たさと言ったらこの時期では風邪の要因となる。だから今日は暖炉元で昼寝を営んでいた赤髪の少年だったが、扉の開く音を聞き急遽駆けつけたのだ。
五感がずば抜けて優れて、性格ゆえの少年ならではの行動であった。
ここ最近は注射の日もなく、安定していたからこそ警戒していた少年。この箱庭で唯一の男で頼りある年上あってのことから、自ら世話焼きに徹していた。
の割には今のように傘を持っていかなかったりとかするものの一緒にいる、と言う少々ずれた優しさを持っていた。
「弱肉強食ってやつだな。俺は好きだぜ」
「そういうと思ったから。これあげようか」
「いらねーよ。普通に埋葬してやろうぜ」
「うん、そうだね」
スコップと軍手、近くの倉庫から取ってきて肩を寄せ合い作業を行った。雨の音と土を掘るスコップの音だけがお互いの耳によく響いた。簡易的な墓ができた後は揃って手を合わせた。
「埋めていたのは頭蓋骨ならぬ髑髏、かな?」
「うわぁ……」「うわっ!」
静寂と沈黙。
その直後の唐突な言葉に子供は驚き、少年は嫌そうな顔を見せ呆れていた。
そんな少年の態度が不満だったのか、頬を膨らませる少女はその背中を容赦なく蹴った。
それでも所詮は少女のか弱い蹴りなので期限をこれ以上損ねないように背中をさすって「痛っ」と言ってやった。
まぁ単純な奴なので満足したのか次の瞬きには笑顔に戻っていた。
「それで、ヌルに果燐。その髑髏はなんの髑髏なんだい?」
こんな極寒の中薄着で平然としている少女。
黒のノースリーブのみに短パン、いくら麻布のローブと傘をしているとは見ていて寒々しいものだった。
子供ーーーヌルよりはやや大きめな背丈の腰辺りまで伸びた癖毛混じり毛は湿気のせいでボサボサだった。
「頭蓋骨って言えよ。ややこしいな。というかなんで中身分かんだよ。見てたなら手伝えっての」
少年ーーー果燐は理不尽に思いながらも投げ返す。
溢した愚痴をガンスルーに少女ーーー綴は話を続けた。
「果燐、君は髑髏の意味を知ってるのかい?」
「……お前が言うなら同じ意味合いってことだろ?」
「全然違うさ。髑髏はさらされた頭=死の象徴ってことだよ」
「………どこが違うんだ?」
「頭蓋骨の意味合い、脳を外傷から守るとか機能的なイメージが強いから、綴は盛りすぎです。根本的なところは間違ってません。ほんの少しの違いです。時と場合による単なる誤差です」
「むっ、ヌル。この僕に異論を物申した?」
「気の所為です」
無意味にも泥まみれの両手を払い、そそくさと泥を散らした。ある程度の距離を取ったところで悪戯っぽくヌルは目を細め笑った。
「嘘です。気の迷いでした」
そんなヌルに綴は初めこそ理解できなかったのか首を傾げていたが五秒後には、傘を投げ捨てローブを脱ぎ散らし追いかけていった。
ヌルの言った方向からまだ部屋に入る予定はないらしく、反対側の芝生の方へ追ったようだった。
傘とローブは丁寧に狙った果燐の手の中へと収まった。
「冷たっ………」
呆れながらもキャッチしてやったもののローブが極寒の冷やさを纏っていた。綴の体温が極寒であったわけではない。
よく見るとローブの内側が濡れていた。
冷水が氷でこのために冷やしたのか?
そう考えると流石に呆れを通り越して苛ついた。ローブも傘も果燐は投げ捨てて綴を追いかけていった。
三人が三人、笑顔を溢れ僅かな幸せに埋もれた瞬間。
三文芝居でも、こんな瞬間がヌル達のとっての異端ではあった。
◆
「で、またかよ……」
「またなんです。手伝ってくれますよね」
「面倒だけどな」
雨は続き、埋葬も続く。
ヌルの癖っけふわふわの髪は雨のせいでサラサラのストレートになっていた。
これを見るのは三回目、となると五回目くらいから物珍しく一風変わったかをいいヘアは見れなくなる。果燐は少し残念に思いながらも、その頭を撫でてやり隣にしゃがむ。
先程と同じ状態のカラスの頭蓋骨。
芝生の端っこの茂みに隠すようにおいてあった。今回は啄んだような跡はなくどちらかといえば千切った跡だ。
カラスの羽根が血と混流し、土と同化していく最中で中々気味の悪いものだった。
そして足跡を隠しているのがバレバレに土を削った凹凸が見えた。
人為的。
顔を顰める果燐とは逆にヌルは頬をわずかに染めて、笑みをこぼしていた。
「それで、綴はどうしたんだよ。アイツはお前を追っかけてたんだろ?」
「そうなんだけど……嫌って一言だけ言って奥の方へ行ったよ」
控えめに刺された指の方向には足跡がはっきりと残っていた。
「あいつらしいっちゃ、あいつらしいな」
「でしょ?仕方がない人です」
慈悲深い天使のような純真無垢な笑み。
自然を見せるヌルのその笑顔は、子供の純真さとともに大人の優美さをまとわせている。
時折思う。ヌルは本当に綴と。
「……幼馴染み、なんだよな?」
「はい、そうですけど。何か?」
「いや。にしてはこうも性格とか気質が違うと、綴が妹だなーって」
「それは……否定できません。でもあたしにとっては綴はお姉さんって感じです」
「世話のかかる、か?」
「大正解です。でも尊敬してます。それはホントです」
とっくに二人の手は泥まみれでカラスを埋葬していく。二度目となれば少しは手慣れているので、スムーズに進んでいた。
「綴は言ってくれたんですよ。薬の投与の日を重ねていくうちに当たり前の日常の誤差を覚えて……糖分を必要としなくなった、そして水すらも必要としなくなる、化物に適応し始めるあたしに」
『別にいいことじゃないかな。
そんなこと言ったら、果燐はとっくに化物で人外だ。果燐を含めてヌルも、僕も、人の姿を保っているだけマシなのさ』
飄々と読書でもしながら方暇に答える綴が簡単に想像できた。
ヌルの不安に思うことは綴にとっては興味のないことで、一つの事象ーーー変化としか捉えていない。その良し悪しなど最も意識してなどいないだろう。
『でも、他と違うことはあたしは……嫌。また、一人になる』
『………はぁ、馬鹿馬鹿しい。うだうだうだうだと、そうして悩んで居ることの方が、僕はもっと嫌いだよ』
『でも………』
『それに君が怖がることなんて一つもないさ。
僕も果燐も君と同類、同族、仲間だよ。
むしろ家族とすら定義していい。
もっと言うなら家族よりも深い円で結ばれた最高の親友だ。
そんな僕らがいて、一人になるなんてありえない』
「普通のことみたいに言ったけど、やっぱり変です。綴はずれてますし、おかしなことを時折言います。けど」
ヌルはもっとその笑みを深くし、優しくはっきりとした声音で述べた。
「あたしはそれに救われました」
その笑顔は何者にも染まらない、
普通の笑顔だった。