脅迫は相手の加減を試す有効な手段だ。
朝、学校登校。
平常で平凡な毎日を過ごし、あっという間の昼休み。抑水様と木蓮様と食事を摂るのが日常となり、そこでお喋りをするのが私のルーティーンの一つになっていました。
そこで会話の歯切れの良いところで私はこの話題を切り出しました。
「そういえば私、明日ロンドンに行きます」
平然とする私のこの言葉には、お二人揃って嘆息をこぼされました。
流石幼馴染ですね。
息ぴったりであられます。
「へぇ、それは突然だな」
「へぇー、ロンドン行くの?ロンドン、いい場所だよねぇ。あそこはいろんなお菓子が美味しくって美味しくってたまんないの……って、もう帰っちゃうの、リーレちゃんっ!!!!!????」
「反応遅っ………」
変わらず賑やかな人です、抑水様は。
たった二週間、されど二週間。
主様の隣が一番というのは譲れませんけど、この喧騒とした空間から一時離れるのには少々抵抗がありますね。私の変化の日の舞台はきっとここが相応しいと感じています。
主様が居ない世界は思っているよりは、面白く新鮮でした。
ここでの体験は私を変わらせてくれるはずだと信じています。ですから、ここでロンドンに行くことは私の変化の道の寄り道です。
ロンドンに行くのは、あくまでも答えの最終確認と主様を救う為。
その寄り道が終われば、再び日本で探偵様にお世話になります。
……とはいえ、主様に会ってしまえば、この整理つけたこともすべて塗り替えられてしまいそうなのが杞憂です。いえ、どんな顔をして会えばいいのか解らない、が正解です。
『シャルは………シャルの自由に生きていいですよ』
主様からの最後の言葉。
命令とも約束とも、言えるものですがあれは………急に野菜の種を与えられ、カレーを作ってと言われたような比喩を例に上げましょう。
まだ混乱しているのです。
ですが、抑水様達に伝える言葉だけは鮮明に分かります。
わざわざ椅子を勢いよく蹴り上げる程驚いた上に、圧倒的被害者の木蓮様の肩を激しく揺らし戸惑う抑水様。 私は席を立ち上がり、その唇に指を添えます。
「由緒正しき生徒会長様が戸惑って学園存続が危ういですよ」
「リーレちゃん……今私のこと……褒めた?嘘……それに唇に指…百合的展開来た!?私とリーレちゃんに!?感謝カンゲキ雨嵐なんだけど……!?」
「なんです、それ………ただ私は木蓮様を助ける所存で行いました」
「喰那……?あっ、ごめ~んっ!全然気づかなかった!!」
「て、てめぇ………」
また、話をずらしてしまいました。いえ、実際そうでしたけどこれではまた喧嘩が始まってしまいますし、話の終止点がつけられません。
どうにか防がなければと見切り発車です。
「……あ、あの!」
「「ん?」」
お互いの頬をつねりあったお二人が、そのままの状態で私の蒼を見つめます。胸の前に重ねた手が震えます。声も、震えてませんかね。
「ロンドンに行くのは一時的なものですので、安心してください。滞在期間は未定ですが、長期のものではないと思います。それと……」
「「それと?」」
「ありがとう、ございます」
それから、今後ともお付き合いをよろしくおねがいします。
確かに私は言葉にしました。
◆
そして時を戻して、現在に。
この文化技術ともに退廃した日本に海外渡航の手段があるのか、と初めに疑問に呈したい所。
アンサー、ありますとも。
そこまで廃れてはいません。
事実、ならば私はどのようにして日本来訪を可能にしたのかということになってしまいます。ただ難点を言うならば、一般市民にとっての海外渡航は金銭面がばかにならないということです。
船を主流としていますが、その往来でかかる金額とパスポートを発注する手間と色々と苦労を弄するようです。
私に関しては負担はすべて、主様様々でした。
そして今回も今回とて、負担は探偵様が請け負うようですし、大人に頼ってばかりです。
現在、私は飛行機という空中を飛行する機体に乗っています。
秘密裏に探偵様が手配したそうです。
船では時間がかかりすぎてしまうからだ、とからしいです。
ロンドンにいる腐れ縁の伝にあたるようで、その伝というのも、探偵様が主様の名を出すなり喜んで手を貸してくださったとか。
の割に、顔面蒼白な伝兼操縦者を目撃してしまいました。「脅迫したのでは?」と聞けば、探偵様は知らぬ顔をされますけど、私は怪しんでいますからね。
しかも私が怪しむ理由もまだあります。
主様の名前を出せばあっさりと出してくれたと言ってますけど、それならばわざわざこの飛行機である必要はないはずです。
本来なら急ぎの為にジェット機だとか専用旅客機などの小型のものを利用されるはずですが、一般的に使用される飛行機を操縦者含めず、私と探偵様で独占しているのです。
しかも高級なVIP席に堂々と座って。
ワイン片手にくつろいでいらっしゃられます。
神経が図太いというか、図々しいと言いますか。
「ずる賢い、そう言いたげな目だね」
「的外れですよ、残念ですね探偵様。図々しいとは思ってます。それと呑気ですねと言いたいところでした」
「素直素直。ただ僕も共感しよう。この余裕は僕がレディだからさ。大人の余裕ってやつだよ、リーレ」
「いい大人はだらしなくソファで、お風呂に入らず、召し物を変えられず、下着姿で就寝するものではないです。むしろ悪い大人の例です」
「あははー。リーレったら、天才だなんて恥ずかしいじゃないか」
「そんなこと一言も言ってませんけど………」
悪い大人は耳も腐っていらっしゃるようです。
探偵様のような悪い大人は最も手本にしてはなりません。
「まぁ、天才の僕からすれば君の今の心情というのは共感できなくとも、理解できるものではあるよ。安心しなよ、生理現象だから」
「………そう、なんですかね」
「そうさ。君が主様を思うが故の愛の証明とも言えるね。愛の動悸ともいえばいいかね」
そこで何故か探偵様は、ワインを持たないもう片方の手で私を指さされました。
「丁度いいしね」と語り始めます。