哲学的な持論であれど結局は物語は進んでいる。
そこまで探偵様と私の空気が悪いわけでもありませんのに、本来の目的であった情報収集の報告でもしてくれるのでしょう。真面目な話をしようにもこの空気では、雰囲気が似つかわしくはないでしょうし。そう意味での景気づけ、ならば恐ろしいですね。悪い情報があるのでしょうか。
「そういえば、無垢こと君の主様のことなんだけど」
「流れるように話さないでください、少なくとも私にとっては大事なことなんですから」
それと自然な流れにしようとしてますけど全くと言っていい程に不自然です。単に接続詞をつければいいと言う訳ではないんですよ。
却ってあからさまです。
「えーあー、それじゃあ。えーとあのー、あれっのことなんたまけど」
「下手ですか」
前言撤回、こうなるのならばすぐぶっこんだ本題でも良かったです。
「だったらどうしろっていうのか!ねぇ、答えてくれよリーレ!」
オペラ歌手のように高らかに歌うように、そしてわざとらしく催促してきます。しかもこれ熱演ならぬ冷演です。棒読みですから尚更違和感しかありません。
もちろん絶対に他言はしません。
ツッコミも、です。
故に静寂。
私は次の探偵様の言葉を待ちます。
「………と、いうことでね」
あ、普通に始まりました。
「今回僕が行った情報収集、無事成果はあったよ。まずは安心して欲しい。それで、いい情報悪い情報。どっちから聞きたい?」
「良い情報からでお願いいたします」
よくある商売文句、私の場合は安堵を優先したいので。リスクは後でいいですから。
「無垢こと君の主様は少なくとも生きている」
君が聞きたい言葉はまずこれだろう?と付け加え、その真紅に深く魅入られます。モノクル越しでも分かる、私の心を見透かすように鋭く見つめられました。思わず肩を震わせてしまいます。
「それはーーーー良かった、です」
ですがそれは図星で、正解で。
胸をなでおろす私を一目見ると、その鋭い視線は普段のものへと戻りました。
「それとイギリスで今話題殺到中の事件に関与している」
「無差別殺傷事件のことですか?」
「おや?知っていたのかい?」
「嫌でも自分の故郷で、主様の居る大事な場所のことですから」
そもそも、主様が行方不明になったというのもイギリスでの様子を詳細知っていなければわからないことですからね。
私は給餌係でしたから買い出し等で顔は広い方でしたし、技術発展の進んだイギリスでは情報端末機器がありますからそれを通じて、です。
何故か電波は通じているんですよね。
存在がなかったことになった機器の電波がこの今でも、ですから。
「ですが関与しているとはどうゆうことですか?」
被害者側……というのなら主様は有名人でしたから名前が上がるはずですし、隠蔽されると合うことはないでしょうし。
ましては関与、という言い方が引っかかります。それは直接的に、か。間接的に、か。
「ここからは別に言えないことは無いんだけど……ほら、僕の推論でしかないからね」
「それは……悪い情報の方に入りますか?」
「入る、とは思うね。だけどあくまでも僕の推論。但し、僕の推論は99.9%正しいわけだ。だから情報という枠には入るね」
「なんだか下手な詐欺の常套句みたいです」
「失礼だね。探偵たるもの謎めく者でなければ、だからね」
謎めきすぎても返って面倒ですよ。
現に私は探偵様を完全に信じきれてはいないわけですから。何だか一から百までは信用できなくとも、半分くらいは……という妙な安心感と不安感を覚えさせる人なんですよね、探偵様は。
「それと残りの0.1%って何ですか?探偵様なら100%などと仰りそうでしたから」
「この世界の全ての事象の決定権は神にあるんだよ。僕は探偵であり、神では無い。神に近い存在であると自負しているがね!故に僕の推論のパーセンテージは正常であるんだよ」
それに神に近い存在であると言っても……と付け加えられます。
悪い予感がします。
これは探偵様の言葉をエゴタイムです。
自身の意見を永遠と語る探偵様は妙に生き生きしているというか、語らないと気がすまない性分なのか、何かしらのきっかけで唐突に語り始めるのが非常に厄介です。
「そもそも僕は神様というものが大嫌いなのさ。
単なる嫌悪ではなく、憎悪すら込めた、ね。
神様の決定権というのは僕だけじゃないリーレ。
君にだって定められている。
運命という形で理不尽に決められる、つまりはそれが幸か不幸かは神様は知ることすらないんだから」
「あの……そろそろ本題に」
「故に僕は宗教への関心がゼロだ。
マイナスとまで述べてもいい」
「探偵様、あの」
「故に!神様を信仰するという行為が理解不能である。
何故そこまで崇拝できるのか!
泥酔できるのか!
それは逃げの行為ではないのか!
神を信仰するという理由は必ず自らでは叶わぬことに手を出せず神頼みをするための愛等を祈願するんだろ?あり大抵はそうだと僕は思うよ」
「………」
「僕ならば逃げない。逃げるは恥だが役に立つと言う諺があるがね。
恥をかくくらいなら死を選ぶ。
どうしたんだい?リーレ。ぼーっとして。
呆けていると余計に馬鹿で愚かに見えるよ?」
勢いに押されるままに唖然としてしまいました。
それでも自然と言葉は溢れました。
「ーーーい、いえ。探偵様らしいな、と」
「そう?そうかい?そうならば!もっと褒めてもいいのだよ?」
探偵様らしい。
私なりの探偵様像通り、エゴの詰まった宗教の話……でしたけど。うまく言葉に言い表せませんが、心に深く残りました。
神様のように主様を信仰している私の身としては何故と言われても即答できないものですし、言い分を聞けば否定されているわけですから複雑なわけです。
逃げを恥と言い、
恥をかくくらいなら死んだほうが良い。
そのくらい潔い信念。
探偵様のドヤ顔はどうかとして、ですけど、身になるお話を聞かせていただきました。こればかりは話が長いどうこうに許せました。
「それじゃあ話を続けよう!」
調子づいた探偵様は機嫌よく語り続けました。私は止めることは諦めて横耳に、適度にご馳走をいただきました。
探偵様も器用に食事の配分をし、長話が終わる句読点にはぺろりとご馳走を平らげていました。
永遠と語りに語られた探偵様のお話は全ては耳に入れられませんでしたが自己の考えを持っているという点においては羨ましいと思います。
哲学的でも型に嵌まらない、論理的に人道的に様々な観点からのものであっても結局は利己的である話は聞きづらくありますけど。
主様を基準にしか判断できない私にとっては、耳を塞ぎたくなる話ですから。
ともかくと、またもや本題から逸れてしまいました。別に報告はまだ終了宣告を受けたわけでもありませんし、ましてはまだ十分に時間はありますから気にしませんけど。
そんな私の杞憂を他所に「ご馳走様」と手を合わせました。
私はきれいに平らげられた食器を重ね、洗面台へと向かいます。そして皿洗いです。探偵様はといえば委託のナプキンで口元を拭っておられました。
「お茶、入れましょうか?」
「無垢の好きなやつじゃないやつがいいね。僕は常に新しい味を追求するが故にね!
次は【アールグレイ】を宜しく」
「少々お待ち下さいね」
残っていた【サーガタナス】を私のコップに注ぎきります。一度水洗いをし、拭き、準備をします。【アールグレイ】は私も回数多く飲んでましたので、後ほどと思いつつも颯爽と準備をします。
そうして完成した紅茶を探偵様にタルトタタンとともに出しました。
小さく感嘆を上げ、今朝購買の新聞を見ながら楽しんでくれてました。それをラジオ感覚に手を進めます。
すると、フォークの置く音が響きます。
音なく静かに手も合わせた後で。はっきりと、平然として声を発します。
「さて。それじゃあ、明後日ロンドンに行くから」
「はい、分かりました」
思わぬ言葉に反射で、主従関係に近い探偵様故に口癖のように出てしまいました。
そして赤紅を翻して、一言。
「それじゃあ僕は寝る。おやすみ、リーレ」
「はい、おやすみなさい……………………………………!?」
事務所の扉でなく、探偵様が席を立ち向かったのはソファのようで年季の入っているソファからの軋み音が耳に届きました。
私は遅れて後を早足で追い、追求しようとします。
あの赤紅のドレスで、モノクルをつけたまま、風呂に入らず寝るのは駄目だからというわけではありません。
いえ、それもありますけども!
探偵様は今なんとおっしゃいましたか?
ちゃんと聞こえてましたけど、急なことで理解が追いついていません。
情報も不確かなままに与えられた上に説明なしの故郷帰り。せめてそこに至るまでの考えが知りたいです。
「探偵様。失礼ですが学園はっ…どうなるのですか?」
「ん?別にロンドン旅こ……んんっ!ロンドン来訪は君からの依頼に必要なことで短期的なものだから、日本に戻ってまた通えばいいよ。僕から話は通しておくから、それじゃあ、僕は眠いからもう寝るよ!リーレからそのオトモダチってのに直接説明と支度をしときなよ」
既に眠る気満々な探偵様はたるんで緩んだ声でダラダラと言葉を並べられます。といいますが、今ロンドン旅行と言おうとしましたよね?
銘打てばそうでしょうけど、探偵様はバカンス気分のようです。
そのくらい気楽にいていい。
気楽にして安心して欲しい。
なんて意味合いが裏にあればいいんでしょうけど、探偵様の偶像はそうでないといっています。ですが探偵様は探偵です。
以前聞いたことでは、
ーーーというよりはなぜ探偵様は探偵様なんですか?
『文面で見ても会話にされても面白おかしい質問だね。というか、その問は愚問だよ。
僕は生まれるべくして探偵なんだ。探偵に生まれるべくして僕が生まれたわけだしね。僕が【探偵】以外になるはずがないし、探偵にしかあれないんだよ』
ーーーそれはいいんですけど、なぜああも見つかりづらい。その上地図にものらない場所の事務所を拠点にしてるんですか?
『僕には別にこれといった理由はないよ。だってこの事務所は引き継いだものだから。元々の人、つまりは先代が忍ばなければならない理由があったんだと思うよ』
ーーーその先代も探偵、ですよね。
『当たり前さ。
ただ探偵たるもの謎を謎のままにしない。
だから安心しなよ。
僕は君から与えられた謎は放棄しない。
そして意味のない行動は絶対にしない。
僕を信頼してよ、リーレ』
こちらの不安を見越した言葉には重みがありました。
まるで今のシチュエーションの為に用意されたような言葉がありました。
だから、というわけではありませんがここで、言及はやめまさした。
「探偵様、お風呂は」
「僕は朝風呂派だ、僕は汗をかかない、僕は清潔無欠の完璧超人だ。以上」
「そうなんですか、それではせめて下着でお眠りになってください。シワになってはいけません」
うつ伏せの探偵様を仰向けにし、背中を押して無理やり座らせる形にします。身剥ぎの形となってしまいますが、仕方ありません。お風呂はともかく、素敵な洋服にシワがつくことは今後の着用にも関わってきますから。
「えっち」
「気持ち悪いです」
「酷いなー、これでも僕はレディだよ」
「レディならばお風呂も着替えもきちんとするものですよ」
棒読み、キャラに合わないという点では当然のツッコミです。
「洋服を洗ってきます。それまでに着替えを済ませて、そこの掛ふとんを使って寝てください」
「んー」
鼻を鳴らし探偵様は答えられましたが、洗濯中心配しっぱなしでした。もしかしたら下着姿で布団もかけずに寝てしまっているのでは……と。探偵様も自らレディとおっしゃられていましたし平気でしょうけど。
はい、案の定。
下着姿で布団をかけて寝てました。中途半端です。
「これ程手のかかる大人は初めてですよ、探偵様」
人に直接触られることを嫌う(探偵様示談)らしいのでせめて、もう一枚毛布をかけました。主様と違い偉く手のかかる新たなる仮主人に笑みをこぼしました。