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問一、何故彼女は解物を信仰するのか?  作者: らいら
Hint.0 溺れた少女の話
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彼女は【天使】に救われた(1)

「天使のようだと思いました。


 勿論私は天使という存在を、概念を、意味を、知りませんからそう思った、とだけ言わせてもらいます。

 この場合私が指すのは理想です。

 天使とは神に従い、人を導く者と現在では認識しております。なぞれば、私を導いてくださったのは主様で天使という言葉が当てはまります。それに…………根拠はないただの直感、雰囲気で判断してもぴったりとパズルのように当てはまります。


 主様は天使です。


 天使のような人という認識でもよろしいです。そう言うと主様はよく分からない顔で笑います。そんな素敵な人じゃない、と言いました。私が何度否定しても主様は首を横に振るばかりでした。

 私にはよく分からなかったです。


 主様が天使であることは紛れもない事実ですけど、それ以外のことは無知でした。主様に無知であることを強要されたのもありますけど、それ以上に私は敬愛を捧げました。

 人々が神を勝手に崇め奉るように、私も同様に無償なる愛や敬意を向け慕い続けました。

 それが行き過ぎてしまいました。私が奥に奥に踏み込んでしまえるくらいに、私が天使基主様に近づきすぎました。


 だから離れました。


 私がこれ以上主様に近づきすぎないように、主様がこれ以上私に気を許さないように。だって天使の領域は私ごときが入れるものではないのです。天使に固執することしかできない、一度壊し、死に、生かされた分際の人間ですらない。


私のような存在は天使を主様を汚してしまいますから。


 主様はお優しい方です。私が先程の理由で離れると言えば、主様は私の存在を問い直してくださいました。


 私は汚れてなんかいない、主様を癒やす天使なのだと。私が天使だなんてとんでもないですよね。汚れた世界で生きてきた私が、ようやく汚れた部分を誤魔化して、どうにか見栄えを良くして……いわば、普通の人間になる為の浄化の過程にいる私なんです。


 天使なんて程遠い存在です。

 それどころが縁もゆかりも無いんです。


 一度は壊れた人形に、新たな人格が芽生えただけ。


 たとえ人格が変化しても器は不変です。本来なら主様の給餌をする事さえ、憚られる私です。それに主様と対等の存在ということは私は主様に仕えられなくなります。

 上下関係があってこそのこの関係なんです。


 私は主様を主様と呼べなくなれば、きっと死んでしまいます。主様あっての私なんです。

 輪廻転生を信じ、主様に必ず逢いに行きます。あ、話がそれてしまいました。申し訳ございません。それで………そうです。主様から私が離れることについてでしたね。


 結果的には主様はそれを許してくださいました。


 いえ、これでは語弊があります。

 許すよう私が脅し紛いなことをしました。主様も私も、共依存になりかけていました。だからこそ泣きつかれれば同情し、私も折れていたでしょう。


 ですが私には恩があります。


 故に私なんかに依存して、天使が地上に留まり続けることなんて許せないです。もっと自由に、幸せになって欲しいんです。


 恩を仇で返すような真似は絶対にしたくありませんから。


………胸の支えは取れません。本当に申し訳ないと思っています。其れこそ死にたいくらいに。でも主様に生きてと縋り付かれましたから死にません。


 え?面倒だなんてそんな感情は微塵もありませんでした。

 私が主様に固執、依存していたこともですけど、主様に必要とされることは幸福の限りですから。


 話は長くなってしまいましたが、それが私が最後にもらった主様からの贈り物なんです。


 汚れた私を救済し、幸福を与えてくださった天使もとい主様の話はこれで以上です」


「異常に長い。僕と話すときはこれから簡潔にしてくれよ」


 モノクル越しにその少女は顔色人使えずに頷いた。

 第一印象、つまらない子。

 僕の興味を唆らない単なる酔狂者。もしくは偏愛者、好事家。


 ふわりと丁寧に編み込みの入った茅色、愛らしい大きな蒼眼の片方にはホクロのせいか雰囲気は大人びている。が、背丈はあまり変わらないのにその顔立ちから幼さが見える。給餌服ならぬメイド服は一般のものとは変わらない。


 ただ一点、注目すべきは彼女の胸元のサファイアのブローチ。


 サファイアを渡すことの意味、それを考えると彼女は僕の腐れ縁と余程仲が宜しかったようだ。

 腐れ縁は人との縁を作りたがらない。僕や果憐とは作っているくせに、だ。その癖無償に彼女のような孤児を含め、人を救けたがる。面倒くさいやつなわけだ。


 ああ。この場合の腐れ縁というのは、彼女の言うところの主様にあたるね。

 僕は一体誰に向けて語っているんだか。まあ誰に語らずとも胸中じゃあ発言権は自由にあるわけだし。僕は語るだけというわけだ。


「まあ要は、行方不明になったその主様を探してほしいわけだね。

 それなのに何故かいつの間にか主様こと腐れ縁、基無垢の話に移ってしまっているわけで、長話を聞かされたわけだけど……まあ一旦それは水に流してあげようかな。不詳ながら不問にしてあげよう。


 珍しく無垢から託された宝物からの貴重な言葉なわけだしね。無垢からは寡黙で人見知りだと聞いていたからね。そんな君からの言葉は重宝すべきだという僕のありがたい心遣いだ。

 僕が心遣いするなんてことも君が饒舌なことと同じくらい稀有だから君も僕に感謝してくれよ。


 で、話をむしり返すようだが、君の言葉を重宝すべきというのは紛れもない本音だよ。だって君の言葉は無垢からの置き手紙ならぬ届け手紙。もしくは遺言としても受け取れるからね!」


「主様は死んでいません」


 おおっと、怖い怖い。

 間髪入れずの睨み、ねぇ……これは結構重症と見た。


「でもそれも根拠のないものだろ?

 無垢が行方不明という事実は、生死不明という事実も立証しているわけだし。まあ死んでいようが生きていようが君には酷なことだろうね。


 だってほら、少しは考えてみたらどうだい?


 君を僕の元へ送り届けて間もなくして、君の主様は行方を眩ませた。


 なにか変だと思わないかい?

 特に上位階級あっての貴族社会、今の時代じゃあ資本主義ってやつが存在する以上、君みたいな弱い弱い人間は売買される。


 理不尽に、不条理に、老若等しく無差別に、無作為に。


 命の取引がされてしまうわけだよ。その取引は金銭が通じるだけ重いものでありながら、その取引自体は非常に軽い。踏んだり蹴ったり、握っただけでも形を乱す。紙のようにペラッペラだよ。


 たしかに命は金銭に換えられるものだけれど、命に染み込んだ魂、その人間性自体は唯一無二で稀有だ。

 金銭なんて歩けば落ちているわけでもないけど、何処にでもあることは確かだし。命っていうのはあるべくして作り出されるわけで、誰も彼もに同じ価値がつけられることはない。


 命は値打ちされるべきものじゃないんだ。

 だから誰にでも何にでも価値を決められる。故に命は金銭よりも重いものであるという意見も生まれているわけだ。


 まあこの場合の軽い取引というのを説明するのにはまた別の理由になるけど。


 派生した話。

 金銭で取引される命っていうのは、金の主。つまりは買い手の思うままってことになるわけじゃないか。“人”っていうのは気まぐれさ。そんな“人”のものとなった命は、育てるのも、捨てるのも、遊ぶのも自由。その命の使い道、すなわち運命はその“人”次第ってわけなんだよ」


「…………何が言いたいんですか?」


「察しが悪いね。理解能力が低いのか?

 いや、決して君は馬鹿ではない。だって無垢がちゃんと育てたんだからね。賢い君なら分かるのに、わざわざ聞きたがるのは、甘えん坊のかまってちゃんだからか………それとも、現実を受け入れたくないからの逃避の脳の胎児化からかな?」


「…………」


 だんまりか。

 折角、君の文章量に対抗して長々と語ったというのに失礼なやつだ。


 まあ、張り合うまでもなく僕は元々おしゃべりだから、単に聞き飽きたから喋りたい欲強めだ。だから自己満足。失礼なんて一切思ってないさ。

 いいさ。


 馬鹿なふりをする子供を諭すのが大人としての義務っていうものだよね。

 だから容赦なく、言わせてもらおうじゃないか。



「ーーーだからね、君。僕が思うに君、捨てられたんじゃないかな?」


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