木蓮喰那と抑水栞は幼馴染だ。(2)
「リーレちゃんペア組もー!!!!」
「すみません。先約があるので」
「先約はボクじゃなかったの!?」
「違います。責務に現を抜かしているからです」
「んんっ!?それってちゃんと真面目な証拠じゃないの!?何がイケないの!?」
「何も駄目ではありませんよ。むしろ褒めてあげたいくらいです」
「なら一緒にペ」「それは無理です」
さてと。
生徒会長様を引っ剥がしたら木蓮様探しです。
男女合同の体力テストの持久走。
全クラスの一学年の男女が一堂に介するこのグラウンドでは人探しが困難に思えます。数にして約九〇、三クラス分です。それだけの人数が集まっても、狭さを感じないほどグラウンドは広大なのです。
それでも困難であると言えます。
が、木蓮様の性格を持って知れば容易いことです。もとよりクラスごとにある程度の塊ができています。更に数人かのグループにより分かれ、その中で浮いた一人が木蓮様です。
「木蓮様。体操一緒にしましょう」
「何でわざわざ……」
「どうせペアいないのですよね?」
「……………」
とまあ多少、人目を引きましたが雑談を交えながら背中を乗せて伸ばし合ったり、開脚をして前に体を倒したりと準備体操を行いました。その際何故か熱烈な視線がしましたが無視しました。
そうしてスタートラインにつく前に本題を切り出しました。
「昼休みの話の続き、と言いますか……単に聞いてみたいことがあるのです」
「何回も聞いたぞそのセリフ」
「彼女的な意味ではありません。他意もありませんよ」
「他意しかないの間違いだ。まあ、走りながらでもいいなら」
「勿論です。運動神経には自信があるんですよ」
スタートラインにつき、体育教諭の掛け声とピストルで三〇人ほど一斉にスタートします。
男女で距離は多少違いますが、グラウンド一周は四〇〇mもあります。話をするには十分と見受けし、私は木蓮様の背後に付き、ある程度の集団にまとまった際に隣に付きました。
先頭集団の一歩手前、このくらいならば序の口ですね。
「で、聞きたいことって?」
いざ聞かれるとなると、少し困ります。
いえ、私から切り出しておいてなんですけど。
やはりこの聞きたいことというのは、私の胸の内といいますか、求めている答えに直結するものであって…………怖い、のでしょうか。
相手の懐に、相手の世界に参加させてもらうように。
自分の懐を見せ、自分の世界を紹介するように。
どちらもなかなか難しく、勇気がいることです。
今からするのは後者です。
私の、私の世界の間違いを、謎を。解く最大限のヒントとなるものです。緊張しますが、ここで引き下がるという選択肢はないのです。
体力とは別に早くなる鼓動を押さえつけ、木蓮様の顔も見れず、真っ直ぐに先を見て言葉を吐きます。
「ずっと一緒はどうしたら叶うと思いますか?」
じっと、見つめられた気がしました。
何故、でしょう。
でもきっと、酷い顔です。
意味がわからないと、突き放されてもいいんです。
無理なら無理と、叶わないものは叶わないと、否定されてもいいんです。
私が理解できない答でもいいんです。
それでも尚、知りたい答えなんです。
「正直に言っちまうと、ずっと一緒なんて夢物語だと思う」
そう切り出した木蓮様は、前を見据えていました。
「“一人”を選びたかった。
俺にもそれだけ衰弱してた時期かあった。
死にたいとか消えたいとか、なんでもいいから“一人”になりたかった。誰の記憶にも残りたくなかったんだよ。
でも世界にひとりだけ、俺を死んでも忘れないって言うやつがいた。
それが栞だ。
ただ幼馴染だからってだけで俺を見放さなかった。
言い方を変えれば縛られていた。
あいつの、栞の“一人”っていうのは本当の孤独なんだよ。親や友達にまで見捨てられて、社会の法律までも含んだ森羅万象に見放されることとかだな。
あいつは“一人”を誰よりも恐れている。
だから俺を“一人”にさせてくれなかった」
「ですが今は…………」
咄嗟にうまく言葉が出せませんでした。
今の私には、抑水様と木蓮様はかなり距離があるように見えて、それをどう言葉にしていいのか分かりませんでした。
「そうだよ。見ての通り、最低限にしか関わってない。
一人にさせないだなんて、説得した割には酷い話だよな」
俯いて言葉をつまらせていると、木蓮様から自虐めいた言葉が吐かれます。初めて聞く声音に私は顔を上げ、木蓮様を見ます。
「それもまあ、俺のせいでもあるのかな」
白銀の瞳は遠くを見つめています。
「あいつは“一人”になりたくないから俺を“一人”にしなかったんだよ」
何か、重要なことのような気がしました。
ですがその言葉の意味はよく分かりませんでした。
私の表情を読み取ってか、木蓮様は苦笑を溢されます。
「難しいよな。
要はな、俺が勝手に幼馴染の境目を超えているような気がしたってだけだ。このまま二人してズルズルと依存して大人になれなかったらどうしようって、変わらないことが、不変が怖くなった。
だから俺は“一人”を選んだ」
ーーー。
「俺はあいつの“一人”を否定した。
それはもうこっぴどく。俺のエゴを押し付けたんだ。あいつはその縛りにすがってたせいか、傷ついた顔をした。
今でもずっと後悔をしている。
俺がもう守るべき存在ではないと理解してしまって、あいつ自身が如何に無意味な他干渉をしてしまったのかを身を持って知ったんだと思う。そこであいつは縛りを捨てた」
ーーー空が、見えた。
そこに羽をめいいっぱい広げて飛ぶ鳥が、見えた。
「俺にとっての“一人を”諦めさせて、その代償か枷かは分からないが、あいつはあいつにとっての“一人”を選んだ。そして今中途半端に在る。
その日以降が木蓮喰那と抑水栞の別離の日だ」
ーーーその鳥はまっすぐに飛んでいる。
「ずっと一緒を卒業して、一人を道を歩んでいて。
ずっと一緒を俺も心のどこかで、あいつもきっと望んでいて。
今じゃ遠い夢なんだと勝手に思ってる。」
ーーー横風に吹かれても、羽を不定期に羽ばたかせて。
「だから俺から言える答えは、ずっと一緒は不可能に近い、だ。俺や栞が衝突して別離したように、思うだけで終わりだなんて嫌だがあの頃を取り戻すのはそれこそ不可能だと思うよ。
俺は変化を望んで、
あいつは不変を望んでいて、
心の底の願いは同じでもずっと一緒、
ずっと同じなんて死ぬほど難しい。
消えるのが難しいようにな。だからずっと一緒は夢見るだけでいい。叶わなくても俺は少なくとも一人じゃないから。
これが俺の答えだ。
お前の求めるものとは程遠いかもしれない。そうだったらすまない」
鳥は果もない空に、自由に飛んでいた。
私はそれに目を細めながらも、逸らさなかった。
そうして前を向いて。
残り一周を全力で駆け抜けた。