木蓮喰那と抑水栞は幼馴染だ。(1)
「では、木蓮様と抑水様の関係を教えて下さい」
「では、と言われましても……」
グーに握った手をマイクのようにし、目前のマフラーをつけた女の子みたいな男の子に突き出します。口元は隠されていますが、声音や口より上の表情から困惑していることが見て取れます。
「別に面倒くさい彼女的な意味ではありませんよ。安心してください」
「そんな誤解すらしてないから安心して欲しい。それに君のその言葉を聞いて不安になった」
「君だなんて他人行儀ですね。ぜひリーレとお呼びください。私は喜びを全身全霊、行動でしましてみせましょう。木蓮様の犬でも猫にでもなりましょう」
「分かった。お前は何か知らんが色々怖い。答えてやるし呼んでやるから何もするな」
女の子みたいな男の子。
これは見た目も相反してますが、少し違ったりします。ポンパドールによりさらされた肌はそこらの女性よりも白く綺麗です。
それにまつ毛も長いです。
それでも肩幅はしっかりとしていて、男の子らしさはたしかにあります。
そんな男の子こそ、木蓮喰那様です。
そして状況整理をしましょう。
今から数十分前、昼休みに当たります。
お腹も空腹を告げるこの頃、私の昼食はお弁当です。探偵様が買ってきてくださった材料を使った、栄養バランスを考えた完璧なお手性弁当です。
窓際に位置する机なので心地の良い風が入りますし、景色も見られます。学園自体が大きいので、市街までは見えませんけど中庭に咲く桜がとても綺麗なんです。
①美麗な景色を眺め、腰巾着様の話を流し、結局席から動かず。
②それから腰巾着様が、先輩様に呼び出され取り込み中。
③すぐそば窓から木蓮様が登場いたしました。
我が一年教室は三階に位置するはずですけど、上から来ましたよね。屋上よりそのまま窓を伝って来れられたと予測しましょう。
「廊下が人で埋まってたからな」
との本人供述もありましたが驚きです。
登場の仕方にも、授業に復帰するタイミングも予想外でした。木蓮様は今朝、登校した姿はお見かけしましたが、それっきり見かけていませんでした。
「いつものように屋上で昼寝ですか?」
「まあ、そうだな」
猿のように身軽な動作で着地し、私の後ろの位置する木蓮様自身の席に座られました。肩と髪の毛が湿っています。
「午前中、通り雨がありませんでしたか?その際も屋上にいらっしゃったのですか?」
「雨が降るのはその、空気の流れで分かったし、通り雨だったし……普通にカッパ着て寝た」
「意地でも睡眠が取りたいですね。教室は……色々とうるさいから駄目なんでしたよね……………ならば、屋上の扉前の踊り場などは」
「あそこは空気が溜まりやすいんだ。息苦しいのは、どうも苦手だ。外のほうが落ち着くんだよ」
少々食い気味に木蓮様は答えられました。
教室になかなか来られないのもその空気云々の理由からなのでしょうかね。教室は色んな人や物の匂いが密集するところですしね。空気、つまりは風に敏感で繊細な木蓮様には大の苦手の場所に当たるのでしょう。
「ならば昼餉はまだですよね。お弁当を作りすぎてしまったので食べてくださいませんかね」
「いいのか?」
「はい。毒も惚れ薬も入っていません。隠し味は愛情ですのでご安心してお口になさってください」
渡した割り箸を割り、早速卵焼きを食べてくださる寸前での私の発言により木蓮様が動きをピタリと止められてしまいます。落下する卵焼きを両手でキャッチします。机に乗り出したうえ、素手で触るなどマナーがなってませんが、不可抗力です。
「木蓮様は子供ですか」
「お前が変なこと言うからだ」
「木蓮様の反応が面白いせいです。呪うならば己ですよ」
「理不尽だ」
頭を抱えながらも弁当を食べてくださりました。美味しいと言ってくださり、作った身としては冥利に尽きるというものですね。
見つめていると「あんま見んな。気が散る」と言われてしまったので食べ終わるまでは、椅子の向きを後ろにしたまま読書を嗜みました。
そして時を戻し、冒頭に。
「で、なんだ。俺と栞の関係だったか?」
お弁当二つはともに私の鞄の中に収められ、木蓮様は大きく椅子を引き、脚と腕を組んで話されます。
私は畏まってみまして、背筋を伸ばし、掌を重ねてふとももに置き、体を相手に向けた上で真剣に聞く姿勢です。
「別に、あいつとはただの幼馴染だ……そう言えば、似たような質問をされたよな。この前」
「はい。差支えなければその続きを聞きたいのです」
幼馴染で、ずっと離してくれなかった。
それを嫌だとは思わなかったと否定しました。
その続きを、知りたいのです。
木蓮様は言葉を慎重に選んでいるのか、普段のきっぱりとした物言いは別に恐れ恐れに口を開きました。
「幼馴染、今もそういう認識ではある」
再度、確認するように履いた言葉。私はそれを掘り下げげやすいように質問を入れます。
「ずっと一緒ではなかったのですか?」
「ずっと一緒なときも、一人を選んだときもあった。それでもずっと一緒なときもが体感では多い気がする」
「ずっと一緒は難しいですからね」
これは私自身にも言えること。
むしろ実体験ですから、痛いほど理解できます。
永遠を望むことは、如何なる試練よりも段違いに難しいのです。ただ、木蓮様の場合は少し違ったようです。
「ずっと一緒を望んでたわけじゃないけどな」
これは先の発言の一人を選んだ、に繋がりますね。
「だったら一人を選んだ、というのも木蓮様なりの考えがあったのですか?」
「お前も、あいつの性格はこの短期間でよく理解できたはずだ」
「天真爛漫、元気溌剌の割には人並み以上の気遣いができます。ただし可愛いものの前では狂気的なまでの執着を見せます。木蓮様の言うただの幼馴染に因めば、私から見れば抑水様はただの変態です」
「同列に扱ってほしくないんだが……」
木蓮様はなんといいますが、硬いのです。慎重に話しているのもありますけど、緊張、しています。
その緊張が伝わってなんとももどかしいです。
少しでもほぐしたい所存ですので、少々ジョークを加えましょう。
「小さな頃からあんな変態ぶりを見せてたんですか?他の可愛いものに対して」
「多分、小さい頃の俺が……まぁ童顔で気弱だったのもある。それが可愛いて思ったのか、幼馴染だからは知らないがよく構ってくれてた。だけどリーレ=シャルラタン、お前みたいに粘着するようなことはなかった。物に対しては多かったけどな」
「今の抑水様は昔より退化してしまったと言いたいのですね」
「そんなこと一言も言ってねぇよ。というか退化というよりは進化だろ」
「変態したのかもしれませんね。変態だけに」
「……」
おっと、ジョークも度が過ぎてしまいそうです。
そろそろ中断、ですね。
「話の腰を折ってしまいました。続きをどうぞ」
「……」
肩が震えていらっしゃいます。うつむいて口元を抑えてます。泣いている……わけでは無いようですしどうされたのでしょうか?
「どうかされましたか?」
「……ちょ、ちょ…とまって」
あ、なるほど。笑っていました。
妙なツボに入ってしまったようで、申し訳ないです。本当に話の腰を折ってしまいました。暫くして「すまん」と一言。
「いえ、私が謝るべきです」
結局昼休みの終わりまでツボってしまった木蓮様でした。
次の授業は都合よく男女合同での体育でしたので機会を伺いましょう。
『ごめんねリーレちゃん!全く話せなくてリーレちゃん成分が足りないよ!だからねお着替えしてー体育で会おう!それでそれでペアになって一緒に体操しよう!正々堂々べったり引っ付けるチャンス!!!』
変わらず嵐の来訪と一直線なまでの邪な感情を交えた好意は、この二者の空間にパズルのようにピッタリと当てはまります。不思議なものです。
因みに、当然素敵なお誘いは丁重にお断りさせて頂きました。