僕が恣意蝋梅に二つ名をつけるのなら『自愛』に限る。(1)
カフェ喫茶『極楽鳥』。
極楽鳥。
この言葉を意味するのはフクチョウと呼ばれる鳥です。
極楽鳥という和名は正式ではないですが、世に知れ渡っているので良いでしょう。
例えそれが誤認だとしても、一度そうだと確信づいたことは人間の脳は深く刻むのです。ネットで発信した情報がいとも容易く、拡散や炎上するように。
その後訂正したとしても広いこの世界では大半は誤解したままになるように。
そして閑話休題。
フクチョウはパプアニューギニアの国鳥として知られます。他にも種類は多くありますが、色彩豊かで飛翔する姿が美しいと知られることが多いです。黒茶を主体とした体に顔に赤や青や黄色を配色良く並べられた、翼は特に絶品だと言います。
この言い方ですと食の方と誤解されてしまいますね。
訂正して、絶賛だ、にします。
これが抑水様が行いました言い間違いの進化バージョンです。同レベルかもしれませんけど。
フクチョウの翼より下に華やか且つ靭やかに伸びる天使の羽のようにベールは飛翔の際に靡き、美しいとのことです。他にも多種多様な特徴を持っているため是非見聞してみたいものです。
主様に外面だけでも釣り合えるように、汚い私を虚飾する為のお手本として。
ここらでフクチョウの話題を止めておきましょう。
この話をしたことに大した意図はありません。雑談として受け流してくださればと思います。ともかく私が発言したかったのはカフェとしての『極楽鳥』の話です。
カフェ喫茶『極楽鳥』。
営業時間は朝の九時から夜の九時まで、正規雇用一名、非正規雇用三名から、客数は少ないがリピーターを確実に作ることに長けたメニューを、中高年や老年と対象としています。
正規雇用一名こそ『極楽鳥』の店主様です。
白髪とひげがよく似合うダンディーなお方です。程よい肉付きで顔の皺も畏怖させるようなものではなく、むしろ父親のような安心感を抱かせてくださります。
店主様は探偵様に救ってもらって、その恩を返すために無償で働いてるとのことらしいです。
今朝、仕込みの手伝いをしている世間話と相容れてさり気なく聞き出しました。
「只今帰りました」
扉を開けると笑顔で出迎えてくれました。
夕方と夜の境目七時前。この時間は客先が少ないので店主様は仕込みの確認をしていたようです。私の姿を視認するなり珈琲を作る準備をしていましたので、行為に甘えることにします。
「お疲れ様です」
「そちらこそ。おかえり、どうだったかい学園は?」
「楽しかったです。友達とたくさん話せましたし、勉学も案外知らないこともあるものでワクワクしました」
「世間は狭いけど世界は広いからネ」
それは私が外国から来たことを知ってからでしょうか、その言葉は不思議と胸に響きました。人間の視界で見られるものは、己により制御はできますから。
井の中の蛙大海を知らずということわざがある通り、知ろうとしないならば知らないままなわけです。
…………?
「どうしたんだイ、リーレさん」
「あ、いえ……ちょっと今日は色々と気になると言いますか、気にかかることがあったもので」
「そうかい。是非冷めないうちに飲んでネ」
「ではお言葉に甘えて」
鞄を椅子に立てかけ、店主様の前の席に座ります。カウンターテーブルのここでは、店主様の見事な珈琲作りを間近で見られて嗅覚視覚ともに楽しめます。
「この香りは……エスプレッソ、ですか?」
「ああ、そうだよ。お気に召せば幸いだネ」
芳潤です。甘美です。
一口口に来れば苦味と共に程よい酸味も感じます。後味良く口に残り、向こうでも好んで飲んでいました。
自分で入れたものもいいですけど、店主様の入れてくださったものはまた違った味わいで私の舌に馴染みつつありました。
「美味しいです」
「それは良かったヨ」
カップを受け皿に置くと、気前よく軽食を出してくださいました。たまごサンドウィッチです。
「今朝と今からのお礼だよ。先払いしておくさ、味わってくれヨ」
珈琲とサンドウィッチを適度に口にし、店主様と当たり障りの無い雑談や世間話を一時間ほどしました。その間にお客さんは来なかったので、話はよく進みました。
それ故に主様のことを何度か口にしてしまいました。
学園ではないので、きっと探偵様も許してくださいます。
「それではすぐに準備して戻ってきます」
「ゆっくりでいいからネ」
軽く会釈をし、奥の階段をあがります。二階の事務室ではなく、向かったのは四階の個人スペース兼私の部屋です。制服を脱ぎ、下着の着物の上からエプロンをつけます。そして鏡を見て髪の毛を整えます。
そして今朝のことを想起します。