黒い光の中に彼女は生きている。
衝撃的に衝動的に覚めた目。
一番に写したのは見慣れぬ天井。
探偵様に貸していただいた個人部屋の天井です。
見渡せば、宿屋のようにベットや机や椅子にタンス等と、部屋の端に探偵様の私物であろう書物や可笑しな玩具が仕舞われたダンボールの山が重ねられています。
主様の時はベットと机と椅子のみの簡易なものでたので、生活感を感じると同時に少しだけ手狭と感じました。何しろ窓が無く、白で統一された病室のような閉鎖空間でしたから。
部屋が白に統一されている分、唯一の色ともいえる机上の花瓶に入れられた極楽鳥花が今でも鮮明に覚えています。
思い起こしていると、違和感です。
頬に冷たいものが伝った跡があります。
そういえば夢を見ていましたね。
どんな夢かは忘れてしまいましたがきっと、悲しい夢だったのでしょう。この跡はそういう事です。ですが夢とは忘れるものですから、明晰夢でもない限りは夢は現実に勝てません。
だから悲しいだとか関係ありません。
思い出す必要も、きっとないでしょう。
それよりも初めにするべきルーティーンとして窓を開けます。レースの布からは、木もれ陽のように光が微かに漏れてしまっていましたので油断していました。
思っていた以上に眩しいです。
世界は、外は。
とっくに太陽は顔を出し、本調子ではない控えめな自己主張をしています。
………私にとって、朝ほど嫌な時間帯はありません。
一度は沈み譲っているのに、再度また現れる。王座と言える私の時間軸にのうのうと介入してくる、眩しすぎる光が少しだけ、嫌いです。
孤児だった頃は闇の中ばかりで過ごしていて、はじめの頃は陽の光を浴びるだけで脳への衝撃が大きく立ち眩んでしまっていました。
今でもその傾向はあります。
その分の得も勿論ありますか、失ったもののほうが多いのですから。
結果おーらいなんて、抑水様のように振り切れません。振り切れる、と言うよりは逃避ですかね。闇の中で生きていた代償と云うべき私の嫌悪すべき汚点は今も尚生き続けているように。
光と闇は表裏一体、絶対規則で伴うものです。
私の闇は表で、光は裏です。
私の闇は、表は。裏、つまりは光の増減は制御されます。闇が濃ければ、光を呑み込ますし。光が強ければ、闇は狭まり、薄くなります。
莫大かつ壮大な光に照らされて私は。
薄く消え、微かに残し新しく形成されていったんです。
その光。
私にとっては主様のことです。
なので、ここで話を戻しますと結論。
その光(=主様)以外、私にとっては全てどうでもいいもので。存在すら抹消してもいいと思えるほどの存在ということです。
主様は天使のような方、神々しく優しくその光で抱擁してくださる。
太陽は照らすしか能がないものです。
私の世界に無遠慮に侵入し、身勝手に照らすだけで何もしてはくれません。主様は照らすだけでなく救ってくださったのです。太陽のように有限なものではなく、無限に、無償に、照らしてくださるのです。
やはり主様は偉大ということです。
さてはて、通常運転の胸の内主様称賛会を終えましょう。
まずは探偵様へのモーニングコールです。
現在は依頼人の立場ですけど、元給餌係として住まわせて貰っている恩を少しでも返したいですからね。本日は学園登校前にやるべきこともある上、昨日の探偵様の情報取集の結果も聞きそびれてしまいましたし、朝食時にさり気なく聞いて知ることにしましょう。
確か最後の記憶では二階の探偵事務所のソファで疲労困憊といった様子で吸い込まれるように就寝しておられました。
食事を終えてすぐのことです。
『そういえば探偵様。先程台所を少々整理させていただいたのですが』
『自由に使ってくれ。その為に態々冷蔵庫のもの揃えたんだ。存分に僕に奉仕してくれたまえ』
『私が奉仕するのは主様だけです。探偵様へのものは報恩です。その点を履き違えませんようによろしくおねがいします』
『なんか君、あたりが強くなってないかい?まぁいい傾向にあることへの証拠だ。その無礼承知で飲み込んであげよう』
『……?その言葉はどうゆう意味ですか?』
『ナイショ、教えない』
『………………』
『それじゃあ僕は寝るよ。片付けよろしくー』
この時から、探偵様のいい加減さ、自堕落さがよく分かりました。
探偵と自称するに値する推理力……奔放さは探偵様が探偵である由縁なのでしょうかね。
『………でしたらあと数個ほど質問がありますのでそれだけ聞かせてください』
『なんだい?』
『先程台所の整理をしたといったのですが、カップ麺の蓋を丁寧に空なのに止めていましたけど』
『空?空ではなかったはずだ。まさか……捨てたのかい?』
この時探偵様は私を睨みました。
余程捨てられたくなかったのでしょう。
中身以外に価値のないもの、つまりはゴミを捨てないことは理解できませんでした。展開を知る身としても、結局その理由は全く理解できないものでしたけと。むしろドン引き、という心を抱きました。
『いえ。こういった行動への理解が及ばず許可を取ってから、と思いそのままにはしていますけど』
『それは良かった。捨てないでおくれよ』
『……?』
『何故、という顔だ。いいよ、答えてあげよう。僕から見て右側の一番上のカップ麺を取ってご覧。もしくはよく観察してご覧』
『…………………………動いて、ます?』
『正解だ。何が動いていると思う?』
『………わかりま、せん』
『ヒント、どの家庭にも一匹はいる黒の物体だ』
『……?主様とは縁のないものだと推測します』
『んー、あぁ!そうか、君は掃除とかちゃんとしてたね。うん。正解言おうか。Gちゃんだよ、Gちゃん』
この事故基事件も後日談というか、後付をすれば、私はゴキブリことGちゃんの存在を知りませんでした。
これでは語弊ですね。
知識として備えていましたが目視したことが無かったので信憑性に欠けていだけなのです。
『………………………(理解できない&状況が読み込めない)……!?』
『私探偵柄、掟を定めていてね。その一つに暴力を禁ずるってので、つい先日見つけたGちゃんを叩き殺せないわけだ』
『………(何を堂々と発言してるのですか、探偵様は)』
『故にこれはじわりじわりと飼い殺すしかないっと判断したんだ。だからああして閉じ込めて呼吸できなくなるまで息絶えるまで飼ってるわけだ。
他のカップ麺も同様の理由で封緘されているよ。一番の下のやつは一ヶ月前に閉じ込めたやつだっけかな?最近だと一つしかないから平和だと思っていたところだ』
『……手で捕まえたんですか?』
『ん?そんな汚いのとこの僕がする訳がないじゃないか!?僕のこの頭で導き出されたトラップで見事閉じ込めたのだよ』
『……それくらいなら飼い殺し以外の道をその知能で導いてほしかったです』
『探偵だからね、常に求められる最適解を選択しているつもりだよ僕は』
こうも堂々と言われたら、返す言葉すら見当たりませんでした。
昨日の会話全体で探偵様は主様より数億倍も厄介で面倒な方だと心の底から理解することができました。それに自己中&エゴイストと来ますのである意味一貫していて清々しいほどでしたね。