酔狂を演じる彼女との約束は絶対である。
探偵様の事務所はレンガの建物に埋もれてあります。
学園からそう遠くない位置に属し、徒歩で十分ほど。それでもだいぶ分かりにくい位置に建設されています。
なんと地図には記されていないのです。
詳細はというと、洋風味のあるレンガ造りの仕事寮と、その奥に繋がる形にある商店街との境目に作られているのです。隙間を埋めるようにこじんまりとあります。
一階に探偵様雇用のカフェ。
二階に探偵事務所。
全四階構造になっており、残り二階層は書斎と個人スペースになっています。
私はカフェの店主様に挨拶を軽くし、好意で貰ったコーヒー二人分をお盆に乗せて二階に向かいました。
「……?探偵様いらっしゃるのですかー?」
シックな黒木製の扉に手をかけました。
金で縁取られ柄まで細かに掘られて高級感があり初めは緊張したものです。主様は簡素でシンプルを好む人でしたから。
一声をかけて、ノックをしました。
呼び出し鐘も押しましたが反応無しでした。
窓にはカーテンも閉まっておらず照明もついていません。駄目元でドアノブを捻ります。
すると開きました。
扉を開き、すぐに照明のスイッチを押します。
「只今帰りました、探偵様………………………………探偵様?」
扉の正面には探偵様が愛着する作業スペースがあります。大抵はあそこに座っているはずです。
が、その座っている姿は見えませんでした。
変わりにというのか、探偵様は机に頭を押し付けて脱力していました。それはもう死体のようにピクリとも動きません。
「着替えた形跡もなし、食事を摂られた形跡もなし……」
私はとりあえず探偵様を起こさないよう、静かに給餌をすることにしました。
まずはカーテンを締め、周囲に散らばった書類を整理します。
次に夕飯の支度をします。
幸い、簡単な厨房も完備されているのでそこで行いました。諸々の待ち時間を使いながら何品かバランス良い献立を構成します。
その間に同時進行で洗濯を回します。
探偵様のご厄介なところは着脱したものを適当に投げるのではなく、完璧にシワなく畳むので区別がしにくいことです。
嫌がらせというつもりはないのでしょうけど、給餌係からすればたちが悪いです。
他にもカップ麺のゴミも何故か蓋まで完全に容器に貼り付けて、中身がなく完全に使用後にも関わらずパッケージは完璧という無駄な特技というべき、迷惑をしているわけです。
それなのに冷蔵庫にはきちんと賞味期限の切れていない新鮮な食物が完璧に揃っているというのが不思議でたまりませんでした。
文句や疑問は唱えつつ、どうにか一通りの作業を終えたところで探偵様を起こそうと作業スペースの方へ意識を向けました。
「…………起きてるならひと声かけてくださいませんか?」
「すまないね、手際の良さに感心していたところだ」
探偵様は頬杖をついた状態でモノクル越しに私を観察していました。
視線や気配には人一倍敏感だと自負しておりましたが、探偵様にはやはり叶いませんでした。探偵様は腰を上げ、夕飯の用意された机のあるソファへと座られます。
私はその背後に寄り添おうと思い動こうとすると、探偵様は静止ました。
「一緒に食事をとろう。話を色々と聞きたいからね」
「分かりました」
探偵様とともに席を移動、応接スペースのソファに向かい合う形に座りました。
この位置で話していると二日前のことを思い出します。
私が日本に来訪してすぐ向かったこの事務所で、いきなりで主様のことを教えて欲しいだなんて言われて。その後私の心境を見透かされたように、『何か依頼して欲しいことはあるかい?』と断言されて。
その後あっさり承諾。
一夜の眠りについた翌日に買い物に付き合わされて、そこで学園に通うことを命じられて………と、急展開が過ぎました。
「ところでリーレ。学園生活一日目はどうだい?任務は順調か?」
「はい、一応ですが……粘着ストーカーのような生徒と話されたり、不思議な力を使う生徒に攻撃されたりと波乱万丈でした」
「……そんな変人奇人と友達になるつもりかい?」
そんなドン引きの顔をされても困るのは私なんです。
そんな変人奇人がいる学園に通うように命令したのは探偵様ですけど……。
「別に変人奇人ではありません。言うなれば変態と中二病です」
「君の言いようも大概だと思うけどね。そんな君毒舌でツンツンしてたかい?」
「主様の人間性の完璧を除くその他大勢には信憑性を問わざるえない為、不可抗力です。私自身の本質を見せて友達を作る作戦にしました。個人技に探偵様視点では毒舌というやつになりますね」
「無垢ほど不完全な人はいないとは思うけど……まぁ、そりゃそうなるはずだ。毒舌に絡むやつはドMな変態だ」
変態、という的確な答。流石は探偵様です。
「その生徒二人の名前はなんと言うんだ?」
「抑水栞様と木蓮喰那様です」
私の話をつまらなさそうにしていた探偵様がその名を聞いた途端に瞳孔を開きました。ソファに全体重を預けていたのを起こし、脚と腕を組んだまです。
「……それは本当かい?」
「?事実です、けど………何か?」
「ふっ……ふはははは!はははははっ!」
初めてのことに驚愕と動揺を隠せません。正していた姿勢はよりいつもより、肩に力が入った状態に維持されます。探偵様はいつも私の話に興味がないようにつまらなさそうにします。
ですが今は大爆笑です。
探偵様は主様と違い豪快に笑うのですね。
「これは愉快だ!!そんな偶然毅然蒼然とした運命的刮目的気運的な奇遇偶然銘々なことがあるなんてね!」
「……??何と言いましたか?」
「いやはや、要は。こんな偶然で驚愕し興味深いことはないということだ!」
「初めからそう言ってくださると助かります」
テンション爆上がりする探偵様とは相まって、私の気分はやりづらさがだだ下がりでありました。ここまで探偵様が気分が良くなると私が対応しづらいので今後とも気をつけたいところではあります。
段々と笑い声も収まりながらも、探偵様は発言します。
「リーレ、任務の時にした約束を覚えているかい?」
「勿論ですけど……なにか問題でもありましたが?」
「再確認だ。復唱しなさい」
……?よく分かりませんが命令なので従いますけど。
一、辛辣や失礼な言葉はNG。相手を傷つけるから。
二、行動にも移さないこと。無垢の元給餌係として恥じない行動を。
三、喧嘩や暴力はしてはならない。
四、本気を出しすぎないこと。程々にしてあまり目立たないように。
五、学園内で問題は起こさないこと。
六、敬語は初めの使用はいいがなれてきたらタメ語で話すこと(友達に)
七、着脱行為は必ず一人で個室で行うこと。
八、学園でのルールには必ず従うこと。
九、『推晶綴』『探偵様』『ヌル』『主様』の名前は絶対に出してはならない。
十、楽しく過ごすこと
「……言いましたけど何か?」
「ーーーーーー約束、全部守れたかい?」
意識して厳守したつもりです。私が認識している限りでは絶対に。
無意識的に破ってしまっている可能性はありますが、その点を除けばきっと。だから私は唾を飲んで断言します。
「守れました。絶対に、この生命に賭けて」
「ならばいい。別に破っても構わないだけど」
そのくらいのほうが君は面白い、探偵様はそう言いました。
ならば何故約束だと名をつけたんですか……探偵様はよく分かりません。
「理解されないのが僕という存在なだけさ」
心まで読まれて余計に分からなくなりました。
けど確かに分かったことが一つ。
探偵様は念を押すように、強く確かに嗤いました。
「約束九は絶対に守るんだ。絶対に、絶対に」
探偵様には、私には、いえ。
探偵様には、誰にも知られたくない秘密を確かに抱いています。