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「結婚を認める。ほれ」


 形式ばったものはなく、国王はそう言ってロザカンド辺境伯に文書を手渡す。

 シージンは恭しく王から御璽入り婚姻誓約書を受け取った。持参した婚約証明書が功を奏したのか、それを一瞥しただけですんなり婚姻誓約書を受理してくれた。


 シージンはマヤに誓約書を広げて見せる。マヤが確認し、彼に微笑みかけると、シージンも嬉しそうに頷く。


「ロザカンド辺境伯夫妻として、これから国のため、陛下のために尽力する事を誓います」


 シージンが口上を述べると、「改まらんでいい。まさか王太子よりお主の方が先に結婚するとは思わんかったな」と陛下は砕けた調子だ。マヤの緊張も和らぐ。


「アルジョヴィ子爵家の次女か。アテルが縁付けたと自慢しておったが」

「そうですね。私もマヤ嬢でなければ結婚を考えませんでした」


「在位二十年記念とお主の門出記念に、新しいワイバーンを分けてもらえぬか」

 冗談ともつかない王の軽口に、「今領地にいるのはほんの子供ですから二年はかかるかと」と流した。


 国王相手に全く臆さないシージンに、マヤは感心するばかりである。


「これから行う飛竜武舞を楽しみにしておるぞ。新婚のロザカンド辺境伯」

 国王は笑顔でシージンに発破をかけた。




*****


 王国飛竜騎士団本部にシージンはアルトと乗り込む。


「ようこそ、ロザカンド閣下」

「ああ、今日はよろしく頼む」


 出迎えた飛竜騎士団長は、先代のアテルの勇姿を覚えている。数年前の辺境飛竜騎士団との合同演習で、若い部下を引き連れて参加したアテルは、高齢とは思えない覇気を纏っていた。孫に当たるシージンはアテルに比べると細身で、しかも若すぎる。この御前飛行という初めての大舞台を無事にこなせるのか心配だ。


「頑張るぞ、アルト」

 団長の不安を他所に、シージンは相棒を撫でて気合いを入れる。



 選抜騎士たちが最終調整をしようと整列をしている時、暴れて専任騎士の言う事を聞かない一匹がいた。まるでぐずっているように動かない。


「……眠いのか? これでは危険だな。マクス、おまえは外れてもらう」

「そんな! おい、ジュルドアネイラス! しっかり寝ただろ! 突然どうしたんだ!」

 マクスの相棒は足元がふらついて大欠伸をしている。今にも寝落ちしそうだ。


 その様子を見て「やっぱり“シュバルティアルト”でよかったんじゃ……」とシージンは非常に残念な言葉を吐き、アルトに反論の意で体当たりされた。


「しょうがない。補欠を入れる」

 マクスは仕方なく下がり、代わりに入る同僚に「頼んだぞ」と声を掛け、同僚は「ああ、任せとけ」と胸を叩いた。


 マクスの失意に反応したのか、いきなりジュルドアネイラスは代理の騎士に向かって攻撃しようとする。しかしすぐに目をとろんとさせて身体が傾く。マクスは慌てて相棒を飼育舎に連れ帰るべく手綱を引っ張った。


「管理不足か? あんな酩酊するみたいに眠たがって」

 呟くシージンにアルトがキュウキュウと何かを訴える。シージンは眉尻を下げた。


「ごめんな。何が言いたいのか分からない。あとでマヤに聞くから、これからの飛行に集中してくれ」

 他に気を取られていての演技では双方に危険が生じる。シージンに請われてアルトも大人しくなった。


 飛竜騎士団の編隊飛行は纏まっていて見事だった。六匹が優雅に飛び立つ。まずは普段の飛行訓練。あとは二手に分かれて宙返りをしたり、交差したり、最後は各々違う色の発煙筒を騎士が持ち、空に流れる色雲を作って飾った。

 補欠で入った騎士も見事に代役を演じ、編隊を率いていた団長も大きく安堵の息を吐いた。


 観客たちは大きな歓声を上げた。王宮広場で行われているそれをその場で見られない都民も、上空を眺めて楽しめた。

 マヤは辺境伯夫人であるので、前列に座って素晴らしい飛行技術を観戦していた。


 女性たちが叫ぶのは贔屓の騎士の名であろうか。エリート騎士の中で更に武舞に選ばれるのはまさしく花形である。貴族令嬢が狙うのも無理はないとマヤは思った。大歓声の中、王国飛竜騎士団選別隊は演技を終えた。


「ロザカンド辺境伯による演舞です」

 紹介されたシージンはアルトと国王席の前に立ち、「在位二十年おめでとうございます。辺境を護る当主と飛竜が武舞を捧げます」と堂々と礼をした。すっとアルトも首を下げる。王に礼を尽くすワイバーンに観客は沸いた。


「随分若いわね」

「当主が代替わりしたそうだ」

「初めての御前飛行、大丈夫か」

 心配の声も上がる。


 たった一人で大舞台に望む夫に、「どうか上手くいきますように」とマヤは観客席で祈った。


 シージンは美しさと連携を重視した王国飛竜騎士団とは、全く違う飛行を披露した。

 赤色の風船が次々と飛ばされるとアルトはそれを器用に避け、それらの風船をシージンが剣で割ると紙吹雪が舞う。あとで聞けば城下の子供たちは大喜びで、降ってきた色とりどりの紙の中の金色と銀色を競うように拾ったという。


 更にアルトは飛竜騎士団員たちも驚く高さに一気に飛ぶ。かなり上空で連続宙返りや腹を横にしたまま大きく旋回したりして騎手の負担が大きいけれど、見る限り辺境伯の身体はぶれない。それからアルトが降下すると、シージンは地上の射的板に弓を引いて、並んだ五枚を続け様に射抜いた。


 最後にゆったりとアルトが広場に降りると、割れんばかりの拍手が起こる。

 剣と弓を携えた実戦さながらの重装備で、国防領の力強さと技術を見せつけた。騎士団長はシージンの心配をしたのを恥じる。若い辺境伯はすでに魔獣退治や国境侵攻鎮圧の経験者だと思い知ったのだった。


「辺境伯様ー」

「手を振ってくださったわ!」

「きゃー! かっこいい!」

「まだ結婚されてないわよね!」

「赤い騎士服が素敵ー!」


 喧騒の中、マヤの耳には黄色い歓声の方がよく聞こえた。なんだかもやもやする。


(私の旦那様なのに!)


 この催しのためだけに作られた、王国飛竜騎士団の青い制服と色違いの、赤い騎士服姿もかっこよかった。

 ともあれ無事に大役を終えたシージンに会いに行く。


 ワイバーン飼育舎に居るというのでそちらに向かう。

「マヤ!」

 シージンが先に気がついて手を振った。彼は多くの騎士の中心にいた。彼がマヤに向かって大きく両手を広げる。気が急いて足早になったマヤは、迷わず彼の腕の中に飛び込んだ。

「とてもかっこよかったです!!」

 抱きしめられて興奮冷めやらぬうっとりとした表情で、マヤは夫を見上げた。

 

「可愛いな」

「恋人か、いいなあ」

「羨ましい」

 冷やかしの指笛も鳴らされマヤは我に返る。衆目真っ只中であった。

 赤面して慌てて離れると優美に笑い、「辺境伯の妻のマヤと申します。よろしくお願いします」と淑女の礼をした。


「アルジョヴィ子爵家の次女だ。俺の一目惚れで結婚した」

 シージンはマヤの素性を明かす。どうせあとで分かる。それなら先に自分の口から告げておこうと考えた。自分の一目惚れもあながち間違いではない。初対面の場で求婚したのだから。


「アルジョヴィ子爵家……」

「……全く社交場に出なかった、妹?」

 噂を知っている貴族たちだ。不細工だと聞いていたので戸惑う。実物は姉のサラーリエとは違うタイプの美少女だ。家族が手を焼いている“社交嫌いで癇癪持ち”にも見えない。家族が吹聴するのだから誰もその話を疑わなかった。


「マヤは前子爵の娘で現子爵の姪にあたる。子爵は兄夫婦の財産を継ぐためにマヤを養女にした」

 シージンは淡々と事実を述べた。聡い者は何となく事情が分かる。その程度でいい。


「皆様も飛竜さんたちもとても素敵でした」

 選抜隊を褒めるマヤに近づいたアルトが彼女に頭を擦り付ける。


『ねえねえ、マヤ! 聞いてよ! ジュルドアネイラスは、なんか刺されたんだって!!』


 先ほどからワイバーンたちが落ち着きがないなとは感じていた。でも急にアルトに話しかけられて驚く。


「どうしたの、アルトさん。え? ジュルド……なに?」


 察したシージンが「失礼」と、急いでアルトとマヤを人気のない場所まで誘導した。


「今日の先発の一人にマクスって騎士が予定されていたんだが、相棒のジュルドアネイラスの調子がおかしくて、急遽他の騎士が代役を務めたんだ。アルトは何か俺に伝えたがっていたんだけど分からなくて」

「まあ、そんな事が」


『あの代役のジャミルって人が待機中に何かで刺したんだって。しばらくしてからすっごく眠くなったって、すごく怒ってた』


 マヤはシージンに伝える。シージンにも思い当たる節があった。ジュルドアネイラスは代役の騎士に喰ってかかろうとした。あれは『お前が何かしたんだろう』と抗議していたのだ。


 ……このまま騎士団長に告げる事はできない。マヤが<伝達者>だと知られる。


「俺の一存じゃどうもな。お祖父様に相談するしかない。アルト、タウンハウスに帰ってくれ。俺たちもすぐ戻る」




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