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迎賓館での夜会なんてサラーリエも初めてだ。
婚約者もいない者同士、兄のランスのエスコートで会場入りした。
父と母は早速知人に会って足を止める。
「よう、ランス! サラーリエ嬢、今日もお美しい。ランス、お借りしても?」
兄の友人の男爵家の三男でサラーリエの信奉者の一人である。ちょっとした舞踏会なんかでは侍らせているけれど、今日は男爵家の、しかもたかが三男なんて邪魔なだけだ。
「ダメダメ、今日は俺たち、新たな出会いを求めているんだ。おまえもそうしろ」
ランスが素っ気なく追い返してくれて助かった。
(婚活もだけど、まずマヤだわ。来ているのかしら……)
「ロザカンド閣下、お久しぶりでございます」
父の声だ。ランスとサラーリエが振り返ると、長身で体格のいい金髪の高齢男性と話していた。
(あれがロザカンド辺境伯? 野蛮な風貌じゃないじゃない。隣にいるのが愛人かしら。四十歳くらいに見えるけど品があって綺麗な人ね。あれじゃあいくらマヤが若くたって連れて来ないはずだわ)
やっぱり義妹は冷遇されているのだ。思わず顔が緩んでしまう。
「まあ、リーズ様も。ご無沙汰しています。会えて嬉しいですわ」
(お母様が下手に出ているわ。愛人風情がそれほど身分が高いのかしら)
「娘は、元気でしょうか」
白々しくもアルジョヴィ子爵は心配そうな声色で問うた。辺境伯が連れていない時点で領地に置いてきたのが分かっているくせに。
「ええ、来ております。息子と一緒にいますわ。ほら、あちらに」
辺境伯でなく連れの女性が答える。
ん? なんとなく噛み合わない会話にサラーリエは小首を傾げた。愛人が右手で優雅に示した先には、美しい装いをした人目を引く令嬢がいた。
あれは……。
「マヤ!?」
信じられない。愕然として声が大きくなった。見違えるような美しい義妹の姿に兄も唖然としている。
(どういう事!? あんな高価な装飾品に最新のドレス……! 身分の高い金持ちの装いだわ!)
子爵家にいた時より、髪も艶があり肌もきめ細かくハリがある。よく手入れをされている証拠だ。それに夜会で夫を愛人に取られている悲壮感がない。サラーリエは言葉を失う。マヤは常に自分より格下ではないといけないのに!
「……お久しぶりです。アルジョヴィ子爵様、奥様、ご子息様、ご令嬢様」
マヤは他人行儀に挨拶した。
「マ、マヤ、……おまえ、本当に……」
戸惑う義父は、結婚したのか、と小さく続けた。
「嫁に出したくせに、おかしな質問ね」
マヤは堂々としている。義父はどういった状況なのか全く理解できないようだ。
「アルジョヴィ子爵家の皆様、この度は素敵なお嬢さんを花嫁として送ってくださり、有り難うございます」
マヤに付き添っていた金髪に緑の目の青年が一家に挨拶をする。子爵は「はあ……」と意味も考えずに返事をした。
恐ろしく軍服が似合っているその美丈夫に、サラーリエは目を奪われる。
(素敵……なんて凛々しいのかしら)
美しいだけでなく逞しい体躯で頼もしい。サラーリエの周りに居ないタイプだ。先程の愛人が息子と言った気がするけど、どこの家の子息だろう。
「初めまして。シージン・ロザカンドと申します。私がロザカンド辺境伯です。早速マヤ嬢と婚約させていただきました」
シージンは他意のなさそうないい笑顔で、一句一句丁寧に言い切った。
「辺境伯家の当主!?」
子爵とユリーナが素っ頓狂な声を上げた。
アテルが「私は最近隠居したんだよ」としれっと告げる。
「ご存知のように夫は亡くなっておりますので、息子が爵位を継いだのですわ」
目の笑っていない笑顔でリーズが説明した。
(……この人が辺境伯だって言った? この方は愛人じゃなくて辺境伯の母親!?)
ようやくサラーリエも自分の勘違いに気が付いたが混乱している。
「祖父が私の嫁取りに腐心していたそうで。辺境伯夫人に相応しいお嬢さんを選んでくれました」
シージンはマヤが愛しくて仕方がないと言った顔で、傍らの少女を見つめた。
自然な動作で肩を抱かれて頭にキスを落とされ、マヤは恥ずかしすぎて俯いてしまった。
(義父たちに対する意趣返しにしても、演技しすぎじゃないかしら!?)
シージンも柄ではない自分の行動に羞恥で叫びたくなる。やりすぎの自覚があるから、リーズが笑いを堪えているのが腹立たしい。揶揄う視線を感じても無視だ。
(溺愛を見せつけろと煽ったのは母さんだろうが!)
「結婚式を半年後に考えていますから、今は辺境伯夫人として勉強してもらっています。飲み込みも早いし、こんな優秀なお嫁さんが来てくれるなんて嬉しいわ」
「おっと。そろそろ友人たちに現当主と婚約者の紹介をしたい。ついてきてくれ」
アテルがシージンとマヤを連れていく。
「私もお友達にお嫁さんを紹介しなくちゃね。では、失礼します」
リーズも軽く会釈をして彼らに続いた。
辺境伯家をぽかんと見送った子爵一家で、最初に我に返ったのがサラーリエだった。
「お父様! どういう事!? 辺境伯があの若いイケメンですって!?」
「わ、私も知らなかった。は、話をした時は確かに辺境伯はアテル閣下だった!」
「……ふーん、でも間違っちゃいないよな。マヤは辺境伯に嫁ぐ」
面白くなさそうに呟くランスをサラーリエは睨みつける。
「お兄様がさっさと手籠にしていたら、あの子はろくな結婚できなかったのに!」
「おいおい、おまえ、本当にえげつないな」
ランスは妹の発言に引いた。ランスはマヤに対して年頃の異性としての関心はあったが、強姦はさすがに有り得ない。どうして妹が従妹をこんなに毛嫌いして憎んでいるのか、到底理解できなかった。