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「王様の在位二十年の式典には、伯爵夫妻以上しか参加できないなんてつまらないわ」


「そのあとの夜会には出られるじゃないか。俺は堅苦しい式典なんかお断りだな」


 不満を持つサラーリエに呆れたランスは、肩をすくめて談話室を出ていく。


(お兄様は何も解っていない!)

 サラーリエは兄の後ろ姿に悪態をついた。


(うちが参加できない式典にマヤは参加するのよ!)


 義妹が自分より偉い立場なのが許せないのだ。夫が野蛮な老人だと蔑むのは、彼女にとってはまた別問題である。


「お父様、侯爵以上の嫡男の方を早く紹介してくださらない」

 マヤを見下す立場になるには、結婚相手は辺境伯以上でなくてはならない。


「……うちは子爵家だぞ。高位貴族の跡取りに気安く話は持っていけん」


「まあ、サラーリエは聖魔術師だし、こんなに美しいのよ。会えば誰でも虜になるわ。ねえ、そうでしょう? 旦那様」


 子爵は返事をしない。サラーリエはたった一人の可愛い娘である。だが美貌と回復術の条件を以てしても侯爵以上からの縁談はない。次男以下でもだ。妻はその事実に気が付かないのだろうか。つまり高位貴族家から見て、嫁に迎えたい女ではないのだ。


「……そうだな。夜会で向こうから是非にと望まれるような行動をしなさい」

 

 若者中心の夜会で、娘は男に持て囃されているらしい。だが男に囲まれている令嬢では、良家の嫁として相応しくないと思われても仕方がない。娘には自分で頑張っていいところの嫡男を落としてほしい。


「そうね、そろそろ本気出すわ。マヤが辺境伯夫人として扱われるのは腹立たしいもの。その上を狙うわ」


「ロザカンド辺境伯は何人も愛人のいた艶福家だと聞いたわ。今は懇意にしている女性は一人よ。マヤは若すぎるしマナーもないから、式典には恋人を伴うかもね」


 ユリーナはすぐに得意の交友会で辺境伯の噂を仕入れてきていた。


「閣下が本当に若い嫁を望んでいたとは思わん。ただ若い娘は喜ばれるだろう? 愛人にしてもらって構わんが、愛娘を差し出す体で送った。断られてもマヤは帰る場所がないから召使いでも願い出るだろう。だからサラーリエ、対抗しなくてもマヤが辺境伯夫人になる可能性は低い」


「まあお父様! 最初からマヤが弄ばれるのを承知で送ったの!?」


「お手付きになって子でも孕めば、アルジョヴィ家はロザカンド家と結びつきができる。閣下の戯言に便乗して持参金も持たさなかった。女として要らなくても、同情して使用人として置いてくれるのではないかな」


 勝手に寄越して!と、もし怒れども閣下は人情家だ。少女を追い出す真似はしない。行き場を失って兄の忘れ形見が野垂れ死にでもすれば、さすがに後味が悪い。厄介な穀潰しの嫁入り先としては良心的だろう。姪の居場所を考えてやったのだと、子爵は自分を善人の部類だと思っている。


(老人の愛玩か使用人なんて! どちらにしてもいい気味ね! 回復術も使えて美しい私こそ、正当なアルジョヴィ家の血筋よ! これが正しいの!)


 サラーリエは幼少時からマヤが大嫌いだった。

 サラーリエに比べると平凡な容姿のくせに、子爵令嬢として皆に大事にされていた。可愛いドレスに綺麗なリボン。自分が身に着けた方が絶対似合うのに!

 それにサラーリエは簡単な回復術が使えていた。アルジョヴィ家の血だと両親とも喜んでいたけれど、父親が長男か次男かだけでこんなに生活が違うなんて、不公平だ! そんな妬みが燻っていた。

 平民のユリーナはマヤの母を嫌っていた。「元伯爵令嬢だか知らないけど私を平民だと馬鹿にしている!」と喚く母親の言葉を信じていた。実際のマヤの母は滅多に会わない義妹に、当たり障りなく接していただけである。


 マヤの両親が死亡した。女は爵位を継げないから父がアルジョヴィ子爵を継ぐ。

 マヤの父親は資産家だった。父はマヤを養子にしたが母娘は彼女を認めない。マヤはちょっと可愛いだけで、今まで大切にされていたのが間違っていたのだ。


 少しの回復術も使えないマヤは子爵家に相応しくない。サラーリエこそアルジョヴィ家の回復術を受け継ぐ正統な血統なのだ。

 美人だと褒められて着飾る事を覚え、サラーリエは社交界の華を自認していく。


(式典はともかく、夜会には老辺境伯が見せびらかすために、若いマヤを連れてくるかもしれない。楽しみだわ)




*****


 在位二十年式典は粛々と行われた。


 まさかこんな場所に自分がいるなんて、マヤは目眩がしそうだった。

 ちらちら視線は感じるけれど、さすがに誰も声はかけない。会場入りはぎりぎりで退出も真っ先だった。呼び止められないようにだ。

 

 形骸化している式典より、メインはバルコニーでの陛下の国民へのお言葉と、城下のパレードだ。

 そそくさと消えても文句は言われないとは、祝賀会や式典参加ベテランのアテルの談である。

 

「どうせこのあとの夜会で人目に晒される。さっさと帰ろう」


 慣れないマヤに気を遣っているのかと思ったけれど、シージンの社交嫌いのせいもあった。


 王都のタウンハウスで一息つく間もなく、マヤとリーズは夜会の支度に入る。


 式典後の夜会だから参加者も多い。隠居のアテルもリーズのエスコート役として出席する。


 シージンは当主になって初めての夜会である。ロザカンド軍元帥の黒の礼服を新調した。どの場面でも着られる優れ物である。当然式典参加もこれだった。マヤは落ち着いた紺色のドレスにしていた。


「マヤちゃん、シージンの黒の軍服姿が好きでしょ」

 リーズのこの一言で、シージンにマヤの好みがバレてしまった。

「そうなのか……」

 シージンがあからさまに照れて、その反応にマヤは頬を赤く染めた。


(だって本当にかっこいいんだもの!)

 心の中でだけ叫んでおいた。


 夜会では一気に女性が華やかになる。マヤは優しい色が似合うと言われ、柔らかな桃色のドレスを作ってもらった。

それに大人っぽさも加えるために下半身は茶金の生地を重ねている。自分のためのドレスにマヤは感激した。

 

 アクセサリーはエメラルドの首飾りとイヤリング一式である。髪飾りは薔薇を形どった金細工で、花芯部分に大粒の真珠があしらわれている。贈られたジュエリーの値段を恐る恐るシージンに尋ねると、にっこり笑って頭を撫でられた。

 

(さぞかしお高いんでしょうね。……怖い)


 初めての迎賓館。驚くほど広く、マヤたちが到着した時には既にかなりの人がいた。圧倒されて足がすくむ。


「王宮主催は大勢の貴族が参加するから、令息令嬢の重要な出会いの場なのよね」

 と、リーズに教えてもらった。


 不思議な気持ちである。まさか義兄と義姉より先に結婚するとは思わなかった。しかも彼らが思う相手と違う。

 叔父一家には気が付かれたくない。どんな事を言われるやら……。


 しかしマヤの願い空しく、名義上の家族である彼らに遭遇した。


「マヤ!?」


 声が大きい。

(いくら騒めいて煩い会場とは言え、はしたなくてよ、お義姉様)


 義姉たちの呆気にとられた顔なんて、初めて見るかもしれない。




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