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「俺の婚約者、マヤ・アルジョヴィ子爵令嬢だ。近々結婚する」


「早くロザカンド卿を支えられるよう努力します。よろしくお願いしますね」


 マオウラン騎士団長率いる飛竜騎士団の面々に、マヤは淑女の礼をした。


 領主が朝から飛竜騎士を集めて何の訓示をするのかと思いきや、まさかの婚約者紹介だ。団員たちの気が緩んだのは仕方ない。


「やりますな、領主になられた途端にご結婚とは!」

「なんとめでたい!」

「ううっ、良かった! お父上も喜んでおられるだろう」

「まさかあの女嫌いのシージン様が……ご結婚とは……」


 概ね歓迎ムードで、騎士たちは思い思いに喋っていたが、マヤは気になる声を拾った。


「閣下」


「……マヤ、名前呼びにすると決めただろう」


「いえ、あなたの部下たちの前ですから」


「夫婦になるんだ。他人行儀すぎるからやめてほしい」


 少し不機嫌な彼に「シージン様は」と言い改めたマヤは、そのまま「女嫌いなのですか?」と直球で聞いた。


「違う、苦手なだけだ! 近づいてくる女は辺境伯夫人の座が目当てなだけだからな!!」


 そんな女性ばかりではないだろう。これだけの美丈夫で、性格に難点も見当たらない。本気で好意を抱いている女性はたくさんいるはずだ。それを地位目当てと切り捨てられる女性たちが気の毒である。


「だからこそ、私が良かったんですね? あなたに媚びなかったから」


 なんせマヤはシージンの祖父の嫁のつもりだったから、彼に色目を使うわけがなかった。それでシージンが妥協に至ったのなら少々申し訳ない。今更この良縁を辞退するつもりはないが。


「いや、それだけじゃ……」

 ジージンが口籠もりながら何かを言いかけたが、それは団員たちの騒めきにかき消される。


「結婚式はいつですかー?」

「夫婦揃っての領地旋回、楽しみです!」

「商店街にご結婚祝いセールの準備を伝達しなければっ」


「えっえっ? 気が早くないですか? それに領地旋回って何ですか?」

 マヤは様々な声に圧倒される。


「ロザカンド家の男は結婚すると、花嫁を相棒に乗せて一緒に領地の上空を飛ぶんだ。俺の両親の結婚から二十五年経つから、結構盛り上がるだろうな」


 領民たちにとってロザカンド家の婚姻はお祭りでもあるのだ。


「まあ! アルトさんに乗れるんですか!? 楽しみだわ!!」


 求婚には困惑していたのに領地旋回にはすごく乗り気なマヤに、なんだかアルトに負けた気がしてシージンは少し悔しさを感じた。




「では行ってきます」

 薬の入った麻袋を背にしたシージンがひらりとアルトに飛び乗った。


「高さに怯えるなよ。王によろしくな」

「気をつけてね」

 前当主とリーズもやってきて彼を見送る。


 マヤはぼうっとシージンに見惚れていた。

 黒の軍服に着替えた彼は魅力倍増である。当主はロザカンド軍元帥であり、その正装らしい。初対面の飛竜の王に敬意を払うのだそうだ。


「行ってらっしゃいませ」

 慌ててマヤも声を掛けた。


 リーズが高度を上げるアルトを心配そうに見ている。その隣に立つアテルが、マヤに謝罪をしてきた。


「誤解で辺境に送り込まれてすまなかった。孫と結婚を決めてくれて有り難う」


「いえ、とんでもない! 私の方こそ彼に相応しくないので不安です」


「マヤちゃん、あんまり卑下しないで。足りないものは学べばいいの。お茶にしましょう。お義父様もご一緒にいかがですか?」


 リーズの誘いにアテルは快くお呼ばれする。

「疑問や不安は遠慮なく聞けばいいぞ」

 前当主は、自分に嫁入させられる予定だった不遇の娘に温かかった。


 クラブで酒を飲みながらの雑談を曲解して、男やもめの老人に騙し討ちのように十六歳の少女を送ってくるとは信じられない。アテルは、自分がそれを受け入れるような男と思われたのも腹立たしかった。


 アルジョヴィ子爵は中年になっても優男で、無骨なアテルとは正反対のタイプである。クラブで世間話をする程度なら問題ない男だった。こんな非常識な奴だとは思わなかった。

 シージンが受け取った手紙には“この婚姻を機に親戚として付き合いましょう”とも書かれていた。老人に娘を売った見返りを求めるなど面の皮が厚いなんてものじゃない。


 ロザカンドは銀山も有しているし、ワイバーンの育成と農業で豊かな領地だ。魔獣が棲息しているけれど、ロザカンド軍が討伐するので大した問題ではない。


 シージンには隣国の姫からも結婚の打診がきたほどで、ロザカンドは降嫁先として外国からも認められている。国内貴族や大商家からの釣書が途切れない優良物件なのだ。

 これはシージンの容姿によるところも大きい。母親に似た甘い顔立ちなのに、父親の雄々しさも受け継いでいて凛々しい美形である。


 二十一歳の貴族令息ともなれば婚約者がいてもおかしくない。しかしシージンは十四歳で王宮パーティに祖父と共に後継者として参加した以降、断れない見合いを何度もしており、いい加減うんざりしていた。

 

「母さん、辺境伯子息夫人って地位はそんなに魅力的だったのですか?」

 思春期にリーズに尋ねていた。取りようによっては母親に喧嘩を売っている。しかしシージンの見合い相手は、のちの辺境伯夫人の立ち位置が欲しい手合いばかりに彼には思えたようで、嫌悪するのも仕方なかった。


 シージンがマヤを選んだのは、彼女に身分に対する野心が無かったからかもな、とアテルは思った。当然他にも惹かれる部分があったのだろう。同情だけで結婚を決めるほど孫はお人好しじゃない。


(ワイバーンに慣れるのに時間がかかるかと思ったが、その心配もないな)


 マヤは出立するアルトを優しく見つめ、そこいらを闊歩したり低空飛行する飛竜にも怯えない。実に好ましい。

 シージンはまだ誰にもマヤが<伝達者>だとは言っていないので、アテルはそれを知らないが、マヤには十分辺境伯夫人としての資質があると認めた。




「すごいな!! こんなに高いんだな!!」


 よく地上から見られるルーリク山の雲海。シージンがその上に行くのは当然だが初めてだった。

 シージンが思わずアルトに声をかけると彼はキュウと鳴いた。アルトも相棒を乗せて来た事がないので、慎重にゆっくり飛んだ。


 そうして、今代の飛竜王の住処の洞窟にアルトは飛び込む。


「初めまして。新しくロザカンド家当主となったシージンです。今後も末長くよろしくお願いします」


 若いアルトより一回り以上大きい王に挨拶をする。鷹揚に頷いた王は頭を後ろに向けた。そこには老いた個体が横たわっていた。

 飼育しているワイバーンの治療もするシージンは慣れた手つきで、練った薬草を変色した部位に塗ってやる。

 改良を重ねて薬の効能が向上しているのと、軽度の状態で呼ばれるためすぐに治る。

 キュオオオオオオオン!

 王の低い咆哮も、礼を言っているとシージンには分かった。




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