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「お祖父様は大事には至らなかったのですね?」

「ああ、でも本人はショックでね、とてもボスの巣穴まで行けないと感じたらしい」

「え!? 山に行くのですか!?」

「当主がひとりで相棒のワイバーンと行く事が、ロザカンド家と昔のワイバーンの王との契約で決まっている」


(……という事は、どちらも代々その契約を受け継いでいるんだ)


 マヤは不思議だった。人間は彼らの背に乗って空を移動できる利点があるけれど、飛竜の利はなんだったんだろう。


 疑問を口にすると「ああ、先祖が飛竜の病気を治したから、見返りに力を貸してくれている」とシージンがあっさりと答えた。

「彼らはその恩義を次世代以降も返しているのですか?」

 なんと義理堅い。


「いや、そうじゃなくて。先祖が治したのは飛竜がよくかかる皮膚病で、最悪、腐り落ちる事もあるんだそうだ。効く薬草を先祖が見つけたのが始まりで、その薬草を届ける見返りなんだよ」


 魔獣が出没し、飛竜の住まう山として恐れられる、有名なルーリクの山頂を目指した若い男がいた。未踏の地の制覇を狙った冒険者が、のちにロザカンドの初代当主となった青年である。


 彼は立ちはだかる絶壁に絶句するも、横穴をいくつも見つけ洞窟探索に目標を変えて、一番低い穴に到達した。そしてその穴で皮膚病に苦しむ大きな飛竜を発見する。青年に害意がないのを察した竜はじっとしていた。青年は自分が怪我した時の化膿止め用にと、山の中腹で採取していたカルガール草をよく揉んで、試しに飛竜に塗ってみた。すると一日で改善した。


 薬草を使い切った青年は山の中腹まで降りてまた持てるだけの薬草を背負って竜のところに戻る。五日間を共にした青年を乗せて、快癒したワイバーンは平地に降り立った。治療した個体はルーリク山の飛竜の王で、青年に感謝して懐いたのだった。


「飛竜を制した者として、どこの国にも属していないこの悪魔の山周辺を治めてくれるよう、麓の住民たちに懇願された流浪の青年が、この地に根を下ろしたんだ。でも軍隊なんてなかったからすぐスプロス王国に飲み込まれた。ロザカンド領では誰もが知っている伝承さ」


「つまり、病気のワイバーンを治療すると初代が約束して、人に興味のある個体が里に降りて来るんですね」


「本当は飛竜王自身が初代と暮らしたかったらしい。でもワイバーンを統べるものとしてそれはできない。最初にその夢を汲んだ若い数匹が地に降りて、当主と暮らした……と、うちの歴史書にはある」


「素敵な話ですね」


「本家に伝わる内容なんか、いいようにしか書かないから真実は分からないよ」


「実際今まで続いている関係なのですから、あからさまに改竄されている事はないでしょう」


「そう信じたいけどね。まあ、そんなわけでロザカンドにのみワイバーンは従順だ。だから俺たちがワイバーンと国の相談に応じて調整し、ワイバーンを王国飛竜騎士団に預ける。飛竜に関する限り、ロザカンド辺境伯と国王が直接交渉する契約だ」


 シージンは「……で、必ず相棒の飛竜で王のところに行くのは当主ひとりだ。今、病気の個体がいるらしい。だから薬草を明日届けに行く」と事情を続けた。


「お忙しい時に厄介事を持ち込んですみません」


「君が来るまでは面倒事だと思った。でも結果、辺境に馴染みそうな女性が嫁に来てくれるって言うんだ。子爵家の()()をありがたく受け取るよ」


「根性だけはあるので頑張りますね」


「教育も受けてないんだろう? 教師を手配するからゆっくり学んでくれ」


 本から得た知識だけでは不安なので、マヤにはすごくありがたい話だ。嫁ぐ時には身に付けていなければならないものを、辺境伯家に背負わすのが恐縮だった。


「母はマナーを教えるって名目で君と過ごすのを楽しみにしているくらいだ。辛いようなら俺に言ってほしい」


「嫁と姑は確執があるのが普通だそうだからな」と、シージンは気遣いする。

 シージンの母親は気さくで優しいと思う。マヤはあまり心配していない。義母ユーリナや義姉サラーリエで、嫌がらせには免疫がある。覚えが悪くて叱られるくらいなら全然平気だ。



 翌朝、マヤはシージンに誘われて彼と食事を共にする。

 着る服に困った。悩んだ末に一番落ち着いたドレスを選ぶ。マヤの服は全て義姉のお下がりで、背丈は変わらないものの豊満な身体のサラーリエの物は、マヤには大きすぎる。ドレスの華美なリボンや造花は取り外して、普段用に適した物に自分で手直ししていた。


 やはり古臭くて縫製も不細工だったのか、着付けの手伝いをするジョアンナが途中で手を止め「旦那様が明日、仕立て屋を呼ばれるそうです。楽しみですね」と気遣った。


 食事マナーは最低限教わったのでそこまで不安にはならなかった。親戚に晩餐に呼ばれる事もあったからだ。


「これからワイバーンの飼育施設を見てみるかい?」

「ぜひ!!」

 食い気味に答えてシージンにびっくりされた。


(いけない。淑女を意識しなければ)


 飛竜の飼育場所は広大な牧地だった。空を飛んだり枯草の上で休んでいたり、そこらを歩き回っていたりと、ワイバーンは思い思いに過ごしていた。

 木造の飛竜舎も大きい。規模だけならロザカンド辺境伯家本邸くらいの物が三棟ある。


「アルト!!」


 手前の木舎に入ったシージンが叫ぶと、一匹のワイバーンがわずかに羽を広げ、とてとてと歩いて来た。


(か、かわいいー)


 図体に似合わないちょこまかとした動作にマヤは内心身悶える。


「相棒のアルトだ。アルト、こちらは俺の婚約者だ」

 まるで人間に紹介するみたいだ。対等な関係だからなのだろう。アルトはすっと首を下げた。

「え?」

「頭を撫でろと言っているが、……平気か?」

「もちろんです! 初めまして。マヤと申します。よろしくね、アルトさん」


 躊躇なくワイバーンに触れるマヤにシージンは、「初めてだと大きさにビビる男も多いのにな」と感心した。


『コンヤクシャってなんだろう』

 疑問を持ったアルトの声が聞こえる。


「えーっと、結婚する相手です」


『結婚相手……ああ、ツガイの事かあ』


「ワイバーンさんたちは結婚相手を、ツガイ? と言うのですか?」


「待て、マヤ! アルトと話しているのか!?」


 マヤはキョトンとして、「あ、そう言えばそうですね。頭の中に聞こえてくるんですね」と応じた。


「シージン様もお話ができるのでしょう?」

「言っている事がなんとなく通じる程度だぞ!?」

「そうなのですか?」


 飛竜は翼獣の覇者と呼ばれ知能が高い。だから話もできるんだなと、マヤはこの不思議な状況も納得していたのだけれど、普通じゃないらしい。


「……悪いが君が会話をしている証拠として、君の知らないエピソードを聞いてみてくれないか」


「はい、ではアルトさん、シージン様の相棒になった時の事を教えてください」


『シージンが五歳頃かな。フリーの飛竜に会うため父親に連れられてやって来たんだ。僕が一番ちっちゃかったから安心したのか走って来たと思えば、いきなり抱き締めて「お父様! 僕はこの飛竜に決めました!」って宣言したんだ。僕は「なんだこのガキ」と思って無視したよ。父親が飛竜が認めなかったなと言えば拗ねてね。僕の好物の瓜を抱えられるだけ持ってきて「僕の相棒になりなよ!」と迫ったんだ』


「まあ、シージン様、お可愛らしい」

 キュウキュウ鳴いているアルトに頷いて、マヤはくすくすと笑う。

「どんな話をしているんだ……?」

 シージンは思わず呻いた。


『なんか憎めなくてね。瓜に釣られたわけじゃないからね!』


 マヤが笑いながらシージンに伝えると、彼は遠い目をした。


「ああ、そんなんだったな……」

「あと名付けで揉めて、シージン様は“シュバルティアルト”としたかったけど、長すぎて却下されたとか」

「アルトめ、そんなのまで覚えているのか」

「“シュバルティアルト”って冒険小説の主人公の名前ですよね」

「そうなんだよ! かっこいいのに父上が呼びにくいって、妥協で“アルト”になった」


 たまに精霊や高位魔獣と話ができる者がいる。<伝達者>と呼ばれる人種だ。

 惹かれた女性にこんな稀有な才能があるなんて、ワイバーンを統括する辺境伯の夫人として、誰の文句も出まい。シージンはひっそりと口角を上げた。


 ロザカンド初代当主は、治療した飛竜の王と心を通わせていた記録が残っている。もしかしたら彼もマヤと同じように、会話ができたのではないだろうか。そうならば異種間の盟約じみた交流経緯も納得する。

 

(後世で始祖が神格化してしまうのを防ごうと、敢えてその記述を避けたのかもしれないな)





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