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 マヤの歓迎会だと晩餐に招かれたシージンの母が本邸を訪れた。


「可愛らしくてしっかりしているお嬢さんが婚約者になってくれて嬉しいわ」


 シージンの思った通りに、マヤに好感触なリーズはにこにこと機嫌がいい。

 褒められた事のないマヤは淑女としての正しい対応が分からず、愛想笑いをするしかなかった。


 リーズはシージンに視線を移すと「今後は婚約者がいるときっぱり縁談を断れるわね」と言った。見合い話が途切れないシージンは「ぜひお願いします」とリーズに頼む。

 シージンの母の顔は広い。社交嫌いの自分の代理も担ってくれて助かっている。


「でも辺境伯となった途端にあなたが婚約したと、この辺じゃすぐ噂にはなるわよ」


 リーズは社交シーズンは王都に住み、茶会だの夜会だのよく招待したり、されたりしている。夫が亡くなった時、息子のシージンが未成年だったので、彼の今後のために交友を広げた側面もある。今の本住居はロザカンド領本邸の隣だが、無骨な感じの本邸と比べ曲線の多い華やかな建物で、よくサロンを開いている。


 めんどくさがって公の場に出たがらない息子を、呼びつけられるし便利だ。貴族の付き合いより、軍人の立場に重きを置いているシージンは父親にそっくりである。


「あなたが当主が代わった辺境伯と結婚すると知れば、ご家族はどんな反応をするか楽しみねえ」


 リーズは美しい顔に意味深な笑みを浮かべる。

 リーズはアルジョヴィ家と派閥が違うから親しくはない。当たり障りなく挨拶を交わす程度だ。

 

 子爵家は容姿は美しい一族だが見栄っ張りでそこまで教養も感じない。彼らがひた隠していた“わがままで癇癪持ちな器量の悪い娘”が、二十一歳の辺境伯の嫁になる事をどう思うだろう。


 マヤは苦笑する。

「間違いだったから、婚約解消して帰ってこいと言ってきそうです」


「そんな真似はさせない」

 シージンは、きっぱりと言い切った。


「シージン、あなたが結婚に乗り気で何よりだわ。マヤちゃん、中央貴族と違って、この辺境では女主人も魔獣や国境防衛について勉強しなくてはならないの。シージンの不在時には領主代理として辺境軍の最終決断をする事もあるのよ」


 無能な女主人はいらない。そしてマヤならその立場に耐えうると期待の目を向けている。そんなリーズにマヤは頭を下げた。


「物知らずな私ですが、読書や学ぶ事は好きですので、ぜひご教授をお願いします」


 リーズはシージンに、「ご実家の判断と前辺境伯のおかげね。とんだ儲けものだわ」と満足気に笑った。


 美しいだけの姉の方が息子の相手としてやってきても、こちらから願い下げだ。あれは辺境には向かない。持ち上げてくれる男たちを侍らせて悦に入ってる、薄っぺらい贅沢好きの女だ。


「結婚式の準備、楽しみだわ。娘とドレス選びをするのが夢だったのよねー」

「子爵令嬢、これからよろしく。慣れないと思うが、気負わず過ごしてほしい」

「こちらこそ、閣下と良い関係を築きたいと思っております」


「あなたたち、もう婚約者なんだからその呼び方は変じゃなくって?」

 リーズの呆れはもっともだ。


 チラリとマヤはシージンを恥ずかしそうに見上げる。

「……シージン様……」

 小さく名前を呼ばれむず痒さを感じたシージンは、「マヤ……と呼ばせてもらう」と赤面しながら応じた。


「やだー、久しぶりに可愛げのある息子を見たわ! 初々しいわねー」

 リーズはご満悦だった。




*****


「夜分にちょっと話をいいかな……」


 シージンがワインを持って、就寝前にマヤのいる客室にやって来た。快く招く。シージンはドアを少し開けたままで入ってきた。


「シージン様は紳士ですね。ランスなんかノックもせずに入って来て、すぐにドアを閉めますよ」

「ランス?」

「義理の兄です。鍵はついてない部屋でしたし、何度言っても直さないから諦めましたけど」


 シージンは眉を顰める。

「いや、おかしいよ。義兄だからこそ余計節度を持つべきじゃないかな」


「叔父一家はみんなそんな感じでしたよ。私は下級使用人と同じような、ぞんざいな扱いでした」


「……従兄に嫌な思いはさせられなかったかい?」


 引き取った娘にその家の息子が邪な気持ちを持つ話はよく聞く。シージンは義兄に悪戯をされていないか心配になって、遠回しに聞いてみた。

 

「最近目つきが気持ち悪くて早く家を出たかったので、この結婚は離れるいい機会でもありましたね」


(引き取った娘あるあるなのかな!?)


「そ、そうか……実害がなくて、君が傷つかなかったならいいんだ」

 

 気を取り直すように、シージンは咳払いをした。


「俺の今の状況を説明しようと思う」

「はい」

 マヤは居住まいを正す。


「祖父が当主だったわけだが、ついこの間、孫の俺が継承した。父は俺が十三歳の時に病死しているからね」

「お祖父様は何が原因で隠居されたのですか?」


「それについて、この辺境においての特殊な事情があるんだ」

 シージンは話を始める。



 __ロザカンド辺境伯領。


 スプロス王国の最西に位置する。ルーリク山を中心に山々が連なる。裾野に広がる森は深い。それらを水源とする湧き水や地下水の利権を持ち、古くから灌漑工事にも力を入れてきた。おかげでまず水不足になる事はなく農業が盛んで『スプロスの食糧庫』なんて呼ばれている。


「ルーリク山は特殊な地形なんだ。中腹から裾野にかけてはなだらかなんだけど、そこから上はほぼ垂直で普通に登れない」


 マヤは家の図書庫で読んだ事のある頂上が平らな絶壁の山を思い浮かべた。

「頂上の近くにいくつもの横穴洞窟があって、それらはワイバーンの巣なんだ」

 どうもマヤの想像とは違っているみたいだ……。


「スプロス飛竜騎士団ってあるだろう?」

「名前だけは知っています。ワイバーンを乗りこなす空の騎士たちは、少数精鋭部隊だとかで、女性たちに大人気だそうで」


 もちろん義姉情報である。貴族で構成されているので、サラーリエなら団員について詳しいだろう。


「新入りのワイバーンを連れていけば、騎士の中で飛竜騎士になりたい者が、彼らと顔合わせする。そしてワイバーンに気に入られると相棒になり、晴れて入団だ」


「どうやって飛竜が人間を認めるのですか?」

「多分、相性と気質。あまりにも臆病者や乱暴者は、ワイバーンが嫌う。大抵のワイバーンはその顔合わせで相棒を決める」


「主人じゃないんですか?」

「そこを勘違いした奴らはワイバーンに攻撃されるぞ。あくまで協力者。ワイバーン的には非力な人間に力を貸してやっている認識じゃないかな。魔獣退治にも積極的だ。賢い連中で、慣れたら意思疎通もできる」

「まあ、会ってみたいですわ」


「会えるよ」

 シージンは悪戯っぽく笑った。


「なんせ、王国飛竜騎士団のワイバーンは、全てこのロザカンド出身だからな。ここで育てた飛竜を王都に連れて行く」

「ルーリク山にしか生息していないのですね?」


「近隣諸国には適性地がないようで、近辺ではスプロスの固有種扱いだ。世界中にいるのに」

 海の向こうの大陸では気候が合うらしく、全域に生息している。


「ロザカンド軍では、貴族も平民もワイバーンに選ばれたら騎手になれる。実際ロザカンド飛竜騎士団には平民出も多いし、過去には女性もいたぞ」


「とても素敵ですね!」


「それでロザカンド当主の仕事があって、年に何度かワイバーンの王に呼ばれて彼に会うんだ」


「どうやって呼ばれるのですか?」


「ワイバーンは音波で会話するようだ。山からの声を聞いて俺の相棒が伝えに来た。なんとなく分かると祖父さんが言っていたが本当にそうだった」


「不思議ですねえ」


「本当にな。その時里に降りたい個体がいれば、当主が預かり連れ帰るんだ。

 いつでもワイバーンの意思が優先だ。相棒を解消して野良になって山に帰るものもいる。でもほとんどのワイバーンは騎手が引退するまで付き合う。騎手の引退後や不幸にも相棒を亡くした場合、次の人間を選ぶ個体も多い。飛竜の方が寿命が長いからな」


「人間を好きでいてくれるんですね」


「いい関係が続くのを願うばかりさ」


「ロザカンド家当主が代わったのは、お祖父様が飛竜の王に会いに行けなくなったからですか?」


「そうなんだ。少し前、祖父さんは飛竜に乗る時に落下してしまい、引退を決意したんだ。俺が当主になって今回、いきなりの飛竜王のご招待だ」




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