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後日談②

「お父様、私が殿方にいただいた宝石まで売るとはどういう事ですの!?」


 おまえの宝石も出せと言われたサラーリエは、父親に喰ってかかる。

 

 彼女の年子の兄は苦い顔をして「マヤの個人資産にまで手を出して、マヤの代理で夫の辺境伯が返済を求めてるからだろうが。それを払える金がウチにはないんだからしょうがないだろ」と肩を竦めた。


「すまん……。マヤを嫁に出す時に、半分でも渡しておけばよかったのだが。そうすれば辺境伯も疑問視せずに追及しなかったかもしれない」

 すっかり頭から抜け落ちていた、と謝る父親にもランスは呆れた目を向ける。


「アルジョヴィ子爵家は、代々の財産もあって普通に豊かだったはず。それ以上の散財をおまえたちがしたから金が無くなったんだ」


「お兄様だって飲み歩いて、カジノで遊んでるじゃない!」


「おまえのドレスや装飾品代の十分の一も使ってない」


 反論されたサラーリエは唇を噛んで兄を睨む。


「おふくろもだ。見栄ばかり張って」


 息子の非難の矛先が自分に向いたので、ユリーナは慌てる。


「マヤを養女にしたら得だって旦那様が言ったから! 財産が増えると聞いていたのよ!」


 ユリーナには資産が増える意味は分からなかった。でも更に裕福になるならと、不本意ながらマヤを養女にしたのだ。


「養子の個人財産は成人したら本人のものとなる。マヤみたいに結婚しても籍が抜けるから同様だ。掛かった養育費分は引かれるけど」


 そうしてランスは再度父を見る。


「どうして辺境伯のところに押しかけたんだよ! 親父が嫁と娘の言いなりになったから事態がややこしくなったんだぜ!?」


「なぜ?」


 サラーリエは首を傾げる。ランスは妹の愛らしいと評判のその仕草に苛つく。今のは計算ではない。素であるから余計に腹立たしかった。


「なぜだって!? ほら、サラーリエは馬鹿なんだ! これが親が甘やかした結果だ! 花嫁の交換なんてふざけた事考えるから! 辺境伯の怒りを買って、マヤの養育放棄の慰謝料まで請求されてんだよ!」


「ひどいわ、お兄様」


「どこがだ! 親父、とっととサラーリエを嫁に出せ。もう相手は高位貴族なんて夢見るんじゃねえぞ!」


「ランス! 言い方がきついわ」


「おふくろもだ! 贅沢三昧な日々がこれからも送れると思うなよ!」


「……私の見通しが甘かったんだ。あまり二人を責めるな」


「その通りだ! 俺はマヤに個人資産があるとも知らなかった! 何も考えずによく嫁に出したな!?」


「とにかく、売れるものは全て売って金を作るしかない」


「親父は俺が跡を継ぐまでには子爵家を立て直しておけ」


「お兄様も、もう遊び回れませんよ?」


 責められてばかりのサラーリエはランスに釘を刺す。使った金額の違いはあるかもしれないが、働かずに遊んでいたのは兄も同様だ。

 

「当然だ! 俺は働き口も決まった」


「何だと? おまえ、どこで働くんだ?」


「友人のベンジャミンとこの実家のイマランカ家の商会だよ」


「まあ! 男爵家でしょう? 主に庶民向けの美容品を扱っている商売人よ。そんな所で働くと言うの? アルジョヴィ子爵家の跡取りが! 格下の男爵家に雇ってもらうなんて! おまえには自尊心が無いの!?」


「黙れよ、おふくろも元は平民だろうが。庶民を対象に売る商売の何が悪い。あんたらが使ってる、貴族の間で好まれてるカサブランカ化粧品シリーズは、あそこの貴族向けブランドだ。サラーリエ、おまえあいつを男爵家の三男だと袖にしてたけど、あいつん家は金持ちなんだぜ」


 ふん、とランスは鼻を鳴らして妹を見下げた。

 愚妹は「伯爵家以上じゃないと結婚しない」なんて昔から周囲に言っていたし、マヤが辺境伯夫人となってからは「侯爵家以上の跡取りじゃないと嫌」なんて本気で考えている。


 本当に馬鹿だ。本気で狙うなら社交界デビューしたての無垢な時期に売り込むべきだった。当時なら可憐な容姿は十分武器になった。だが身持ちの悪さが露呈している娘を、今更高位貴族が欲するわけがない。


「俺が雇われたのはこの容姿のおかげだ。店内で紳士ぶるだけでいいんだとよ」


(てい)のいい客引きね」

 ユリーナは不服そうだ。息子が平民相手に媚を売るなんて。


「しょうがないだろ。俺は特に計算が早いわけでもないし、営業なんかさっぱり分からないし、何も出来ない」


 それでも商売のノウハウを覚えられる、よい選択ではないかと子爵は思った。


「そうだな。勉強して何が出来るか考えたらいい」


「偉そうに言うなよ親父。俺は面倒事が大嫌いだ。これ以上辺境伯に睨まれるな!」


 意外にもランスは状況判断が早かった。

 アルジョヴィ家はだらしない一族で、見目が良いだけと陰口を叩かれていると知っていた。あくせく働きたくないのは事実である。


 自分は肉体労働など出来ないので、友人の家の商会の客寄せなら楽だと考えた。更に、多額の持参金付きで嫁いでくれそうな富豪の娘を見繕いたいなんて不純な思惑もある。


「とにかくこれ以上いざこざを起こすな。ワイバーンを有するロザカンドは王家でさえ一目置く存在だ。その気になればアルジョヴィ子爵家なんて潰される!」


 不服そうなサラーリエとユリーナを見て、ランスはもう呆れるしかない。自分の懸念の言葉も響かない二人にがっかりである。


「女の社交ってどんな話をするんだよ。王立飛竜騎士団のワイバーンは厳密に言えば、ロザカンドからの借り物だ。ワイバーンが真に従うのはロザカンド辺境伯だってのは、貴族ならみんな知ってるんじゃないのか?」


「そ、そんなにすごい家だったの。ロザカンド辺境伯家って……」


「本当に無知だな。王立飛竜騎士団員にも色目使ってたくせに」


 ランスは別に家族が嫌いではない。しかし母と妹はわがままで、二人を御せない父はボンクラと思っている。今までは自分が自由に遊べるなら問題ないと考えていたが、割と冗談抜きのお家断絶の危機だ。


 せっかく貴族の椅子が回ってきたのだ。潰されなくとも、借金のせいで爵位まで売る羽目になったら堪らない。

 ランスは怠惰な性格でも、一家の中で一番現実を知っているようだった。




*****


 マヤはワイバーンに騎乗するための体力づくりに余念がない。


 メイドの仕事もやらされていたマヤは、重い物を持たない貴族女性に比べて力はあると自負していた。しかし屋敷からほとんど外に出なかったため持久力がないのだと知った。走り込めばすぐ息切れがする。


 飛竜施設に持ち込む“おやつ”は農家の女性が持ち込んでくれる事も多い。彼女たちは苦も無く荷車を引いているように見える。

 とにかく筋力をつけないと騎乗は無理だとシージンに言われている。


「ゆっくりやれば良い。ララもアルトに人を乗せた時の飛び方を教わっている」

 ララの初試乗はシージンと決まっている。彼がララの飛行に納得しないとマヤは乗せられない。


 ララも特訓中である。

『当主の大事なツガイを乗せるんだ。万が一の事故も許されない』

 アルトの言葉にララは大きく頷くのであった。



 嫁いできてから増えたマヤの食事量にシージンは安堵している。


 マヤに初めて会った時「王都の令嬢はこのくらい痩身なのが流行りなのか?」と疑問に思ったが、それは母親のリーズに否定された。


「痩身とやつれは違うわ。マヤちゃんは病み上がりみたいな感じで不健康そうよね。元気なんだけど食も細いし。もっと食べてもらわなきゃ」


 彼女は実家では食事を抜かれる事もあり、ほとんど使用人と同じ食事をしていたと調べで分かった。きっと胃も小さくなっていて、人並みの食事はきついのだろうとシージンは判断した。


 マヤの気が付かないうちに、辺境伯指示でゆっくりと食事改善をされていった。


 今では花綻ぶ年齢に相応しく、身体も柔らかい丸みを帯びて血色も良い。健康的な美しさで、今ならサラーリエと並んでも、彼女に劣るなどと言われないだろう。


 

「……マヤ、無理してないか? やりすぎると身体を壊してしまうよ……」


 夕食時、対面に座るマヤの手元を見ながらシージンは声を掛ける。彼女のナイフとフォークを持つ手がぷるぷると震えていたからだ。


「疲労が溜まるのは逆効果だよ」


「あまりにも自分が不甲斐なくて……気ばかり急いちゃって」


「訓練内容が令嬢向けじゃないのかもなあ」

 シージン的には女性用にと、余裕のある訓練内容表を作ったつもりだが、どうやらきついようだ。

 そもそもが軍や騎士団の訓練しか知らぬ男である。適切かどうかの自信はない。

 

「入浴後にマッサージしてもらうので、多分大丈夫です」


 筋肉も感情もほぐれる極上のひと時に想いを馳せて、マヤはうっとりとしている。


「そうみたいだな」とシージンはわずかに笑う。


 マッサージ中に寝落ちした彼女を寝室に運んだのは一度や二度ではない。幸せそうな顔で無防備に眠る姿を見て、明日も頑張ろうと活力になるなんて、結婚前は考えもしなかった。



 辺境伯夫人として初めてワイバーンに乗る事を目標にしているマヤは、非常に気合が入っている。

 今日は腹筋が何回、腕立て伏せが何回できました、飛竜牧地を休憩しないで一周走れました、といちいち報告してくるのが可愛すぎる。


 シージンのそんな想いは母に筒抜けで、そういった場面に遭遇するとにやにやするのだけはやめてほしい。


「いずれは王立飛竜騎士団との合同演習にも参加したいです!」

 そんな野望まで持っているとは驚きだ。

「いやいや、残念だけど騎士にはなれないよ!?」

 剣はともかく、最低でも飛竜に乗って弓を扱えないといけない。


「いいじゃないか。その気概こそ辺境の女だ! 三人で乗り込んだら王都の連中はびっくりするぞ! なに、マヤさんは伝令係で参加すればいい!」


 いい落とし所案で解決とばかりにアテルが豪快に笑いながら賛同する。


(爺さん、引退してんのに行くつもりかよ!)

 まあ祖父はベテランだから心配はしないが。


「私だけ仲間外れ? 私も飛竜に乗る特訓しようかしら」

 リーズが不服そうに言う。次期辺境伯夫人だっただけあって、母は肝が据わっている。どうしよう、半分本気だ。


「リーズさんは乗馬も得意で運動神経もいいから、すぐ乗れそうだ!」

「お義母様も一緒ならすごく楽しいですわ!」


 祖父と嫁も盛り上がってしまっている。


(ロザカンド一家がワイバーンで王都入りなんかしたら、まるで宣戦布告じゃないか!)


 勘弁してほしい……。

 シージンは頭を抱えるのだった。




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