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後日談①

後日談です。

2〜3話で終わる予定です。

「皆さんご希望の大カボチャですよー」


 ロザカンド飛竜施設にマヤの大きな声が響く。


 マヤは一人で荷車を引いており、荷台には黄色いカボチャが山盛りに積まれている。彼女は適当に牧場の敷地を歩きながら、荷台を傾けてころころとかぼちゃを転がしていく。


 そこにわらわらとワイバーンが集る。


 キュアキュア

 グルルルル

 キュイキュルルル


 大カボチャを食べながら一斉にワイバーンが鳴く。

 マヤは一匹一匹、撫でてやる。


『やっぱり皮が硬くて食いごたえがあるな』

『甘味があって美味いんだよな』

『いつもおやつを持ってきてくれてありがとう!』

『マヤのおかげで希望が言えるよ』


 飛竜たちが喜ぶのでマヤも笑顔になる。


 恒例になったのはワイバーンたちに、何か騎士に伝えたい事はないか、欲しい物はないかと問うたのがきっかけだった。


 ワイバーンと騎士の間を取り持った事で、相棒たちの信頼関係もより強固になった。


 そして、ワイバーンの要望で一番多かったのは餌についてである。


『肉は食いごたえあるし腹持ちがするからよく食うけどよ。ほんとはもっと木の実や野菜も食いたい』

 一匹が言えば、賛同して他のワイバーンも喋り出した。


『牧地に草が生えていない時期は、仕方なく干し草を食べるんだよ』

『干し草準備するくらいなら、クズでも生野菜の方がいい』

『プルトの木だっけ。あの実が好きだけど、他のでも木の実をもっと食いたい』


 (はた)から見れば、ひとりの少女をワイバーンが囲って一斉に鳴いている図だ。シージンが「何事だ!?」と血相を変えて走ってきたのも、今では笑い話である。


 飛竜たちの望みに応えるべく、マヤは時折こうしておやつの差し入れをするようになった。


 辺境伯夫人がそうやって初めて現れた時は、竜騎士たちは驚き、荷車の後ろを押したり積荷を下ろすのを手伝おうと近寄った。


「皆さんはお仕事をしてください」

 きりりとした顔で断られ、更に彼女の夫が「ワイバーンの力になりたいと張り切ってるんだ。好きにさせてやってくれ」と苦笑いしたので、温かく見守ることになった。


 うんしょ、うんしょと荷車を引いている姿は微笑ましい。ロザカンド辺境伯が目を細めて彼女を見ているのもいつもの光景だ。


「好きにさせているなんて言って、本当は妻の頑張っている姿が愛らしくて見たいだけなんじゃないか」

 と、飛竜騎士団員たちが噂しているのを新婚夫婦は知らない。





*****


 ある日、マヤはシージンに提案をした。


「飛竜牧場の山側を開墾したいのですが、構いませんか?」


「なにをする気だい?」


「飛竜専用の畑と、それと果樹園も作りたいです」


「今までみたいに農民に持ち込んでもらったんじゃダメなのか?」


「野菜や木の実はただの嗜好品じゃないんです。彼らはもっと量を欲しています。軍竜さんたちは滑空散歩がてらルーリク山で調達していますが、里は里で多少なりとも準備出来たらと思うのです」


「なるほどね。王都の飛竜騎士団にも伝達しておくか」


「それと、大カボチャなんですが、あれ、国境を跨いで自生しているのを収穫していますよね」

 自生地はロザカンド側より、隣国の方がはるかに広い。管理者がいないものだから、国境を越えて勝手に採っている状況だ。


「ああ、あちらでは食料にならんからって捨て置かれてるから黙認されている。家畜に砕いてやれば、栄養価の高い餌になるのも知らない」

 そう言うシージンだって、まずい自覚はある。今後何らかの理由で揉める可能性が皆無ではないからだ。


 このロザカンドの地は、元々穀物を育てるのに不適な乾燥地で、山の麓付近に生えているプルトの木の実がずっと主食だった。若い実は柔らかくて、そのまま割って中身を生で食せる。うっすらと甘味がある。


 熟すと皮が固くなる。茹でて皮を剥いで中身を捏ねると、パン生地のような見た目になり、焼けば甘みも増して好まれた。


 ところがルーリク山に住み着いたワイバーンもプルトを食べるようになった。魔獣に加えて脅威が増えた。住民は怯えながら山に近づき、木に登って実を捥ぐ羽目になる。


 実際のワイバーンは人を襲ってまで横取りはしないし、人も食べない。しかし、ワイバーンが猛禽類、野獣や魔獣を狩って食べている姿を見ているから、恐怖だったのは仕方ない。


 住民が悩んでいた時期に運良くジャガイモが持ち込まれた。以降イモを主食に切り替えて助かった。それからエリックの農業改革により麦やモロコシなどの安定した穀物の栽培が可能になり、今に至る。


「あの国境近くの荒れたまま放置されているロザカンドの土地で、大カボチャを栽培しませんか? 痩せた土地で自生する品種だから難しくないと思うんです。成った大カボチャは収穫してもらって、我が家で買い取るんです。多くの飛竜さんたちの好物だから、もっと食べたいだろうし」


「……それはいいかもしれない。収穫した分を農民が収入の足しに出来るね」


 シージンはマヤの素人考えの策でも、真剣に検討してくれる。頭ごなしに却下される事はない。とても大切にされている気がして嬉しい。




*****


 キュイキュイキュイ!


 聞き慣れた声が上空から聞こえてくる。シージンが「どことなく陽気な鳴き声」と評する彼の相棒。マヤが見上げてみると、案の定アルトだった。


 シージンは今、執務室にいる。アルトは仲間と空中散歩していたのだろう。アルトとその連れがマヤの目の前に降りた。風圧でマヤの髪が乱れる。


『マヤー』

 アルトが甘えて、頭を擦り寄せてきた。

「おかえりなさい、アルトさん」


『うん、ただいま。あのね、僕のツガイを紹介するよ』

 

 クイっと頭を斜め後ろに向け、連れの飛竜を示す。


「ツガイが出来たのですか!?」

 急な話にマヤは目を丸くした。


 思わずマヤは紹介されたワイバーンの足元を見た。ロザカンド所属の飛竜の右足には、名前入りの金の足環が嵌められているので、有無を確認したのだ。何も着いていない。……騎竜ではない。


「初めまして。辺境伯夫人のマヤです。よろしくね」


『よろしくお願いします!』

『でね、マヤ、この子もここに住むから』


「え? 飛竜さんたちは、普通通い婚じゃなかったですか?」

 

『一緒に暮らしたいって言ってくれたんだ』


「まあ、大丈夫? 慣れるまで大変みたいだけど」


『はい! アルトの側に居たいんです!』


「ロザカンドの騎竜になってくれるのね?」


『えっとね、この子にはマヤの専用竜になってもらいたいんだ』


「私、騎士じゃありませんよ!?」

 確かにユーレリカアンヌ女王に会いたいとは思っているけど、具体的な話をシージンとしたわけではない。勝手に決めるわけにはいかない。


『シージンは反対しないと思うけどな。マヤに騎士は求めてないよー。でも戦闘や警備で何かあった時に、僕がこの子に発信したら、すぐマヤに伝わるじゃん。伝令役にはもってこいだよ』


(一理あるわ……。確かに<伝達者>がいるのは便利ね)


『それはそれとして、マヤがこの子に名前つけてよ』

「え? いいの?」

『はい、ぜひマヤさんに付けてもらいたいです』

「分かったわ……」


 アルトの名前の由来はシュバルティアルトである。これは少年向けの小説、“シュバルティアルトの冒険”の主人公の名前だ。原作は全五巻で何十年も前に発表されたが、根強い人気を誇る。


 マヤも子爵家の書庫で読んだ。叔父一家が興味を持たず、彼らが子爵邸を好き勝手にいじる中で、唯一昔のままの場所だった。“シュバルティアルトの冒険”はおそらく父の少年時代の愛読書だったのだろう。


 ロザカンド辺境伯本邸の書庫は、子爵邸のそれの数倍の広さがある。そこにもちゃんと全巻揃っている。その隣には幼児向けに書かれた絵本もあった。傷み具合から、かなり読まれていたと推測された。幼いシージンがわくわくしながら絵本を広げている姿を想像すると、思わず笑みが溢れる。絵本は原作の宝探しや盗賊退治といった、男児が好みそうな部分を抜き出して子供向けにしたものだ。作者が自分の子供の読み聞かせ用に書いたのが元らしく、それに躍動感溢れる絵が加えられた“シュバルティアルトのぼうけん”、こちらも大人気だ。


 出来ればアルトのツガイにも、あの本の中の登場人物から名前を付けたい。


(シュバルティアルトに恋人はいないわよね)


 海を渡り大陸を股に掛けた冒険者のシュバルティアルトを好きになる女の子は何人も登場する。誘拐されて彼に助けられたり、問題事を彼に解決してもらったり。

 しかし、彼はひと所に留まらない。主人公は好意を寄せられるだけで、作中に恋愛要素はほぼ無い。女の子は«主人公はモテます»と示すだけの存在だ。


(ちょっと待って。シュバルティアルトと一緒に行動した王女様がいたわ)


 ある国に寄った彼は、その国の姫に「盗まれた国宝を一緒に探して欲しい」と頼まれ、彼女がいないと行けない場所もあり、二人で探検する。助けられるのを待つだけの少女たちとは違っていた。

 魔物に襲われた時にはシュバルティアルトの隣で魔法で戦い、毒に侵されたシュバルティアルトの為に自ら解毒剤を調合して与えたりと、随分と能動的な王女だった。別れる時は「あなたの無事を祈って」と、彼に魔除けのペンダントを渡す。


(彼女の名前は……)


「……ララ、はどうかしら」


『それも何かの由来?』


 アルトの問いに、「シージン様が拘っていたシュバルティアルトのお話に出てくる、勇敢な美しいお姫様の名前よ」とマヤは答える。


『素敵! 響きもいいし、気に入ったわ!』

 ツガイが喜んだので『うん、短くて響きも可愛い!』とアルトもご満悦だ。


 アルトの好みの基準はやはり短さなのだろうかと、マヤはチラリと考えた。


『あ、シージンだ!』


 本邸の方から、ゆっくりとした足取りで相棒がやって来るのを、アルトが目敏く見つけた。いつものシージンは背筋を伸ばしてしゃきっとしているのに、なんだかくたびれて見える。


『ここ何日かは忙しくて、巡回も訓練も出来ないって言ってたのに、何か用かな』


「半年に一度のロザカンド会議の開催が明後日なんですよ。準備に追われてずっと執務室に篭ってます」


『領主は大変だねー』


 ロザカンドは元々国になり損ねた自治区のようなもので、後からスプロス王国に編入された。魔の山脈の麓でワイバーンを乗りこなす者がいると王国で噂になり、スプロス王国が攻めてきた。当時はエリックと数人の若者が、飛竜に乗って土地の警備巡回をしていただけで、対人戦は想定していなかった。


 エリックは戦わずして降伏し王国と交渉する。まず王国側は、異国の青年を指導者と仰ぎ、点在する村を纏めてもらう選択をした現地人に驚いた。

 指導者の青年は博識で、地下水路を利用した灌漑農業に力を入れ、乾燥がちで穀物が育ちにくい土地を豊かに改良していた。


 ロザカンドは、訪れる近隣諸国の商人から塩や砂糖を高額で買っていた。それらの交易品や布などを、スプロス王国の一部になる事で、エリックは安定購入を目指したのだ。


 エリックが一番こだわったのは水利権だ。生活や農業に必要な水を巡っての争いを彼は各地で見てきた。ルーリクの地下水は住民が、力を合わせて使用できるように工事したものだ。彼はロザカンドに権利があると正式文書で残せとの主張は譲らなかった。


 様々な交渉の末、魔獣の住むルーリク山を含む僻地のロザカンド地方はスプロス王国の東の国境となり、エリックは“ロザカンド辺境伯”を賜ることになった。数代のちには訓練された飛竜が定期的に王都に送られる事が決まり、王国飛竜騎士団が設立される。


 征服された訳ではないロザカンドは、初代から続く特殊な政治形態を持つ。

 それが、ロザカンド会議だ。


 細長い地形なので、各地にまとめ役がいる。王国では“村長、町長”に該当する彼らは“地区長”と呼ばれ、半年に一度、ロザカンド本邸にて会議をする。


 それに合わせて各地から陳情書、相談事が持ち込まれる。事前にそれらの内容を吟味して会議にかける優先順位を決める作業を、今シージンはしているのだ。



「マヤが飛竜のところにいると聞いて、気分転換に会いにきたよ」


 シージンは笑うが目の下に隈が出来ていて、睡眠不足が窺える。


(優先を決めるなんて嫌よね。後回しにされたとか、蔑ろにされたとか思う人が出そう。指導者も大変だわ)


「お疲れ様です」


 労わる気持ちが溢れたマヤは夫を抱きしめる。


『ツガイに会えば元気になるよね!』


 マヤに擦り寄っているアルトが言えば「ん? そうだな?」とシージンは答える。適当な相槌だ。なんとなく会話が成立しているし、恥ずかしいのでマヤはアルトの言葉を伝えなかった。


「あれ、見慣れないワイバーンだな。山に住む子だね」

 シージンがやっとララの存在に気がつく。


『そうだよ、僕のツガイで、“ララ”って、さっきマヤに名前を付けてもらったんだ!』

『よろしくお願いします。当主様』


 これを伝えるとシージンは破顔した。

「結婚したのか、おめでとうアルト、ララ!」

 それから「ん? ララ姫かい?」とマヤの顔を見た。


「そうです。“シュバルティアルトの冒険”のヒロインの一人の」


「ああ、お転婆だけど健気で可愛いよね、ララ姫。うん、いい名前だよ」


『でね! ララはマヤの飛竜になるのを希望してるんだ』


「ああ、それはいい! ツガイ同士だ、きっと上手くいく!」


 いいワイバーンがいればマヤの専用竜にしたいと思っていたシージンは、その提案をすぐ受け入れたのだった。



 


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