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番外編:飛竜の夢

初代領主たちの話+α

『誰!? 何故こんな所に人間が!?』


「驚かせてごめん。……飛竜の巣穴だなんて思わなかったんだよ」


『何をしに来た!?』

 ガルルルルと威嚇するワイバーンに臆しもせず、男は横穴の入り口に突っ立ったまま、笑顔を見せている。逃げもしない男に驚いたワイバーンは彼を観察する。

 金髪に緑の目のまだ若い男だ。麓の人間たちには無い色で、かつて住んでいた大陸ではよく見かけた。


「山頂を目指してたんだ。君の寝ぐらを侵しに来たんじゃないから安心して」


 切り立った絶壁に存在する沢山の大小浅深の洞穴。自分たちの一族が、他の大陸からここに移り住むようになって五十年は過ぎたはず。人間が登って来たなんて話は聞いた事がない。

 なんせヒトは二足歩行で強脚を持たず、空を舞う翼も無い。その代わりに知恵があり、器用な手で道具を使い他の生き物を攻撃する厄介者である。脆弱な生物の彼は背に大きな袋を背負っていて、手には麓の人間が畑を耕すのに使うクワに近いものを持っている。まさか武器ではあるまい。


『何故山頂へ行く!?』

 この山は中腹から山頂にかけて断崖絶壁で、頂上は雨風に晒されて削られた岩肌があるだけ。特に見るものは無い。青年の目的が分からなくて困惑する。


「未踏の地を制覇したいって欲望さ」

 肩を竦めて言い放つ青年が、いきなり笑顔を引っ込めた。

「あれっ!? どうしたんだ、その怪我は!?」


 青年は顔を顰めると一気に距離を詰め、飛竜の異変の部分に触れる。ワイバーンは殆ど動けない状態だったので、咄嗟に青年を振り払う事も出来なかった。


『怪我ではない。皮膚病だ。治らなければ最悪、全身が腐っていき死ぬ』


「治らなければって……内臓が腐っていくって事!? そうでなくとも翼がやられたら飛べなくなるじゃないか! 治す方法は無いのかい!?」


『泥浴びをすれば多少良くなるが、我は今飛べない状態だから自然回復を願うしかない』


「そんな! 薬草は!?」


『薬草? 知らないな。……ん? おぬし、もしや言葉が通じるのか?』

 会話が成り立っているのに気が付いたワイバーンが、素っ頓狂な声を上げた。


「そうだね、特殊技能って言われたな。たまに生まれるらしい」

 何度か知的生物に接触していた青年は、なんて事もないと肯定した。

 なるほど。だから怯えもせず笑顔だったのかとワイバーンは納得する。


『ああ、そうか。聞いた事はある。初めて会った。ヒトは我々を見れば一目散に逃げるからな』


「仕方ないよ。自分の何倍もある大きな生き物は恐怖だからね」


『こうして意思疎通が出来れば、我々が無闇に襲わないと分かるのにな』


 低空飛行しているとヒトは慌てて隠れる。家畜を守ろうと小屋に追いやったりしている。ご苦労な事だ。こちとら雑食だし、わざわざ家畜を襲って食したりしない。ましてやヒトなど食わない。


『何をしている?』

 青年が袋の中から草を取り出して揉んでいる。

「ん? ここの中腹に生えている傷に効く薬草だよ。こうして揉むと汁が出てくるんだけど、潰瘍にも効くらしいから試してみよう。なに、害にはならないさ」


 青年は注意して翼のひどい部分に慎重に塗った。


「一晩様子を見てみよう。間借りするよ」

 そう言いながら彼はワイバーンの隣に座り、今度は干し肉と干し果物を差し出した。

「飛竜はなんでも食べるだろ? 少量で悪いけどどうぞ」


『おぬしの食料だろ。大事にとっておけ』

「俺は下山したら食うから大丈夫」

『明日の朝には配下が食うものを持ってきてくれるから心配いらぬ』

「まあまあ、俺たちの“お裾分け”って文化だから」

『……』


 やけに人懐っこい青年が鼻先に干し肉を持ってきたので、仕方なく口を開けるとそっと舌の上に乗せられた。咀嚼すると凝縮された肉の旨みが口の中に広がる。ほんの欠片だったが美味であった。



 翌日、ワイバーンの抉れて膿と血まみれだった翼の部分が随分良くなっていた。


「おっ、薬草が効いたな!」

 喜んだ青年は残りの薬草も全部取り出して揉み汁を搾り出すと、他の潰瘍部分にも塗り始めた。


 ギャルルルル!!


 突然入り口から咆哮が聞こえ青年がそちらを見れば、他のワイバーンが居た。その足元には大きな木の実がいくつも転がっている。食料を届けに来た者だ。


『心配ない。この者は我の治療をしてくれている。会話も可能だ』

「そうそう、昨日よりかなり良くなってるよ」


 威嚇する同族にワイバーンは落ち着いて話しかけ、青年も敵意が無いと示す為に満面の笑みを浮かべる。その手は薬草の緑の汁塗れで、話している間もせっせとワイバーンの患部に薬草を擦り込んでいた。


 食料を届けに来たワイバーンは、唸るのをやめて頭を垂れた。


『ヒトの子よ。そやつに触れるが良い』

「では失礼して」

 治療を中断した青年は入り口に佇む飛竜に歩み寄る。躊躇なく頭に手を置かれたワイバーンは目を丸くした。人間が触れてくるなんて信じられなかった。


『……本当に言葉が通じるのだな』

 キュルルルと大人しく鳴くワイバーンに「念話って言うらしいよ。頭の中で言語が別の信号に変換されて伝わるみたいな」と青年は説明する。

『……?』

 二匹のワイバーンが同時に首を傾げたので青年は苦笑した。

「いや、ごめん。どっかの偉い学者が言ってたんだけど、俺にもよく分からない」


『無礼を失礼した。その知恵で我らの女王をぜひ助けてほしい』

 来訪者は人間に懇願する。


「女王!? そんなに偉い存在だったのか! 馴れ馴れしくしてごめん!」


『今更だな。今まで通りで頼む』

 女王はすっかり青年を信頼していた。

 

「分かった。では改めて自己紹介を。俺はエリック。西の大陸のジュレイ王国出身の気ままな冒険者、って言うとかっこいいけど要は放浪者だ。よろしく」


『ああよろしくな、エリック』

「女王様の名前を教えてくれるかい?」

『我らは名を持たぬ。体の特徴を言えば個体の識別は簡単だから必要ないのだ』


「そうなんだ……」

 エリックは自分には細かい判別は不可能だろうと思った。女王は黒くて大きいから分かるけれど、入れ替わり立ち替わり、見舞いだの食料差し入れだのに訪れる飛竜たちはあまり区別がつかない。身体の大きさや色の濃淡の違いはあれど、ずらっと並んだらきっと誰が誰やら分からない。


 正直にそう言えば、『ははは、我も人間の区別はつかん。そもそもこんな至近距離で見たのはおぬしが初めてだしな』と女王は鷹揚に笑った。


『そうだ、我に名前を付けてくれぬか』

「俺が?」

『そうだ、おぬしに女王サマと呼ばれるのは面映い』

「分かった。……どんなのがいいかな」

 エリックはしばらく思案すると「……ユーレリカアンヌ」と呟いた。


『“エリック”に比べると長いな』

「俺の国のかつての女王でさ、黒髪の美女でとても勇敢で優しかったそうだ。黒くて美しい君にぴったりだ」

『……ユーレリカアンヌか。名をもらうのは嬉しいものだな』

 女王は名付け理由を気に入った。


 エリックは横穴の巣から降りては袋の中を薬草でぱんぱんにして、また登って薬草を塗る。何度もその作業を行う。数日すると女王は完治し、エリックは大喜びした。


「すごい回復力だな! 薬の効きだけじゃない、飛竜は自然治癒力に優れているんだな!」

『おぬしたちヒト族が弱すぎるのだ』

「そうか、俺たちは特に自己再生力が弱い種族なんだな」

 少しだけエリックはがっかりした。


 それからエリックはユーレリカアンヌの背に乗って、皮膚病疾患の他の飛竜のもとを訪れ治療を行った。

 そのお礼にと、念願の山頂に降ろしてもらったエリックは喜び、更に飛竜の背から山頂を眼下に捉えるという経験には、子供のようにはしゃいでいた。


 こうして飛竜と交流を深めたエリックは、ユーレリカアンヌに乗って麓の人里付近に降り立った。

 麓の人間たちは度肝を抜かれる。飛竜が大人しく青年に寄り添っていたからだ。むしろ、この男に危害を加えれば承知しないぞ、との無言の牽制を感じる。


 ルーリク山を棲家にする飛竜が空を旋回し、魔獣の被害もあるこのロザカンドと呼ばれるこの地に人間はあまり居付かず、住民は都や近隣から追われた弱者も多かった。スプロス王国に接していても捨て置かれた地である。それでも指導者という存在はいて、彼らは団結してエリックにロザカンドを治めてほしいと頼み込んだ。


 空の覇者ワイバーンを従えて空から舞い降りたエリックは勇者である。この地には強い支配者が必要だった。異国出身である彼の金髪翠目も神々しく映ったらしい。


 悩んだエリックだったが、ワイバーンたちも知恵ある人間との共存を願ったので、その架け橋を請け負うと決めた。

 里に魔獣が現れるとワイバーンが駆除に協力する為、人間は以前より安全に暮らしやすくなった。エリックは放浪中に得た知識を活かし、小さい集落が集まるロザカンドをひとつの街に発展すべく尽力する。


 山に住む飛竜の中で、ヒトと暮らしてみたいと思った個体がエリックの近くで住むことになった。エリックは自身の住居より居心地いい彼らの施設を優先し、石と木で作った大きな舎には干し草や藁が大量に敷き詰められた。

 年月を掛けてロザカンドの住民は飛竜を友として接するようになっていった。




*****



『久しぶりに初代の夢を見たな……』

 四代目“ユーレリカアンヌ”は欠伸をした。陽気に誘われて微睡んでいたらしい。


 ロザカンドの初代領主が名付けた女王の“ユーレリカアンヌ”は、今後の女王はその名も継ぐようにと初代ユーレリカアンヌが決めた。自分とエリックの記憶の断片と共に。


 代々ワイバーンの女王は知恵や知識を後継者に見せられる能力がある。いや、その能力がある強いメスが女王を継ぐのだ。


 だから彼女以降の女王は知っている。初代ユーレリカアンヌはエリックに恋をしていたのだと。

『せめて我が竜人と呼ばれヒトに変化できる種族であれば、彼と添えたやもしれぬに』

 伝説の種族に思いを馳せるくらいにはエリックを想っていた。これは初代が意識的に残した記憶ではない。彼女の死に際に次代に流れた感情だった。


 ロザカンドのワイバーンが当主に協力する隠匿された理由も忘れぬようにと、それは引き継がれている。


『それにしても……今代の領主はエリック殿によく似ているな……』

 女王はシージンの鮮やかな金髪と翠の瞳を思い出していた。しかしエリック以降ワイバーンと話せる領主がいないのは残念だなと、ぼんやり考える。そんな徒然な思考は、聞き馴染んだ鳴き声によって霧散した。


『ユーレリカアンヌさまー!』


 どことなく能天気なこの声は、今代当主の相棒のアルトである。


『失礼しまーす!』と元気に挨拶したアルトの背後には若いメスがいた。


『おや、どうした、アルト』


『この子と結婚します! 彼女が人里に降りる許可をください!』


『そうか、娘よ、おまえはそれを納得しているのか?』


 ここでは山で暮らすメスに人里に住むオスが通うのが普通なので、女王は娘の意思を確認する。生活環境の変化が若いメスの負担になってはいけないからだ。


『はい、アルトとずっと一緒に暮らしたいのです』

 はきはきとして意志が強そうだ。ユーレリカアンヌが許可しない理由もない。


『そうか、気をつけるのだぞ』

『はい!』


『あのね、この子には、当主のツガイの相棒になってもらう!』

『領主のツガイは騎士なのか?』

 最近は見ていないが、飛竜に乗っているヒトのメスが時々いる。


『違うけどー、あのね、マヤは僕らと話が出来るんだ!』

 女王は驚く。先程まで残念だと思っていたところなのだ。

『“マヤ”がそのツガイの名かい?』


『そう、優しくていい人だよー! マヤに僕のツガイの名前を付けてもらうんだ!!』

 アルトがご機嫌な訳である。ツガイを得て浮かれるのはヒトも飛竜も変わりない。


『ここまで来るには気圧がどうとか気温や気流がどうとかで、マヤは訓練しなくちゃならないけど、そのうち当主夫婦揃ってユーレリカアンヌ様に挨拶したいって言っていたから、気長に待っててくださいねー!』


『分かった。楽しみに待っていると伝えてくれ』

『了解ー』

『女王様、行ってまいります』


 そうして二匹は女王の住処から飛び立った。ユーレリカアンヌはその姿が見えなくなるまで見送る。


『ツガイ、か』

 あのやんちゃ小僧だったアルトが妻帯するとは感慨深い。

 

『初代ユーレリカアンヌがヒトとして生まれ変わり、エリック・ロザカンドの生まれ変わりと結ばれる奇跡があればいいな』


 今代女王は誰にも言えない願いを呟いたのだった。




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