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順番を間違えたので先程最終話を削除しました。慌てていたために最終話自体を消してしまったので書き直します。
アテルは厳しい顔で都内の自宅裏庭に立っていた。庭というには広すぎる。飛竜舎もあり、ちょっとした牧地だ。
「……つまりジャミルという騎士が自分が繰り上がるために、そのジュルドなんとかというワイバーンに、睡眠剤のようなものを投与した可能性があるんだな?」
アテルはアルトに尋ね、アルトに手を置いたマヤが答える。
「一瞬の痛みだけど、あれしか考えられないってジュルドアネイラスさんはずっと吠えていたそうです。ジャミルさんの相棒のカールさんが『言いがかりはやめろ』と怒鳴り返していたそうです」
「国を代表する騎乗部隊、スプロス飛竜騎士団は王直々の管轄だ。だからロザカンド当主と国王が直接契約を結ぶ。騎士団長に捜査の権限はない。……それが事実なら、誉れ高い騎士の中にそんな卑劣な者がいるのは見逃せないが」
『きっと家を調べたら証拠が出てくるはずだよ!』
「……家宅捜索には陛下の許可がいる。それには、マヤさんが<伝達者>だと申告しなければならない……」
ワイバーンが“言っていた”証拠を示さないと受け入れられないだろう。
苦渋の表情をしているアテルに向かってリーズは晴れやかな笑顔を見せた。
「昨日のうちに結婚していて本当によかったわ! いくら陛下だって人妻は強引に奪えないでしょう!」
そうして、王立飛竜騎士団員の不正疑惑を、シージンは緊急に国王に申し立てる事になった。
<伝達者>のマヤを交えての話に国王は不機嫌を露わにする。
「その薬物投与疑惑の前に。……王家を出し抜いて、アテルが<伝達者>をお主に娶らせたのかな?」
王もそこはどうしても見過ごせないのだろう。
なんせいきなりアテルに頼まれて、急遽昨日ふたりの婚姻許可を出したばかりなのだ。
「いいえ、マヤが我が飛竜に触れて、初めて会話ができると発覚したのです。マヤは知能の高い魔獣は人語を話せると思っていて、自分が特殊だとは考えませんでした」
「それはまことか」
「はい、私は屋敷から出られない生活をしておりまして、高位魔獣と接触する機会はありませんでしたから。恥ずかしながら知識は書物でしか得られなかったので、<伝達者>の存在など初耳でした」
王が「屋敷から出られない?」と訝しげに首を傾げる。
ここで国王に隠さないほうがいいと判断したシージンは、マヤが辺境にやってきた経緯をかいつまんで話した。
「なんと! 元々はあのアテルの花嫁だと!?」
王は吹き出し、
「なるほど。そして若い辺境伯が見初めたと。夫人は余程ロザカンドと縁があったのであろうな」
理解を示す。
(なんだか私に一目惚れをしたというのが定説となってしまいそうだけど、いいのかしら……)
マヤは隣のシージンをチラリと見るが、彼の横顔は普段のままだった。
「先に知っておれば第三王子と婚約させたものを」
「第三王子殿下はまだ十二歳ではありませんか。身分も不相応でしょう」
呆れるシージンに「たかが四つ違いだし弟の養女にするし」ぶつぶつ未練がましく呟く王に、「私たちは恋愛結婚です」と政略結婚はお呼びじゃないとばかりに、シージンは胸を張る。
(お義母様の言うとおり正式に婚約していてよかったー! 婚約証明書のおかげですぐに結婚誓約書が受理されたもの!)
辺境伯と子爵だ。口約束の婚約なら即日婚姻は難しかっただろう。
(あっぶなーい!)
にこにこと笑顔を貼り付けているマヤは、内心冷や汗をかいていた。
「ロザカンドは陛下の忠実な臣下です。何かあれば我々は辺境の地より飛竜で駆けつけましょう」
「そうだな。これからも変わらぬ忠心を切に願う」
国王も真面目な顔で頷く。
陛下と腹を割って話したからか、宰相を呼んで捜査許可状をその場で発行し、捜査官をすぐに派遣する。
国王にマヤが<伝達者>である事への疑念はなかった。ロザカンド辺境伯がそんな嘘をつくはずがないし、異能者を見誤ったりしないとの信頼故だ。
赤い騎士服のまま、マヤを前に乗せて城下を馬で駆ける辺境伯の姿は目立った。
あれが奥方様か、お似合いだな、なんて都民は手を振ってくれる。馬を操るシージンの代わりに、マヤは精一杯の笑顔で小さく手を振り返し続けた。
騎士団本部に隣接する飛竜舎にマヤとシージンは訪れる。
『ジャミルは優秀な騎士だ! 飛行選考に漏れたのは悔しがっていたけど、飛竜を傷つける真似などしない!』
カールは激昂していた。
『ジャミルのやつが刺しやがったんだ! あのあとから眠くて眠くて仕方なくなったんだ!』
ジュルドアネイラスも言い分を覆さなかった。
喧嘩になりそうだった二匹は五棟ある飛竜舎の端と端に入れられて、暴れないよう鎖で足を固定されていた。
一棟には四匹ずつ入れられている。マヤは中の三棟のワイバーンたちにも話を聞く。
『ジャミルってのは上昇志向が強くてな。頑張り屋でもあるんだけどな』
『カールには悪いけど、ジュルドアネイラスのあの様子を見たらねえ』
騒動前にジャミルが待機中の飛竜たちに「がんばれよ」声をかけながらぽんぽんと身体を叩いて回った。その激励中に何かで刺されて一瞬痛かったとジュルドアネイラスは主張している。
『ずっと前の事だし関係ないかもだけど』とある一匹のメスが語る。
『相棒のいない飛竜が興奮して落ち着かなかった時、ジャミルさんが濡れた布で目を覆って眠らせた事があったの。人間は「目からの情報を遮ったら大人しくなるんだな」って感心してたけど、それ本当?って思った。そんな事ないよね。だから布に仕掛けがあったんじゃないかって私はずっと疑ってるの』
「確かにそんな話は聞かない。目は見せ掛けで鼻に睡眠剤を嗅がせたのかもな」
シージンの元に捜査官が合流する。ジャミルは地方の伯爵家の次男で、騎士寮に住んでいる。なんと御前飛行をするからと、両親を王都に招いていた事が発覚した。補欠にもかかわらずだ。すぐさまシージンと捜査官は彼の部屋に向かう。
「なんですか。いきなり……。え? 薬物不正使用疑惑……?」
捜査許可状を見たジャミルは青くなる。程なくして使用形跡のある注射器と白い粉末入りの瓶が押収された。睡眠剤との事前情報があったため、その場で検査して成分が判明した。注射器は人間用ではなく飛竜仕様だ。薬剤は水で溶いた後時間が経つと変色して効果も落ちるので、注射器の中には溶かして半日以内の睡眠剤が入っていた証拠となった。
状況だけで、ジュルドアネイラスに注射した証拠にはならない。いくらでも言い訳はできる。しかしジャミルは観念した。
「両親に晴れ姿を見せたかった」
動機はそんなものだった。
「馬鹿野郎!!」
騎士団長がジャミルを怒鳴りつけた。シージンが咄嗟に腕を掴まなければ殴っていただろう。
「あのまま変更がなく、もし飛行途中でジュルドアネイラスが眠ったらどうするつもりだったんだ!!」
「そうです。下手したら“未必の故意”が適用されますよ。教養高い騎士にはそのくらいの想像力はあるでしょう?」
団長の悲痛な叫びと捜査官の冷静な言葉にジャミルは崩れ落ちる。彼はおとなしく連行された。
騎士団本部の応接室で控えていたマヤは、迎えに来たシージンに事の顛末を聞く。
家族に勇姿を見せたい……そんな見栄のために一生を棒に振るなんて。マヤには理解できなかった。
(ううん、違う。私には勇姿を見せたい家族なんていなかったから、きっと分からないんだ……)
帰路はゆっくりと馬を歩ませる。行きと違いマヤはシージンの後ろに座っていた。
馬上で徒然考えていたら、何となくやるせなくなってきた。マヤはシージンの腹に回す手に力を込めた。彼はそれを感じ取って左手でマヤの手を包んでくれた。
(これからは家族がいるんだわ。シージン様と、アルトさんと……お義母様も、お義祖父様も……)
シージンの背中に全身を預け、マヤは幸せを感じながら、ゆったりとした振動に目を閉じた。
書き直しは割とショック……