表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

09 贄(にえ)

 ふん、と。


 押し潰された玲を見て、神は小さく鼻を鳴らした。


 許すつもりなど、初めからなかった。

 神殺しの下手人たる人の男も、巫女の役目を果たさずの男を助けた愚かな女も、(なぶ)り者にして憂さを晴らしてやるつもりだった。


「ちと嬲り足りぬが……まあいい」


 まもなく、男も黄泉に落ちる。

 黄泉の女に惑わされ、絡めとられて落ちていく先は、深く暗い闇の底。そこで永遠に呪われるがいいと、神は冷たく笑う。


塵芥(ちりあくた)のごとき人の分際で、神に手を出す愚か者めが。その罪、思い知れ」


 ――リィーン。

 静かに、深く、鈴の音が鳴り響いた。


「なんだ、今頃」


 忌々しそうに、神が視線を向け――眉をひそめた。

 そこに転がっているはずの、瓢箪がない。どこへ転がったのかと周囲を見たが、どこにも見当たらない。


 リィーン、リィーン、と鈴が鳴る。


 静かに、深く、何度も鈴が鳴り、神の領域を満たしていく。


「邪神ごときが、わが領域を侵食する気か! 叩き潰してくれるわ!」


 神が怒りに震え、声を発したそのとき。


「無理じゃの」


 鈴の音に代わって、静かな声が響いた。


「な……に……?」


 神が、驚愕のあまり声を失う。

 つい先ほど――間違いなく叩き潰したはずの巫女が、白衣に緋袴(ひばかま)という巫女装束を身にまとい、静かにそこに座っていたのだ。


「どういうことだ。貴様、私の力で潰れたはず」

「ほう。妾は潰されたのか」


 玲はゆっくりと周囲を見る。


「はてさて、ここはどこだったかの。神域のようじゃが……」


 リィーン、リィーン。

 玲のつぶやきに応えるように、鈴が鳴った。


「……ああ、なるほど。そんなこともあったのう」


 玲がクククッと笑った。

 小馬鹿にするようなその笑い。神は怒りを募らせ、声を上げた。


「貴様、その笑いは何だ!」


 神は怒りに任せ力をふるった。

 先ほどとは比較にならぬ力が、玲に叩きつけられた。

 例えるならば、山ひとつを乗せたようなもの。人の身で耐えられるはずのない、強大な神の力。その力に、玲は悲鳴を上げる暇すらなく押し潰された。


 ――はずだった。


「やれ、気性の荒いお方じゃ」


 だが、まばたきの後。玲は、涼しい顔をしてそこに座っていた。


「お、おのれ!」


 何が起こったのかわからない。もう一度やってみたが、結果は同じ。何度やっても、結果は同じ。玲は――塵芥のごとき人の身であるはずの巫女は、何度神の力に押し潰されても、平気な顔をして戻って(・・・)きた。


「戻って……?」


 己の考えたことに、神は驚愕した。

 戻ってくる――そう、この巫女は戻って(・・・)くる。

 なぜそう感じた、なぜそんな風に考えたと、神は己が考えたことに、わなないた。


 ――クククッ。


 不意に。

 どこからか声が聞こえた。少女のような、少年のような、若い声。一体どこからと探ろうとして、初めて気づいた。

 己の目の前に、巫女の瓢箪が転がっていることに。


 ――僕が示唆を与えたのさ。

 ――答えを知らぬまま(にえ)になるのも、かわいそうだからね。


「な……な……」


 瓢箪から聞こえてくる声に、神は恐怖を覚えた。

 示唆を与えた、という。

 この瓢箪に宿る何者かは、神である己が気づかぬうちに、侵食してきたという。


 ――自分から酒を飲んでくれたからね。

 ――簡単に侵食できたよ。


 クククッ、と笑い声が響く。


 ――さあ、答えてみな。

 ――我が巫女は、なぜ戻って(・・・)こられる?


 問いと共に、何かが神を侵食していく。侵食した何かが、有無を言わさず答えを示す。


「うそ、だ……」


 神は、静かに座る玲を見る。

 たどり着いた――いや、たどり着かされた答えが信じられず、首を振る。


「貴様……時の(ことわり)を外れている……のか」


 玲は何も言わず、ただ静かにほほ笑む。

 その表情が、正解だと語っていた。


「ばかな、ばかな……そんなこと、たかが邪神にできるはずが……」


 そんなことができるのは、時の理を作り出した存在だけ。

 それは何者か。

 そんな桁外れの存在を呼ぶとしたら、何と呼ぶべきか。


 リィーン、と鈴が鳴る。

 またしても何かが侵食し、己の疑問への答えを示す。


「創世の……神……」


 言わされた。

 そう言わされた。そうと気付いても抗いようがない。何がどうなっているのか、さっぱりわからない。


「さて」


 狼狽する神に、玲は告げる。


「我が神は、おぬしを贄にせよとお命じじゃ。恨むでないぞ、巫女は神の命に従うものじゃからの」


 玲が、両手をゆるりと上げて。

 ぱんっ、と軽やかな音を鳴らした。


 それは、柏手。己が仕える神を呼び出す儀式。


「その身を持って、我が神の怒りを鎮めるがよい」


 玲の足元から、ぶわり、と闇が広がった。

 底知れぬ闇。一度飲み込まれたら絶対に逃げられない、真の闇。その闇の底から、深く静かな鈴の音が聞こえてくる。


「ひっ……」


 見てはいけないと思った。

 だが目をそらせなかった。

 それ(・・)は、闇の底からこちらを見ていた。恐れおののく神を見て、目を細め舌なめずりし、クククッと喉の奥で笑った。


 ――なかなかの、ご馳走じゃないか。


 闇が神を絡めとる。神が悲鳴を上げかけたその瞬間、神の中から恐怖が消え――得も言われぬ快感が走り抜けた。


「あっ……ああーっ!」


 神が声を上げた。

 闇に絡みつかれ、引きずり込まれ、押し包まれる。逃れようと暴れるも、強烈な快感に力が抜けていく。

 そして、ムシャムシャとその身を食われるたびに、神は嬌声を上げ身悶えする。


 ――いつまでも見ていないで、閉じろよ。


「失礼いたしました」


 玲は静かに首を垂れ、もう一度手を打った。


 闇が閉じた。

 闇の向こうに神が消え、神域が崩れ始めた。


「さて、と」


 玲はひとつ息をつき、目を細める。


「では妾は、泥棒猫を追い払うとするかの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] オイオイオイ、死ぬわアイツ( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ