07 黄泉人
「男が心配か?」
周囲を探る玲に気づき、神がニンマリと笑った。
「神の妻たる身で男を侍らすとは。さすがは邪神の巫女よの」
「そのような仲では、ございません」
「またとぼけるか」
「とぼけてなど。たまたま出会い、行き先が同じだったゆえに旅を共にしている。それだけの男です」
ちくりと、玲の胸が痛んだ。
玲と多々良は、山中の泉でたまたま出会った。
だが、その出会いこそが神殺しの一件へとつながっていく。神殺しの一件がなければ、玲が多々良と旅を共にすることはなかった。
鎮魂の巫女、玲と。
神殺しの剣士、多々良。
そんな特異な二人の出会いは、本当にたまたまだったのだろうか。そこに何かの意味が――あるいは「運命」とでも呼ぶべきものが、あるのではないだろうか。
(いかん……よそ事を考えている場合ではない)
玲は散りかけた意識を集中させた。
身を圧しようとする神気は、ますます強くなっている。一糸もまとわぬ玲の肌を嬲るように撫で回し、いつでも殺せるぞと脅してくる。
「なるほどのう。そこは私の思い違いというわけか」
神がニタリと笑う。
「だが、お前が神殺しに手を貸したのは事実。言い逃れは許さぬ」
さて、どう答えるのが正解か。うかつに答えれば神の怒りを買う。玲は沈黙し、神の言葉を待った。
神が手を翻した。
ばらばらに切り裂かれた衣の下から扇が浮かび上がってきて、玲の膝の上に落ちた。
「お前は舞が得意と聞く」
扇に目を落とした玲に、神が告げた。
「先日、見事な舞を見せたと聞く。それで許してやろう。私を満足させる舞を奉納せよ」
「……どのような舞を、お望みか」
「そうだな、かつて日の神に捧げられた舞などよいな」
それは、と玲が息を呑む。
岩戸に隠れた日の神を誘い出すために、女神が奉った舞。それは寿ぎでも鎮魂でもない、淫らで猥雑な情欲を誘う舞だ。
「どうした、できぬのか? 愛しい男を誘ったことぐらいあるだろう。それと同じ気持ちで舞えばよいのだぞ?」
「あいにくと……そのような相手はおりませぬゆえ」
「おお、そうか。そういえば、あの男はただの同行者であったな」
神が嘲笑う。
神殺しに手を貸した玲をとことん嬲る気であることが、その嘲笑から伝わってくる。
「ならば、手本を見せてもらおうではないか」
「手本?」
冷ややかな笑みを浮かべ、神が大きく手を打った。
空中に光の輪が生まれた。その輪の中に、どこかの庭が映し出された。
夕日に染まるその庭は、真っ赤な花で埋め尽くされていた。そこに、見慣れない衣装を身にまとう、一組の男と女の姿があった。
「た……多々良?」
男は、多々良だった。
その多々良の前には、体のほとんどを露出した、艶めかしい姿の女が立っていた。潤んだ瞳で多々良を見上げ、何か語りかけている女は――恋しい相手と語らっている、そんな顔をしていた。
「あの女、あの男にひどく執着しておってな。ちょうどよいと、手を貸してやった」
女の姿に面食らったのか、多々良はうろたえている様子だった。女は楽しそうに笑い、その艶かしい姿を見せつけながら、多々良との距離を縮めていく。
「あれは異国の踊り子の衣装でな。踊りの方もなかなかに見ごたえあるぞ。そら、始まるぞ」
多々良の前で、女が踊り始めた。
それは、玲が知っている舞とはまるで違うもの。激しく情熱的で、艶めかしい。円を描くように腰をくねらせる動きは卑猥に思えるが――決して下品ではなかった。
女が、多々良に手を伸ばす。
その手を取ってほしいと、全身で訴える。
愛しい男を、どうにかしてその胸に抱きたい、そんな思いが伝わってくる。
その必死の誘いは、いっそ健気ですらあった。
だが。
「多々良……だめじゃ!」
ちりっ、と玲の胸がかすかに焦げた。
黙ってなどいられなかった。届かぬとわかっていても、思わず声を上げてしまった。
「その女は黄泉の者じゃ! 手を取ってはならぬ、連れて行かれるぞ!」
「どうした巫女、必死ではないか」
神が冷たく笑う。
「ただの同行者であろう? あれだけ愛してくれる女と共に逝けるのだ、いっそ祝福してやってはどうだ」
何かにつまづき、女がよろけた。
多々良が慌てて手を伸ばし、女を抱きとめた。女はそのまま多々良の胸に飛び込み、多々良のたくましい体に抱き着いた。
「多々良!」
「静かにせぬか、巫女よ」
ドンッ、と。
すさまじい重圧が玲の全身に降りかかった。
「くっ……」
「男を取られて嫉妬か? 神の妻たる身で、人の男に心奪われるか? 痴れ者め」
厳しい声が、玲の耳朶を撃つ。
「さて、手本は見せたぞ。次はお前の番だ。淫らに猥雑に舞うがいい。私を誘い滾らせよ。今宵一夜の妻となり、わが怒りを鎮めるがいい」
断れば、即座に押し潰される。
巫女は神の妻、本来の役目を果たせと言われているだけ。迷うことなどない。
だが。
目の前に映し出される光景を。
多々良が、自分の知らぬ女と仲睦まじく抱き合い語らっている様子を。
そんなものを見せられて、玲は――頭に血が上った。
「ごめん……こうむる!」
「ほう、神の命に従えぬか」
静かに冷たく、神が告げる。
「では、死ね」
玲は、凄まじい神気に押し潰された。