04 巫女・玲
好いた男など、いなかった。
この身は巫女、神の妻たる者。一人の男に心奪われるなどあってはならぬし、許されぬこと。一人の女として、男を想う気持ちなど持っておらぬ。
「そうは言っても、好ましいと思った男ぐらいいただろう」
……おぬしのう。
まあよい。
一人もいなかった、とは言わぬ。恋にすらならぬ、かすかな心の揺らぎなら幾度もあった。
じゃが、それだけのこと。
旅から旅の生活で、心通わせるほど長く過ごした者はおらなんだ。
ああ、でも。
一人だけ、どうしても忘れられぬ男がいるのう。
勘違いするでない、恋や愛といったものではない。
その男とは、宵闇に沈む戦場で出会った。
死んでもおかしくない重傷を負っていた。もう助からぬと思うたが、できる限りの手当てをした。
何万という人が死んだ、そんな大戦を引き起こしてしまったゆえな。
一人でも助かるのならと、藁にも縋る思いじゃったよ。
手当てを終え立ち去ろうとすると、男は言うてくれた。
「胸を張ってほしい。君は今夜、間違いなく一人の男を救ったのだ」
その言葉に、どれほど救われたか。
あの傷で生き残れたかどうかはわからぬ。だが、必ず生き残ると、そう誓ってくれた。
じゃから、信じているよ、あの男が生き延びたことを。
もはや許されぬ身ではあるが……たった一人でも救った命があるのだと、そう思うだけで心が軽くなるのじゃよ。