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03 童

「ご案内いたします」


 部屋を出たところで、十かそこらの童が、多々良を待ち構えていた。

 きれいな顔立ちの少女だ。いや、少年のようにも見える。どちらだろうと首をかしげていると、「どうなさいました?」と問いかけられた。


「ああ、すまん。女の子なのか男の子なのか、どちらなのだろうと思ってな」

「どちらがお好みでしょう?」


 童が、笑みを浮かべて首を傾げた。


「好み、と言われてもな」

「無垢な少女をお好みの方もいらっしゃれば、素直な少年をお好みの方もいらっしゃる、そのように聞いておりますが」

「……そちらの趣味はない」

「失礼しました。そうでございましょうね。あんなに美しいお連れ様がいらっしゃるのですから」


 童とは思えぬ妖しい笑顔に、多々良はややたじろいだ。


「いや、玲とはそういう仲ではないのだが」

「おや、つれないことを。お連れ様はたいそうお惚気(のろけ)でございましたのに」


 絶句する多々良に目を細め、童は「こちらでございます」と歩き出した。

 広い館だった。豪族のものとすれば、かなりの力の持ち主だろう。だがこのあたりに、これほどの力を持つ豪族がいただろうかと、多々良は首を傾げた。


「誰ともすれ違わぬな」

「お客様に静かにお過ごしいただこうと。他のモノ(・・)は、近づかぬようにしております」


 まもなく、湯殿についた。

 大きな岩を組み合わせて作った岩風呂に、少しぬるめのお湯がたっぷりと張られていた。


 多々良は服を脱ぎ、湯に体を沈めた。お湯のぬるさが、張り詰めていた多々良の心をほぐしていくようだった。


「お体のあちこちに傷がございますが」


 世話をするためと称し、童は少し離れたところに控えていた。


「お薬など、必要でございますか?」

「古傷だ。もう痛みはせぬ」

「お連れ様に伺いましたが、傭兵でいらっしゃるそうですね」

「ああ」

「たいそうお強いそうですね。お連れ様が、自慢気に話しておられましたよ」

「まあ、多少腕に覚えはある」

「ご謙遜を。素手で神を倒した、と伺っておりますよ」

「……玲が言ったのか?」

「口が滑った、という感じでございましたが」


 多々良の鋭い視線に、童はひるむ様子もなく笑みを浮かべた。


「お客様のことがよほど自慢なのですね。水を向けると次々とお話しされて。あてられてしまいました」

「だから、そういう仲ではないと言っているだろう」

「ええ、そのようですね。まだ(・・)清らかな仲だと」


 まだ、を妙に強調する童に、多々良はなんと言っていいかと困惑した。


「信頼し、安心はできるが、自分には女としての魅力がないのかと思ってしまう。そうおっしゃられておりましたよ」

「玲がそんなことを?」

「少々お酒が入っておりましたので」


 笑みを浮かべたまま、童が桶を手に近づいて来た。

 多々良の目の前に桶が置かれる。中には、酒で満たされた椀が入っていた。


「後ほど宴を催しますが。湯に浸かりながら一杯、いかがでしょう」

「玲にも勧めたのか」

「意外とお強い方なのですね」


 そう、玲は意外と酒に強い。

 以前、豪族・宇嘉良(うから)の頼みで奉納の舞を舞った後、褒美の酒を求めた。「神事に酒はつきもの」と言っていたから、巫女である玲は酒に慣れているのだろう。


(椀に並々と注いだ酒を、スルスルと飲み干していたな)


 だが飲み干した後、酔ってそのまま眠ってしまった。舞の直後だったから、疲れもあって酔いが回ったのだろう。


 自分にもたれかかり、静かに寝息を立てる玲。


 さすがにあの時は、多々良も少々落ち着かない気持ちになった。無防備な顔で眠る玲に「俺とて男だぞ」と小声で文句を言ったが、眠っていたから届かない。


「おや、何か楽しい思い出でもございますか?」

「なんでもない」

「それで、お連れ様に代わって確認ですが。女性に興味は?」

「なんでそんなことを、おぬしに言わねばならんのだ」

「まだ童とはいえ、私も女。色恋ごとには興味津々です」


 喉の奥で笑う童。

 なるほど少女であったか、と多々良は嘆息する。


「お客様はなかなかの色男。その上お強いのですから、言い寄ってくる女性も多そうです。(ねんご)ろになった女性もいらっしゃったのでしょう?」

「おぬしなあ」

「さあさあ、白状してしまいましょう。お連れ様には内緒にしておきますから」

「いや、玲は知っているがな」


 出会った直後、同じ家に寝泊まりすることとなり、その時に同じようなことを問い詰められた。

 言葉を濁した多々良に、玲は冷たい表情で距離を取ったのだが――それがつい昨日のことのようだった。


(そうか、もう半年か)


 長いようで、短い半年だった。

 そしてこの半年で、玲との距離はずいぶん近くなり――玲が望むのであれば、このままずっと旅を続けるのもよいな、と思うほどになっていた。


 ああ、そういえば、と多々良は思う。

 同じように思った――傭兵をやめ、共に生きてもよいと思った女が、一人いたことを。


(今頃、どうしているかな)


 久しく忘れていた女を思いながら、多々良は酒が入った椀を手にした。


 少し、甘い酒だった。

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