15 再会 (完)
「ちゃんと、見送れたかの?」
泣き続ける多々良に、慰めるような声がかけられた。
顔を上げると、舞を終えた玲が、静かな笑みを浮かべて立っていた。
「ああ」
多々良はうなずき、罰が悪そうに笑った。
「いやはや。情けないところを見せてしまったな」
「死者を悼み泣くのは、情けないことではなかろう……愛した者であれば、なおさらな」
「そうなのだがな」
多々良は肩をすくめ、ゆっくりと立ち上がった。
「これ以上は、いつまで泣いている、と叱られそうだ。あれはそういう女だった」
「そうか」
玲は立ち上がった多々良の顔を見て、懐を探り出した。
「ひどい顔をしておるのう。手ぬぐいを……ああいかん、小屋に置いてきてしもうた」
「よいよい。手ぬぐいぐらい持っている」
手ぬぐいを取り出そうと、懐に手を入れた多々良だが、そこには手ぬぐいとは違う感触があった。
「ん?」
「どうしたのじゃ?」
「いや……」
多々良は、首をかしげつつそれを引っ張り出した。
真っ赤で細長い花びらの、見たことのない花だった。
「これは……花か?」
「そのようじゃな。妾も初めて見るの」
「はて、こんなものどこで……」
「覚えがないのか?」
「ああ」
自分で入れたのか、誰かに入れられたのか。
自分で入れたのであれば覚えているはずだが、まるで覚えがない。誰かが入れたとすれば玲しかいないが、初めて見たと言っている、それもなさそうだ。
「うーむ、心当たりがないな」
「面妖じゃの。じゃが……悪い気配は感じぬ」
玲の顔が、少しほころんだ。
「それに、なかなかに美しい花ではないか」
「なんだ、気に入ったのか?」
それなら、と多々良は手を伸ばした。
「な、なんじゃ?」
「じっとしておれよ……おう、似合うではないか」
多々良は花を、玲の髪に挿した。
白衣に緋袴という巫女姿に、よく映える花だった。
「朱火を送ってくれた礼だ。受け取ってくれ」
「ふ、普通に手渡してくれんかの! まったく……」
思いもかけない多々良の行動に、狼狽し、頬を赤らめる玲。
相変わらずの初心さに、多々良は「かわいいじゃないか」と思わず笑った。
「なんじゃ、ニマニマと笑いおって」
「いやなに」
多々良は意を決した。
「十年もたったというのに、乙女らしさが消えておらぬと思ってな」
多々良の言葉に、玲は硬い表情となる。
「お前なのだろう。十年前、俺を助けてくれたのは」
多々良の問いに、玲はしばらく黙ったままだったが。
ふう、とあきらめたように息をつくと、小さくうなずいた。
「そうじゃよ。まあ、の……さすがに気づくじゃろうな」
「ああ。あんな舞、そうそうお目にかかれるものではない」
十年前に出会った巫女が生み出した、この世で最も美しいと思える光景。
朱火を送った舞は、まさにその再現だった。この十年で多くの巫女に出会ったが、あんな舞ができる者は一人もいなかった。
「おぬしが寝ている間に済ませれば、気付かれぬと思ったのじゃが……」
多々良から目をそらし、玲は海へと目を向けた。
「まあ……気づかれても構わぬとも、思ったのじゃろうな」
ぽつり、ぽつりと玲が語る。
十年間、どうしても忘れられなかった男のことを。その男の言葉が、どれだけ玲の救いとなったかを。
「必ず生き残ると誓ってくれた。それを信じてはいた。じゃが」
玲は、海へと向けていた目を、多々良に戻した。
「こうして生きて再び会えたこと……うれしく思うぞ、多々良」
「ああ、俺もだ」
「しかしまあ、あのケガでよう生き残ったの」
「体だけは頑丈なんでな」
「ほんにの。おぬしの頑丈さにはあきれる。毒を飲んでも平気でいそうじゃ」
「いや、さすがにそれは……腹ぐらい下すと思うがな」
多々良は頭をかき、玲に問うた。
「で、玲はいつ俺のことに気づいたのだ?」
「さきほど、朱火殿と別れた理由を聞いたときじゃよ。心の臓が飛び出るかと思うたよ」
「そのわりに顔には出ていなかったようだが」
「それは、まあ、の……」
りりん、と瓢箪の鈴が、小さく鳴った。
玲は瓢箪を見ると、何かを覚悟した顔になった。
「多々良。ひとつ聞きたいのじゃが」
「なんだ?」
「おぬしは……妾が何者か、知っておるのか?」
「……さて」
多々良は少し間をおくと、軽く肩をすくめた。
「俺は豪族の長の子ではあるが、末っ子だし、村を飛び出している身なんでな。高貴な方々のことなど、よく知らぬよ」
「高貴、のう」
玲はため息をつく。
「おぬし、あほうか。知っていると答えているようなものじゃぞ」
「ん? いや俺は知らぬな。なにも、な」
「そうか」
玲は少しだけ表情を緩め、うるんだ瞳で多々良を見つめた。
「じゃが……それでよいなら。のう、多々良。妾のことは旅の巫女・玲と。そうとだけ思っておいてくれぬか?」
「お前が、そう願うのなら」
多々良は笑顔を浮かべ、力強く言った。
「お前は俺の命の恩人だ。その借りは必ず返す。お前が望むままに、俺の力を捧げよう」
「……ありがとう、の」
玲は多々良の言葉にうなずくと。
こぼれそうになっていた涙をぬぐい、安心したような笑顔を浮かべた。
◇ ◇ ◇
かつてこの地は、いくつもの豪族を束ねる大王が治めていた。
大王の傍らには、祭祀を司り神の意を伝える巫女姫がいて、政をよく助けていた。
だが十年前。
大王が亡くなると、世継ぎ争いに端を発した小競り合いが始まり、ついには国中を巻き込む大戦となった。大戦の果てに大王の血筋は途絶え、戦に巻き込まれた巫女姫と共に、国は滅んでしまった。
我こそは、次の大王に。
各地の豪族が争いを続ける中、巫女姫が残したという予言が国中に広がった。
「新たな王の傍らには、わが後継たる三姫のうちの一人がおるであろう」
その予言を聞いた豪族たちは、血眼になって三姫を探し回ったが。
巫女姫の後継、三姫と言われる三人の巫女――瑆、玲、環の行方は、十年がたった今もようとして知れなかった。