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ストリートカーテシー

作者: 柑橘眼鏡

「私、生まれ変わってももう一度あなたに会いたい。あなたと温かで平和な暮らしを一緒に過ごしたいの」


 戦火の中、突然の奇襲を受け死の淵に立たされた王女ライラックは恋人マルクの腕の中でそう願った。


「ライラック、喋らないで。僕の回復魔法で……」


 マルクは必死になりながら回復魔法を使おうとするが、残された力を使って彼女はそれを止めさせた。


「ふふっ、無理よ。この出血じゃ……。ねえ、どうしたら私だと気づいてもらえるのかしら。あなたと話すきっかけを作ることになったカーテシーなら、生まれ変わっても同じようにできる気がするけど、ふふっ、マルクは気づいてくれるかしら」


「僕なら気づくよ。絶対に気づいて見せるから――――」


 温かさを失っていくライラックの手を強く握りしめ、マルクは自身の持ちうる全ての魔力と技術を彼女に注ぐ。生まれ変わった彼女に、また会える日を願いながら……。


 ***


「――伯爵家令嬢サラーサ」


 呼ばれた年若い令嬢は広場の中心に置かれた特別な台に乗り、そして見事なカーテシーを披露した。特設会場にいる観衆からは多くの拍手やら指笛が飛び交う。が、それだけで何も起きない。彼女は台に選ばれなかったことを悟り、優雅にその場を後にした。


「――子爵家令嬢フィーア」


 また次の令嬢の名が呼ばれた。同じように見事なカーテシーを披露するも、特別な台は何も反応することはなかった。


 今日はギリント王国の建国記念日。王都では様々な催し物や出店が開かれており、お祝いムードを高めていた。

 劇や流行りの吟遊詩人に音楽隊。民衆の興味関心を惹く魅力的な催しが目白押しだったが、その中で一際盛り上がりを見せる催しがあった。それがこのストリートカーテシーだ。

 大昔から続いている催しで、建国記念のお祝いが始まると各地に特別な台が置かれた。建国記念日当日には王都で一番大きい公園に特設ステージが用意され、好きな時にカーテシーを披露できるようになる。ほとんどの民衆はこの催しがどういう意図で開催されているのか知らないが、王家主催の謎の催しであることだけは皆理解していた。

 圧倒的なカーテシーを披露すると特別な台が反応をすることも皆理解していたが、それでどうなるのかは分かっていなかった。台に認めてもらえれば国土の半分がもらえる、とか、王族と結婚できる、とか、億万長者になれる、とか。どれも噂レベルで、確証を得た話は誰も手にしていなかった。

 とにかく民衆の多くはこの催しの意図や目的を理解していなかったが、それでも美しく着飾った令嬢が見事なカーテシーを披露してくれるので国民はストリートカーテシーを好意的に捉えていた。むしろ、近年ではお相手探しの場にもなっているらしく、特設ステージでは年頃の子息が好ましい令嬢がいないかを探し、各地に置かれた台を利用する市井の人々はそこでナンパをしているそうだ。


 若い男女の出会いの場として、美しいものを鑑賞する場として、ストリートカーテシーは今年も大盛況だった。


「――侯爵家令嬢エリマ」


 特設ステージに挑む令嬢達が跡を絶たない。しかしながら、どの令嬢のカーテシーにも台が反応することは無かった。各地に置かれた台の反応も感じない。


 今年も不作か、とマルクは慣れてしまった失望感を抱きながら背もたれに寄りかかった。王族用の観覧席に置かれた椅子はマルクを柔らかくそして優しく包み込む。


「マルク、どうしたの」


 若くして王位を継承した現国王がマルクに声をかける。一見同い年に見える二人だが、マルクは不老の魔法を自身にかけその姿のまま150年生きていた。大魔法使いマルクだからこそ出来る特別な魔法なので、他の魔法使いでその魔法をかけているものはいない。


「今年もダメそうでなんだか萎えた」


「えー、萎えないでよ。この催しに結構な予算つぎ込んでるんだよ? 代々続く催しとはいえ、買い直したり修繕したりでお金かかってるんだから」


「修繕はほぼ僕の魔法で賄ってるだろ」


「そうだっけ? まあ、でもほぼマルクの私的な事情で開催されてるんだから、萎えずにちゃんと今年も見てよ」


 国王は得意の笑顔を返してまた特設ステージに目を向けた。が、マルクはなんだか気乗りしない。


「ちょっと僕、外の空気吸ってくる」


「ここも外だよマルク」


 マルクは国王の冷静な指摘を無視して王族用の観覧席を後にした。


 ***


「ねえ、知ってる? ストリートカーテシーだけど、あの大魔法使いが若い女の子のカーテシーが見たくてやってるんだって!」


「えー、そうなの? でも魔法使いさんって遠くから見る限り、そんな老けてないよね? 金髪碧眼でむしろカッコいいっていうか」


「何言ってんの。ああ見えて150年生きてるんだって。私の大おばあちゃんの頃からああやって若い女の子のカーテシーを建国記念のお祝い期間中、ずっと見てるんだってさ」


「えー、何それ。キモい」


 お祝いムードに浮かれた城下を楽しそうに歩く年若い娘の会話が否応無しに耳に入る。マルクは訂正したくなったが、表現をおおらかにしたら事実になるので、何も言えなかった。それに突然訂正のために会話に入ったら更に気持ち悪がられるだろう。それは避けたかった。


 このストリートカーテシー、王家主催と言われているが本当の主催者は大魔法使いマルクだった。150年前、戦争で引き裂かれてしまった初恋の人ライラック王女を探すために催されている。


 今でこそ平和なこの国だが、当時は隣国と戦争真っ只中。ライラックは国の宝とまで言われた美しく気高い王女だったが、それ故に命を狙われ亡くなった。


 ――――私、生まれ変わってももう一度あなたに会いたい。あなたと温かで平和な暮らしを一緒に過ごしたいの。


 死の間際の願いを受け、マルクは当時の魔力を全て注いで彼女の魂にライラックとしての記憶を封印させた。その封印を解く鍵こそカーテシーで、専用の台は封印を解くための魔法が施されている。発動させるには魂の意志とライラックが大陸一と褒められたカーテシーが必要。そのためにこの謎の催しが毎年開催されているのだった。


 戦争はライラックが命を落としたことによって情勢が変わり、他国が味方について王国が勝利。それからこの催しは建国記念日の度にずっと開催されている。が、一度たりとも台が反応したことはない。


 マルクはそろそろ諦めるべきではないかと思っていた。もう潮時なのだろう。


 生まれ変わったライラックが前世の記憶を思い出したくない場合を考慮し、魂の意志も魔法の発動条件に入れた。魂自体が望まなければ、どれだけ完璧なカーテシーを見せてもライラックとしての記憶は蘇らない。


 もしかしたら彼女の魂は別の幸せを見つけ、幸せに過ごしているのかもしれない。


 マルクはライラックが覚えている姿を維持できるよう自身に不老の魔法をかけている。この魔法を解いて、緩やかに老いていくのも悪くないように思えていた。

 いつまで彼女を待てばいいのかマルクには分からなかった。終わりの見えない道をずっと歩いているような気分だった。終わりは自分で決められる道だというのに。


 マルクは周りの賑やかな声に目を向ける。カップルで祭りを楽しむ者もいれば、家族で賑やかに過ごしている者もいる。老夫婦がゆっくりと歩きながら観光している姿も目に入り、何とも言えない気持ちになる。


 やっぱり引き返そう。そう思った時だった。

 辺りが突然ざわつく。何やら皆一点に視線を向けている。マルクもつられて近くの台に目を向けた。そして言葉を失った。


 なんとそこにはカーテシーをせずに、ただ棒立ちしている少女がいた。


 ――――おいおい、なんで台に乗ってるのにカーテシーせずに突っ立ってんの!?


 脳内で突っ込むマルクと同様に観衆も野次を入れていた。しかしながら、それらを浴びせられている少女は気にもせず、台を降りて次の人に譲った。


 考えるよりも先にマルクは身体が動いていた。


「ねえ、そこの君」


 呼びかけると彼女は顔を歪ませながら振り向いた。茶色の髪に茶色の瞳。可愛らしいが絶世の美女というわけではない。普通の年頃の娘。だが、どうしてだか気になった。彼女の奇行にも、彼女が纏う雰囲気にも。


「……はい? えっ、やだ、ナンパ?」


「違う、違う! なんでカーテシーせずに棒立ちしてたのか気になっただけだよ」


 警戒が少し解けたのか少女は歪ませた顔を戻して説明をしてくれた。


「あー、あの台ってほら大魔法使いさんの魔力が備わってるのはご存知かと思うんですけど、その魔力と私の魔力、相性が良いみたいで。あの台に乗ると簡単に魔力回復できるんですよ!」


 少女の回答にマルクは絶句する。まさかポーション代わりに活用されていたとは。本当にこの催しは潮時かもしれない。

 目の前が暗くなりながらも、何とかマルクは言葉を返す。


「そんな話、初めて聞いたよ」


「私もこのこと知ったのつい最近なんですよね。私、孤児院に住んでるんですけど、その近くにも先週から台が設置されてて。孤児院の下の子達が怪我したのを魔法で治してヘトヘトになってたところ、台に乗ったらみるみる元気になっちゃって! 期間限定の無料ポーションに大助かりです!」


「アッ、ソウデスカ……」


 片言になりながら言葉を返すのがやっとだった。そんなマルクのことはお構いなしに少女は何故か身体を近づけてきた。思わず一歩下がると彼女はその分近づいてきた。


「なんだかお兄さんの周りにいると落ち着きますね。お兄さんの周りに流れてる魔力、身体に馴染むなぁ。どこかで会ったことあります?」


 マルクは近づく少女に慄きながらも感心した。台の魔力がマルクの魔力と同じことに気づいていないが、意外と彼女は察しが良さそうだ。


「どっちがナンパだよ……」


「あはは、そうですね。ごめんなさい。そうだ、お兄さんは王都に住んでる方ですか?」


「そうだけど……」


 王都在住を認めると彼女――――リラは説明を交えながら質問をしてきた。

 話によると彼女は王都から結構離れた地区から来たようで、ここに来るのは初めてだとか。王都にある系列の孤児院訪問が目的だそうだが、実際は観光を兼ねた旅行らしい。魔法を使って稼いだ小銭が溜まったそうだ。

 孤児院の皆にお土産を買いたいそうだが、オススメはないかと彼女は尋ねてきた。大魔法使いと言われる自分にお土産屋を尋ねるだなんて面白い少女だとマルクは思った。

 たまにはこういう建国記念日も悪くはない。マルクは自分の素性を隠してリラを案内することにした。どうせ今年も彼女は見つかりはしないだろう。


 ***


「王都には本当に台がいっぱいあるんですね。どこでも回復出来て便利だなぁ」


 林檎飴と焼き菓子を両手で握り締めながら歩くリラはしみじみと言った。案内の途中、気になる店があれば買っては食べを繰り返し、いつもリラの手には食べ物が握り締められていた。子供限定のお菓子にも興味を持っていたが、流石に分別は持っているようで羨ましそうに眺めるだけにとどまった。


 そんな道中を経てすっかりマルクはリラを食いしん坊認定していた。


 食べ物以外に興味はないと思っていたので、リラが台について話してきたことを好意的にマルクは一瞬捕らえた。が、台のことを回復場所としか見ていないことに気づくと、その好意はどこかに消えていった。


「……そういうことを言うのは君だけだと思うよ。それに多分だけど、棒立ちではなくちゃんとカーテシーをしたらあの台からもっと魔力を吸収できると思うよ」


「えっ、本当ですか! 今まで勿体ないことしたなぁ。私がカーテシーしても意味がないと思って、毎年台が設置されても突っ立ったり、踊ったりするだけで、カーテシーは一度もしたことないんです」


「そんな風に使う人、いるんだ……」


「都心は真面目にカーテシーしてるかもですけど、田舎はそんなもんですよ」


「ソウデスカ」


 傷ついたマルクは言葉を返すのにやっとだった。来年の台の設置場所は再検討しなければならなさそうだ。

 気を取り直してマルクはリラに別の話題を振ることにした。


「リラは魔法使えるんだね」


 魔力は誰にでも備わっているがそれを魔法として使える人は限られている。マルクに流れる魔力に覚えを感じているリラはなかなか筋が良いように思えた。


「それなりに、ですけどね。そろそろ孤児院を出て独り立ちしなきゃいけないので、この技術で就職先が見つかるといいんですけど、ちょっと心配で」


「困ったら相談してよ。魔法系の仕事なら結構良いところ紹介できると思う」


 マルクはそう言った後、一人で驚いた。ほぼナンパに近い言葉をかけてしまうとは思わなかったのだ。リラの実力が判明しているわけではないのに、調子のいいことを言ってしまった。


「あはは、本当ですか? お兄さんの言葉、信じちゃいますよ?」


「まあ、まずは実力見せてもらわないとね」


「それなら任せてくださいっ。私、魔力不足によく陥るんですけど、今なら台に乗ったらすぐ回復しますもの!」


 胸を張りながらリラは言った。


「……あの台はそういう目的じゃないんだけどな」


 そうぼやくマルクにリラが食い気味に言う。


「分かってますよ! ライラック王女を探すために置かれているんですよね?」


 リラから彼女の名前が出てきたことにマルクはただただ驚いた。世間一般の答えである変態大魔法使いの話が返ってくると思っていたのに。


 マルクが反応を何も返さないことを気にも留めず、リラは話を続けた。


「私、ライラック王女伝説が好きで! うちの孤児院、ライラック王女が戦争で孤児になった子供たちのために作った孤児院で、孤児院の子は皆この話を知ってますよ。お兄さんは知ってますか?」


「あ、ああ。もちろん」


 知ってるも何もその時代をマルクは生きていたし、ライラックが慈悲深いことをマルクは誰よりも知っている。

 マルクとライラックの出会いだって、彼女の優しさがなければ生まれなかった。


 まだマルクが魔法使いとして駆け出しだった頃、マルクは同盟国に魔法部隊の力量を見せる場で失敗。そんな雰囲気最悪な中、突如現れたライラックが見事なカーテシーを披露した。

 優雅で凛とした美しいカーテシーに会場は釘付け。張り詰めた空気は打って変わって和やかなものになった。そのおかげで、落ち着けたマルクは魔法をやり直すことができ、同盟国との関係は悪化せずに済んだのだった。

 もう遠い昔の思い出だが、マルクにとっては忘れられないシーンだ。死に際にライラックもこのことに触れていたので、彼女にとっても忘れられない思い出だったのだろう。情けないところを見せたマルクとしては微妙な気持ちになるが。


「……リラはこのストリートカーテシーをどう思う?」


 ライラック王女伝説を愛する彼女の目にこの催しはどのように映るのか、マルクは興味を抱いた。


「ロマンティックだなぁと思いますよ。第三者としてはですけど。残された大魔法使いさんのことを考えると何とも言えないですね」


 目の前にその大魔法使いがいるとは知らずに彼女は続ける。


「だって、ずっと王女を探しているんですよ? 王女に出会えるか分からないのに、今日だってこうやって台は用意されてますし。負担じゃないのかなぁ、しんどくないのかなぁって。私が王女様だったら、申し訳ない気持ちになるかも。大魔法使いさんのその後の人生を縛っているような気がして。まあ、大魔法使いさんがそれで良いと思っているならいいんですけど……」


 自分の心を見透かされたような言葉がマルクの心に突き刺さる。負担じゃない、辛くない。そうすぐに答えられたらどれほど楽だっただろう。ライラックにまた会いたいと思う気持ちはあの頃と変わりはないが、終わりの見えない道をずっと歩き続ける体力があるかと問われると返答に困ってしまう。


「…………? 固まっちゃってどうしたんですか?」


「いや、そういう意見もあるんだ、と思って。驚いただけだよ」


「えー、そんな珍しい意見でしたか? じゃあ、お兄さんはどんな考えをお持ちなんですか?」


「僕は……」


 なんて返せばいいのだろうか。マルクはその後に言葉を続けることができなかった。

 ライラックが今のマルクの悩みを知ったらきっと「私のことは忘れて」と言っただろう。苦しむマルクの姿を見たいとは思わないはずだ。だからと言って簡単に諦められる話ではない。

 何も言えないマルクを不思議そうにリラが見つめる。何か答えないといけない。

 焦ってはいけないとゆっくり呼吸を行い、複雑に交差する感情を一先ず置いてみる。すると、単純な答えが手に入った。


「大魔法使いもそりゃ色々とあるだろうけど、やっぱり王女様に会いたいんじゃないかな。王女様に会いたいから、国を巻き込んでこんな催しをやってるんだと思うし。だから見つかるといいなと思ってるよ」


 はっきりと考えを言えたマルクはすっきりとした気持ちでいた。止めようと思えば止められる催しに、老けようと思えば老けられる状況。それでも全部維持しているのは、根っこの部分でライラックに会いたいからだ。


「お兄さんってロマンティストなところありますね」


 リラは満足げな笑みを浮かべながらそう言う。そして続けて言葉を紡いだ。


「……って。そういえば私、お兄さんの名前を聞いてませんでしたね。お名前教えてください!」


 マルクは悩んだ。正直に答えるべきか、適当な偽名を伝えるべきか。

 きっと偽名を教えた方が良いのだろう。何せ相手は珍しくライラック王女伝説を知っている。その伝説にはマルクの名前だってもちろん出てくる。台に流れる魔力の出処であるマルクの魔力を懐かしいと言ったリラだから、場合によってはその場で正体が明かされるだろう。そうなったら面倒だ。せっかく出来た新しい縁なのに。

 でも、不思議と彼女には本当の名前を伝えたくなった。嘘偽りなくありたいと思った。まだ出会って一日も経っていないのに。


「僕の名はマ――――」


 意を決して自分の名前を口にする。

 が、それを上書きにするほど大きな悲鳴が辺りに響いた。


「いやぁぁぁッ! ピーター! どうしたの、ピーター!」


 悲鳴の方向に視線を向けると必死の形相をした女性が子供を抱きかかえていた。

 抱き抱えられた男の子は顔面が赤色に染まり、口から泡を吹き出している。


 リラは誰よりも早く駆け寄り、治癒の魔法をかけていく。マルクも急いでそちらへと向かった。


「うーん、熱はないな」


 子供の額に手を当てながらリラは症状を確認していく。マルクも治癒の魔法をかけると、男の子はみるみる元の色に戻り、表情も柔らかくなった。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 女性は涙を流しながらお礼を言った。


「間に合って良かったです。今日、祭りで何か食べたりしましたか?」


 落ち着き始めた女性にリラが声をかける。女性は涙を拭いながら答えてくれた。


「は、はい。子供限定の焼き菓子を。でも、食べてから暫く経ってて……」


 子供限定の焼き菓子。リラが羨ましいと見ていたお菓子に違いない。確かあれは太陽の形を模した赤い色の焼き菓子だったはず。


「リラが興味持っていた焼き菓子だよね? あれ、赤かった。着色料として紅赤草を用いるのが一般的だけど……」


「見た目が似ている猛火草と間違えた可能性がありますね。孤児院でお菓子作る時、私も気をつけてました。って、それって焼き菓子に問題があるってことですよね……?」


 マルクとリラが顔を見合わせる。子供限定で配布されていた焼き菓子は1店舗だけだが、多くの子どもたちが受け取っていた。――――被害はもっと大きくなる。


「いやああぁぁ! な、なんで、どうして!」


「だれか、誰かうちの子を助けて!」


 また遠くから悲痛の声が聞こえてきた。反対側からも同様の声が聞こえてくる。


 限定のお菓子を何人の子供が受け取ったか分からないが、被害は相当な規模になるだろう。


「これは僕らでどうにかできる範疇を超えている。兵士に報告して協力を仰いで――――」


「お兄さん、あの台の上でカーテシーすれば魔力もっと回復出来るんですよね」


 リラはマルクを真っ直ぐに見つめた。その瞳はとても意志が強く、なにより澄んでいた。


「あ、ああ。多分だけど」


「分かりました」


 マルクの返事を受け、リラは颯爽と最寄りの台へと向かう。列に並んでいた女性達はリラに道を譲っていった。皆彼女の行動を固唾を呑んで見守っている。


 リラは台の中心に乗ると深呼吸を行いそして――――。


 カーテシーを行った。


「…………」


 その出来は周りが言葉を失うほど酷いものだった。体幹が鍛えられていないからか不安定で、ぎこちない。誰が見ても無様なカーテシーだった。


 でも、マルクの目には違って見えた。美しさとは程遠いカーテシーだったが、誰かを救いたいという強い意志を感じさせるカーテシーは、マルクが大昔見たことのある景色だった。


「――ライラック」


 そうマルクが呟くと"彼女"と目があった。


「――マルク」


 教えていない名を彼女が口にすると、突如台が光りだす。溢れ出る光はマルクが封印解除のために注入した魔力の輝き。彼女はその光に包まれながら治癒の魔法を発動させた。


 紡ぎだされた治癒の魔法は辺りに広まり、そして王都は優しい光に満たされた。


 美しくそして荘厳な光は程なくして消え、残ったのは台の上に立つ少女だけだった。

 考えるよりも先にマルクは身体が動いていた。


「ライラック」


 改めて呼びかけると彼女は恥ずかしそうに笑った。


「……酷いカーテシーだったのによく気づいてくれたわね」


「気づくよ。見た目も動作もあの頃と違ったけど、でも確かに君だった。堂々としていて、それでいて優しく、誰かを守りたいという気持ちに溢れたカーテシーは、あの頃と何も変わらないよ」


 振り返ればマルクはカーテシーをする前からリラのことが気になっていた。彼女の魂に眠るライラックの記憶にマルクは引き寄せられていたのだろう。


「ふふっ。なら、よかったわ。……待たせてしまってごめんなさい」


「もう、いいんだ。もういいんだよ」


 そう言ってマルクはリラ――――ライラックをゆっくりと抱き寄せた。


「ライラック、会いたかった」


 あの時とは違う、確かな温かさを噛みしめながら。


 ***


 その後、ド派手な光が王都を包み、苦しんでいた子供たちが救われ、そして特別な台がついに反応したことが一気に人々に伝わり、建国記念日のお祭りは最高潮の盛り上がりを見せ、その日は夜が更けても国民の熱が冷めることはなかった。


 建国記念日が過ぎ、日常に戻り始めた頃、マルクはリラと共に国王へ挨拶をし、これから二人で旅をすることを告げた。


「よかったね、マルク」


「ストリートカーテシーの役目はもう終えたから、来年から予算削減できるよ」


「いやぁ、それなんだけど、君たち二人の話が盛り上がってるみたいでさ。益々恋愛成就の舞台として注目されてるみたいで。他国からの観光資源にもなりそうだから来年の実施どころか常設する予定だよ。だから台の修繕は付き合ってね」


 思いもよらぬ継続発言を受け、マルクは困惑したが悪い気分ではなかった。リラは自分が編み出した棒立ちスタイルが流行って欲しいと言っている。……流行ることはないだろう。


 リラ――――ライラックはリラとして生きることを選んだ。ライラックとしての生涯は終わっているので、リラとして引き続き生活をしていきたいと彼女は言った。だから呼び名もライラックではなくリラにしている。

 ライラックの記憶が戻ったことに対して質問したところ、彼女からはこう返ってきた。


「うーん、不思議な感じよ? ライラックだった頃も覚えているし、リラの記憶ももちろんあるわ。それでいて身体はライラックと作りが違うもの。体幹が鍛えられていないから美しいカーテシーをお見せできるのは当分先ね。だからと言って混乱しているわけではないの。それぞれ整理が出来ているというか。ライラックとリラが不思議と混ざっているの。ああ、でもね、一つだけ不思議じゃないことがあるの。ライラックもリラも、あなたに惹かれていることだけは変わりなかったのよ。ふふっ」


 そう真っ直ぐ伝えてくる彼女にマルクは為す術もなかった。


 二人の最初の旅先がリラの育った孤児院だったことだけは知られているが、その後、どのように過ごし、どこを旅したのかは謎に包まれている。

 ただ、観光資源となったストリートカーテシー用の台で棒立ちする女性の姿が確認された旨の報告がたまにあったそうだが、それが二人なのか知る由もなかった。

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