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魔法少女、令和の病院の命を救う  作者: 加藤かんぬき
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新しい仕事 新しい名字

 翌日の病院。救命センターの控室であたしの気は重かった。サフランに名札を用意したのだが、この説明をしないといけない。ここの病院の名札は首から下げるタイプ。


「あのねサフラン。昨日、看護師長からも言われてあなたの名前を用意したの。それでね、あなたって名字がないじゃない? あなたがヨーロッパ系の顔で名前しかないと、特にお年寄りの患者さんから色々言われて面倒くさいかもなの。


 だから、あたしが名字を考えた。『総山ふさやまサフラン』。あなたがサフランだから『ふさ』。山はあたしが星山だから。これだとあなたが覚えやすいでしょ?

 人から呼ばれて反応してもらわないと困るから…。今日からあなたは総山サフラン。よろしいかしら…」


 我ながらネーミングセンスの無さに辟易する。もう名札も作っちゃったし、これ以上考えられないわ。これで気に入ってもらえないととっても困っちゃう。

 サフランは無表情で考え込んでいたようだが、やがて笑顔で言った。

「あたし、総山サフラン! 新しい名字! 総山!」


 やった! 気に入ってくれたみたい!

「総山サフランさーん?」

「はーい!」

「総山サフランさーん!」

「はーい!」


 後から彼女から聞くことだけど、サフランの周りは訳ありで偽名で生活している人達が多かったらしい。彼女の育ての親も婿養子になることで、旧姓を隠していたそうだ。サフラン達は何年も一緒に暮らしていたが、育ての親の旧姓は未だに知らないらしい。

 サフランはその偽名とかもう一つの名前などに憧れを抱いていた。結局、彼女は名字がもらえれば何でもよかったわけ。とほほ…。


 名札をぶら下げたサフランはこの上なく嬉しそう。ひとまずめでたし。


 今日からあたし達は新しい仕事。

 あたし達に最初に指令が出た場所は終末期病棟。ここは老衰ろうすいや治療不可能の病気で余命いくばくしかない患者さん達が集まる所。

 患者さん方には最期の時間も穏やかに過ごして欲しい、終末期病棟のスタッフさん達はそんな願いもあって緩和ケアに取り組んでいるの。


 そんな中で最近、この病棟で二人の患者さんが骨折したらしい。寝たきりのお年寄りは骨がもろくなって骨折しやすい。ちょっとしたことで事故が起こる。一人は窓を開けようとしてベッドから落ちて骨折。もう一人はトイレの移動中に付き添いの看護師さんが手をすべらせて、患者さんが床に手を付いて骨を折った。


 職員が気を付けても起こってしまう悲しい事故…。でも! 今日はサフランがいる! すぐに回復してくれるわ!

 あたし達は病棟のナースステーションで許可をもらって中垣さんという大柄な看護師さんの案内で、二人の患者さんの部屋へ移動する。部屋の外から見えるベッドで眠る患者さん。あの人がそうね。


「サフラン、あの人に回復魔法をかけて欲しいの。もうちょっと近づいた方がいい?」

「ここからで大丈夫だよ。…スタフ・ワンズオゥルド……」

 サフランが患者さんから離れた位置で大回復ハイキュアという魔法をかけた。

 女子レスリング選手みたいな看護師の中垣さんが怪訝けげんな声で言う。


「もういいの?」

「たぶん! 後で患者さんに具合を聞いてください」

「次は花田マリさん、八十四歳…。隣の部屋よ」

 また移動、続けてサフランに回復魔法を唱えてもらう。


「では痛みの具合をつぶさに観察してください。あたし達は休憩室で一度待機します」

 あたしとサフランは二人だけで休憩室に行くとサフランが自動販売機を指差した。

「リンゴとか好き?」

「うん!」


 あたしがリンゴジュースをサフランに買ってあげるとさもおいしそうに飲みだす。

「うわぁー! すごいおいしい!」

 ふふふ。異世界の人って純粋でいいわよね。毒されてないというか。なんでも新鮮に感じるんだわ。素敵。

 幸せそうなサフランを見ていたら、さっきの大きな看護師さん、中垣さんがこちらにやって来た。顔が…、感極まった表情だ。


「さっき、治してもらった、花田マリさん! もう痛くないって! 腕が勝手に治ったみたいに痛みがなくなったって言ってた! すごく嬉しそう!」

 中垣さんの瞳から大粒の涙が流れている。


「花田さんは私が手をすべらせて床に落としたの! 私が人から呼ばれた時にうっかりして! 私のせいで花田さんが骨を折って…。激痛だろうに、私を全然責めなかったんだよ! 今まで彼女、『気にしないで』って無理に笑顔を作ってた! 私、私、苦しくて…。ああーっ!」

 中垣さんは床に膝を付けて号泣。サフランが彼女の頭をなでる。


「よかったね、よしよし」

 あたしも思わずもらい泣きしてしまった。気持ちはすごくわかる。この人は私と同じでたぶん病院を辞めようと思っていたんだわ…。

 ありがとう、サフラン!


 次にあたし達が訪れた場所は循環器血管外科病棟。簡単に言えば、心臓病の患者さんが集う所。心臓外科とも呼ばれている。

 心臓の手術を始める前の患者さんと終えた患者さんがベッドで静かに過ごしている。お年寄りも大勢いる。


 心臓の手術って体を大きく切って患者さんの負担もすごいの。お年寄りなんかが特にそう。ここにも心臓が治っても体の自由が効かなくなった患者さんが何人かいた。転院も難しかったみたい。

 そこでサフランが魔法で回復。患者さんが次々と元気になった! 今まで寝たきりだったおじいちゃんが急に歩き出したりしてスタッフみんな大喜び!


「もう退院したいよー!」

「元気になったから外に出たいー!」

 ベッドが空けばまた新しい患者さんを迎えることができる。おじさん先生達がハイタッチして喜んでるわ! 普段は怖い顔してる先生方もこんな顔をするのね!


 そんな和気あいあいとした雰囲気の外から大声が聞こえた。

「急患です! 通してください!」

 慌ただしくベッドで患者さんが送られて来た。心臓内科からの急患らしい。かなり顔色が悪い。廊下で心臓内科の先生と心臓外科の先生が何かを話している。


 その患者さんに心エコーはやったけど、造影剤ぞうえいざいアレルギーのため、カテーテル検査ができないらしい。造影剤を使ったカテーテル検査は簡単に言えば、血管の流れが見えるレントゲンね。普通のレントゲンは止まった常態しか見えないけど、造影剤の検査は血管の動きがリアルタイムで見えるわ。


 とにかく、そんな検査ができないから、サフランが魔法で透視することになったの。そして患者さんの心臓を視たサフランが騒ぎ出した。

「心筋が壊死えししてる! 心筋梗塞しんきんこうそく! このままじゃ患者さんの命が危ないよ! 先生達、早く手術して!」


 サフランの一声で手術が決まってしまった。手術は冠動脈かんどうみゃくバイパスというもので患者さんの脚にある静脈を切り取って心臓に移植するもの。

 サフランの今日の予定を変更して彼女は心臓外科の手術に付き合うことになった。

「画期的な検査方法だ!」


「高校生みたいな女の子に任せて! わはは!」

「魔法があれば手術の失敗もないぞ!」

 先生達は大喜びだった。無事終わった手術に患者さんのご家族も心の晴れた顔をしていた。


 その日の晩、ご飯を食べたサフランはアニメのオズの魔法使いに夢中。それも靴下はその辺に脱ぎっぱなし、ご飯の後片付けもしない。洗濯物なんかも手伝わない。おまけにあたしの掃除機をうるさいと言い出す始末。

「ちょっと! サフラン! あなた、孤児院でもこんなんだったの⁉」


 孤児院育ちって品行方正なイメージがあるんだけど!

「お手伝いさんが全部やってくれたもん。うちは金持ちだったんだよー」

 聞けば、昔は貧乏だった孤児院だけど、サフランの育ての親なる人が陰で何か活躍していたらしい。それに支援者が喜んで孤児院に多額の援助を施していたそうだ。


「立派なおうちだったー。よその子供とかうちの孤児院に住みたいって羨ましがってたよ!」

 ちょっと! サフランの育ての親! あなたの顔が見たいわ! 教育が下手すぎ!

「病院と家でギャップがありすぎだわ! みんなにサフランの真の姿を見せてあげたい!」


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