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お年玉の魔法

作者: ウォーカー

 これは、正月に両親からお年玉を貰った、ある男の子の話。


 使っても使っても無くならない、中身が増えるお年玉袋があったとしたら。

それは、子供の夢を具現化したものだろうか。

それとも・・・。


 元日、新年最初の日。

しかし、子供にとっては、

大人からお年玉を貰うことが目的の大半を占める日。

お年玉と言えば、

サンタクロースに貰うクリスマスプレゼントなどとは違い、

幼い子供が自分で使い道を決めることができる、唯一と言っても良い機会。

小学三年生であるその男の子も、同年代の子供の例に漏れず、

両親からお年玉を貰うのを心待ちにしていた。


 「あけましておめでとう。」

「はい、あけましておめでとう。」

「おめでとう。」

元日の朝。

その男の子は自宅で両親と新年の挨拶を交わしていた。

挨拶をしながら、顔にニヤニヤと笑顔を浮かべている。

それがお年玉を期待してのことなのは、両親でなくとも分かっただろう。

両親は顔を見合わせて苦笑い、

それから父親がその男の子に小さな封筒を差し出した。

「ほら、お年玉だ。

 これが楽しみだったんだろう。」

「うん!パパ、ママ、ありがとう!」

その男の子は自らの欲望を包み隠そうともせず、

父親が差し出したお年玉袋を嬉しそうに受け取った。

意地汚く封を開けて中身を確認し、驚いた様子で声を漏らした。

「・・・なに、これ。」

呆然とするその男の子の手の上には、千円札が一枚だけ。

お年玉袋の中身を覗いたり振ったりしても、もう何も出てこなかった。

お年玉は千円。

小学三年生のお年玉としては、いささか少なかったらしい。

先程までの笑顔はすっかり曇ってしまい、父親を見上げて不満を口にした。

「今年のおとしだま、これだけ?

 千円って、去年までと同じだよね。

 小学三年生になったら、お年玉を増やしてくれる約束じゃなかったの。」

不満をぶつけられた父親は頬を一掻き、

ばつが悪そうな顔でその男の子を見下ろしていた。


 その男の子がお年玉が少ないと文句を言うのには理由があった。

去年、その男の子が小学二年生だった頃、

両親から貰ったお年玉は千円だった。

幼い子供にはそれで十分だろうと、特に問題にもならなかった。

しかし、その際、どういう話の流れだったか、

小学三年生ともなれば一人前の大人扱いしなければ、という話になり、

その男の子はそれを、

次のお年玉は増額して貰えるという意味で受け取っていたらしい。

また、両親側にも事情があった。

両親にとっての不運、それは、

師走の忙しさと、現金を持ち歩かない生活が重なって、

お年玉袋に入れる現金を用意しておくのを、

すっかり忘れてしまっていたことだった。

両親の口座がある銀行のATM、現金自動預け払い機が、

年末年始はシステムメンテナンスの為に使用できなかった。

などという説明は、幼い子供には通じないだろう。

そうしていくつかの思い違いと不手際が重なって、

正月早々から子供の機嫌を損ねることになってしまったのだった。


 お年玉が少ないと駄々をこねるその男の子。

掛ける言葉が見当たらず困り果てた両親。

子供に聞こえないようにそっと相談するが、

父親も母親も現金の持ち合わせが無い様だった。

仕方がなく、駄々っ子の説得という難題に立ち向かうため、

父親は屈んで頭を子供の目線まで下げると、

息子であるその男の子に優しく語りかけた。

「ごめんな、パパが用意するのを忘れてたのが悪いんだ。

 明後日まで待ってくれたら、ちゃんとお年玉を渡せるんだけど、

 それまで待てないかい?」

しかし、その男の子は膨れっ面で頭を横に振った。

「明日、おともだちと一緒に買い物にいく約束してるの。

 だから、あさってじゃ間に合わない。」

「そうか、それは悪かったなぁ。

 明日までにはどうしても用意できそうもないんだけど、

 それじゃあ、その代わりに良い物をあげよう。」

「良い物?」

「そうだ。

 実はね、お前にあげたそのお年玉袋は、

 使っても使っても中身が無くならない、魔法のお年玉袋なんだ。

 今は千円しか入って無かったけど、

 何日かすると中身が増えて、また千円が入ってるよ。

 もしも、お年玉としていっぺんに三千円や五千円を貰ったとしても、

 使ったら無くなってしまうだろう?

 でも、その魔法のお年玉袋は、千円を使ってもまた出てくるんだ。

 何回か繰り返せば、三千円や五千円なんてすぐさ。

 一度限りのお年玉と、中身が増える魔法のお年玉と、どっちがいい?」

父親にそう言われて、その男の子は考え込んだ。

欲しい物なんていくつもある。

おもちゃだの運動靴だの自転車だの、数えたらきりがない。

その中の一つを、今年のお年玉で買うつもりだった。

しかし、もしも中身が増える魔法のお年玉袋なんてものがあったら、

一つと言わずにいくつでも、あるいは欲しい物を全部買えるかもしれない。

小学三年生ともなれば、もう簡単に魔法を信じるような歳でもない。

しかし、両親から魔法のお年玉袋と言われれば、

ひょっとしてという気もしてくる。

迷っているその男の子に、父親が駄目押しする。

「どうだ。

 一度きりのお年玉と、

 何度でも使える魔法のお年玉と、どっちがいい?」

「それは・・・魔法のお年玉、かな。」

「そうだろう。

 それなら、今日のところはそれで我慢してくれるかい?」

「・・・うん。」

その男の子が不承不承頷いたのを見て、

父親はニンマリと笑顔になって、その男の子の頭を撫でた。

息子の機嫌が直って、母親も一安心。

そうして、その男の子は、

予定より少なかったお年玉の代わりとして、

中身が増えるという魔法のお年玉袋を貰うことになったのだった。


 それから数日後。

中身が増える魔法のお年玉袋の効果はすぐに現れた。

朝、その男の子が目を覚ますと、

枕元に置いてあった魔法のお年玉袋の中に、

千円札が一枚、収められていた。

もちろん、寝る前は中身は空だったはずで、

これが両親が言う魔法の効果かと、

その男の子は大喜びで両親の元に駆け寄った。

「パパ、ママ、これを見て!

 パパの言った通り、お年玉袋の中に千円入ってたよ!

 中身が増える魔法のお年玉袋は本当だったんだね。

 これ、本当に貰っていいの?」

「ああ、良いさ。

 お正月に良い子にしてたご褒美だ。」

「ちゃんと使い道は考えて、無駄遣いしちゃ駄目よ?」

「うん、ありがとう!」

魔法のお年玉袋を手に喜ぶその男の子に、両親も笑顔になる。

そうしてその男の子は、

中身が増える魔法のお年玉袋の効果を実感したのだった。


 それから数ヶ月の時が過ぎて。

魔法のお年玉袋は、その中身を増やし続けていた。

毎日というわけではなく、およそ月に一回ほどの割合で、

魔法のお年玉袋の中に千円が収められていた。

最初こそ、自由に使える現金を手に入れて、

その男の子はホクホク顔で喜んでいたものだった。

しかし、小学三年生ともなればやはり、

魔法と言われて黙って信じ続ける歳でもない。

やがて、その男の子は、

魔法のお年玉袋のカラクリを考えるようになっていった。

中身が増えるのは何故なのか。

魔法のお年玉袋の正体は何なのか。

両親は何故、それを自分にくれたのか。

しかし、いくら考えていても、

自分だけで結論に至ることはできなかった。

そうしてとうとう、その男の子は、

魔法のお年玉袋の正体について、両親に聞いてみることにしたのだった。


 ある日の夕刻。

父親と母親とその男の子が夕食を囲む食卓で、

その男の子は箸を置くと、父親と母親に話を切り出した。

「パパ、ママ。

 聞きたいことがあるんだけど、いいかな。」

「ああ、いいぞ。」

「学校で何かあったの?」

「ううん、学校のことじゃないよ。

 聞きたいのは、今年のお正月の事。

 今年のお正月に、魔法のお年玉袋を貰ったよね。

 中身が増えるってやつ、あれは何なの?」

その男の子の真っ直ぐな目に、父親が無作法に箸を舐って応えた。

「何って、あれは魔法のお年玉袋さ。

 お前にあげる時にそう言っただろう。」

父親の応えは、正月にお年玉を貰った時と同じ内容。

しかしそれから数ヶ月が経って、その男の子はもう納得しない。

頭を左右に振って再度尋ねる。

「そうじゃないよ。

 魔法のお年玉袋なんてものは存在しない。

 それはもう分かってるんだ。

 中身にお金を入れてくれてるのは、パパとママだよね。

 僕が学校に行っている間とか、寝てる間だとか、

 僕に気付かれずにお金を入れるチャンスはいくらでもあるもの。

 それは良いんだ。

 聞きたいのは、魔法のお年玉袋をくれた理由だよ。

 どうしてそんなものを僕にくれたの?

 僕をからかったわけじゃないよね。」

その男の子が話す内容はしっかりしたもので、

幼子おさなごの成長を感じさせるものだった。

大人にとってみれば、正月から僅か数ヶ月。

しかしその数ヶ月に息子の確かな成長を感じ取って、

父親と母親は顔を見合わせてしみじみと笑顔になった。

それから、父親がその男の子に向かって説明を始めた。

「お前は、魔法のお年玉袋は何だと思うんだい?

 パパとママに話してごらん。」

魔法のお年玉袋とは何なのか。

逆に尋ねられて、その男の子は改めて考える。

それが分からないから、こうして両親に聞いたのだけれど、

それでもなお自分の頭で考えて、言葉として吐き出す。

「魔法のお年玉袋の正体は、もちろん魔法なんかじゃない。

 お年玉袋の中にお金を入れてくれるのは、幽霊でも神様でもない、

 亡くなったおじいちゃんでもなければ、サンタクロースでもない、

 パパとママだ。

 そしてその中身は、いつも決まって千円。

 中身が増えるペースは、月に一回くらい。

 貰ったお金は、僕が自由に使って良いことになってる。

 もちろんこれは、誕生日プレゼントじゃない。

 僕の誕生日は六月だから、お正月に貰うには時期が違う。

 決まったプレゼントでもないのに、定期的に貰えるお金、

 ということになる。」

それは何だろう。

その男の子は考え込んでいる。

食べかけの夕飯を前に、腕組みしてうんうん唸っている。

その姿を見かねて、母親が横からそっと口添えした。

「わからない?

 正解は、お、から始まる五文字の言葉よ。」

お、から五文字の言葉。

と言われて、その男の子がさらに首を捻っている。

お、から始まる言葉とは何だろう。

駄賃だちんはひらがなにしても四文字にしかならない。

その男の子が黙って考えていると、更に父親が口を挟んできた。

「お、で始まる五文字で分からなければ、

 こ、で始まる四文字を考えてごらん。

 お前が去年までは貰って無かったものだよ。」

こ、で始まる四文字と言われて、その男の子が眉を上げた。

「こづかい・・・おこづかい!」

「そう、正解だ。」

その男の子がやっと正解にたどり着いたのを見届けて、

母親はにこにこと笑顔になり、

父親はすっかり冷めてしまった味噌汁をすすったのだった。


 中身が増える魔法のお年玉袋の正体は、お小遣こづかい。

そう言われてもなお、その男の子はピンと来ないようだった。

夕飯を食べる父親に話しかける。

「あの千円はお小遣いだったんだね。

 でも、お小遣いがどうして何度も貰えるの?」

「お前はまだ貰ったことが無かったものな。

 あのな、お小遣いって言うのは、

 一回限りのものと、毎月貰えるものとがあるんだよ。

 去年の正月に、お前がパパとママとした約束を覚えてるかい?」

「えっと、お年玉を増やしてくれるって・・」

「違うよ。

 あの時にパパは、お前を一人前の大人として扱うって言ったんだ。

 パパも正月にそれを思い出してな。

 もうそろそろ、お前には毎月のお小遣いをあげても良い頃だと思ってね。

 それをちょっと早めたんだよ。

 その場限りで貰うお年玉やお小遣いと違って、

 毎月決まった額を貰えるお小遣いは、使わずに貯金しておくこともできる。

 自分で使い道を決めてお金を使う練習をしてごらん。

 パパもママも、大人はみんなそうしてるんだ。

 そうやってお前も、大人になる準備をしていくといい。

 それが、お前を一人前の大人として扱うって約束の意味だったんだ。」

幼い子供にとってお小遣いとは、思いもよらず天から降ってくるご褒美。

しかし、毎月決まった額のお小遣いを貰うようになると、

お金の使い方は全く違うものになる。

お金をいついくら使うか計画できるようになる。

お小遣いを半分貯金して、

次のお小遣いと合わせてもっと高価なものも買えるようになる。

お金を稼ぐことを知らない幼い子供にしてみれば、

毎月財布にお金が追加されるなんてことが起これば、

それは魔法のようにみえるかもしれない。

お金が足りなくて買えないはずのものが、貯金して買えるようになったら、

それもまた魔法のようにみえることだろう。

両親はその男の子に、そんな魔法の使い方を教えたかったのだった。


 そんなことがあって。

その男の子は、毎月に決まった額のお小遣いを貰うようになった。

お小遣いの使い方を計画するようになって、

お金を貯金して高価なものを買えるようになったり、

はたまた使いすぎてお小遣いの日までひもじい日々を過ごしたり。

そうしてその男の子は魔法の使い方を覚えていった。



 それから遥か後。

あの魔法のお年玉袋を貰った正月の一件で、

自分が父親から一回分のお年玉をちょろまかされたことに気が付いたのは、

その男の子がお年玉袋の中身を入れてあげる側になってからのことだった。



終わり。


 お正月も過ぎつつありますが、お年玉をテーマにしました。


子供の頃に親からお年玉やお小遣いを貰っていたことを思い出して、

それが当たり前のことではなく、

まるで魔法を起こすような大変なことだったのだと、

自分も大人になってから改めて実感しています。


大人は偉大な魔法のようなことを成し遂げますが、

その反面とても狡賢いということを、最後の落ちとして入れました。


お読み頂きありがとうございました。


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