六話 心優しき者はすぐ側に
今から八年前。人々が幸せに暮らす中、ある噂が広まっていた。いや、その以前から広まっていたのが正しいだろう。その真実を知る組織の存在を人々は知らない。組織に育てられた少女が男と手を繋いで歩いていた。
「ゔぁんぱいあってなあに?」
少女の問い掛けに男は唸るように呟き、どう説明しようか考えた。だが、どうやって説明すればいいか思いつかない。黙り込む男に少女は更に問い掛ける。男は言葉が出てこない状況に思わず苦笑いし立ち止まってしまう。少女はむっとして機嫌を悪くしてしまうが、ハッと何かを思いつき、頬が緩む。
「わるものなんだよね?」
男は少女を真っ直ぐ見詰める。少女は気難しい顔をしている。きっと、発した言葉『悪者』を想像したのだろう。
「良い悪者もいるかもしれない。心が優しい悪者が」
男は少女を安心させようと嘘を吐いた。少女は表情を変えた。
「ほんとう? じゃあ、」
「でも、危ないから近付いちゃ駄目だ。絶対にだ」
少女に言い聞かせるように言葉を口にする男の眼差しは真剣だった。その理由は少女には知らない真実にある。男は事実を知っていた。たとえ、いずれ知ることになっても今は言えなかったのだ。少女はきっと哀しむだろうからと。
男の言葉に少女は悔しそうな顔をしていた。優しい悪者ならば一度でもいいから近付きたい気持ちが少女にはあるが、男から忠告を受けた以上、守らなくてはいけないと思ったのだ。好奇よりも誠実のほうが勝った。ただそれだけの事だ。それほどまでに男を信用していた。何せ、二人は何か有る度に一緒にいる事が多かった。
「分かったかい? 危険だから、絶対に近付いちゃ駄目だ」
少女が返事もせず、ただ立ち尽くしていることに男はもう一度忠告した。少女は再び悔しそうな顔を浮かべ、男に向き直った。
「わかった!」
「良い返事だ。じゃあ行こうか」
男は少女の頭を優しく撫でると、離していた手を再び繋ぎ、少女とともに目的の場所へと歩いていった。
*
イアンは目を覚ました。どうやら、夢を見ていたようだ。隣にはリックが眠っていた。イアンはリックを起こさないようにそっと起き上がると、リックを見て笑みを零した。直後、側で物音がした。イアンは物音がしたほうへと目を向ける。
「イアンの笑うところ久々に見たでっす」
イアンの目にはあの南瓜のお化けパンプが映った。イアンは一瞬驚きはしたが、パンプを見ると安堵の溜め息を吐いた。
「驚かさないでくれ。奴らかと思ったじゃないか」
「まさか存在を忘れてたんでっすか! 酷いでっす」
イアンの言葉にパンプはわざとリックを起こすかのように大声を出した。突然の事でイアンはリックのほうを見やる。リックはまだ眠っている。然し、パンプは静かにならない。寧ろ、余計に声は増していた。
「おい、リックが起きる。休んでいるのを邪魔したくない。静かにしてくれ」
ついにはパンプを力で押さえ込んで静めた。それでもパンプの騒ぎは収まらない。とうとう、リックは目を擦り起き上がった。
「んー。此処どこ?」
辺りを見渡しても見知らぬ場所にぽかんとしているリック。彼女の声にイアンとパンプはハッと我に返った。リックは辺りを見渡して二人、正確には一人と一体を見つけると、遠い目を向けた。
「何やってるの?」
「起こしてしまったかい」
「リック、聞いてくだっさい。イアンに化け物扱いされたでっす」
パンプは泣き真似をしながら、イアンをチラッと見た。イアンは気に食わぬ顔をしている。リックは不思議そうな顔を浮かべた。
「だって、化け物じゃん」
「リックまで酷いでっす」
リックの言葉にパンプは真似ではなく、本当に泣いてしまった。リックはパンプに背を向けた。その姿を見てイアンは違和感を覚えた。
「リック、良くない」
「イアンもそうでしょ」
「いや、誤解だ。俺は、」
二人が会話したその瞬間、近くで地響きがした。余りの大きな音にそれぞれが振り向いた。
「イアン、行こう。何か起こったのか気になる」
その言葉でリックとイアンは駆け出した。