五話 二度の異変に
二人が目的地に足を向けてから数時間後。二人は休憩する為にとある小屋に来ていた。というのも、目的地までかなりの距離があった。最悪、日を跨ぐかもしれない場所にあったのだ。それを知らされていないリックは一向に着かない事を不審に思った。
「ねえ、何時になったら着くの? もしかして時間稼ぎしてる?」
リックは椅子に座って顔を顰めながら訪ねる。リックの予定では随分と狂わされているような感覚に陥っていた。最初、イアンと会った時は顔を綻ばせていた。不審になったのはイアンの怪しさを漂わせる行動にある。今だってそうだ。イアンは小屋の窓から外を眺めていた。それも普通にではない。少しばかり警戒しているような、リックにはそう感じたのだ。先程、リックは問い掛けたが、返答はない。イアンは無言で外を見続けている。
「ねえ、聞いてる?」
イアンの様子にリックは大声で呼び掛けた。リックの声にイアンは振り向き、リックを見詰めた。
「どうしたんだい?」
「聞いてなかったの? それともはぐらかしてるの?」
リックはイアンに厳しい視線を飛ばしている。今のリックにはイアンを不信に感じていた。何故なら、イアンが不敵な笑みを浮かべているような気がしたのだ。
「リック?」
何か異変を察知したイアンはリックに呼び掛ける。だが、依然としてリックは厳しい視線を放ち、警戒している。
「大丈夫かい?」
イアンが一歩踏み出し、リックに近付こうとした瞬間だった。
「近付かないで! 何か企んでるんでしょ!」
リックが大きな声で叫ぶように発した。イアンは目を見開いて驚く。予想外のリックの反応に困惑するしかなかった。実際、イアンの眼はあの時と同じ紅く充血したような色、口からは鋭く尖った牙が露われ、更に耳も変化し、鋭い爪が現れていた。どう見ても容姿がおかしかった。
二人の間には重苦しい空気が漂う。暫く、沈黙が流れた。リックは警戒心を、イアンは淋しさをそれぞれ抱き始めた。何分か経った頃、不意にイアンはその場に座り込んだ。その様子にリックは警戒心をゆるめ、イアンに忍び寄るように近づいた。
「イアン?」
イアンの目の前まで来ると、リックはそっと声を掛けた。直後、ある異変に気付いた。
「イアン! 大丈夫?」
イアンは全力疾走した後のような激しい息遣いと汗だくになっていたのだ。リックは呼び掛け続けるが、イアンは答えない。いや、答えられなかった。リックは心配になりながらもイアンが息を整えるのを待った。
数分後、イアンは息を整えて立ち上がった。リックに行こうと声を掛けて、小屋を出ようとする。だが、不意に腕を掴まれる。腕を掴んだリックを見やると、リックはまっすぐな視線を向けていた。
「もう、隠さないで。私、気付いてる。何処に行こうとしているのかも検討がつく」
それでも、イアンは黙り続け、リックの手を振り払った。まだ子どものリックの力は当然負けてしまう。リックは諦めて、その場に蹲った。イアンはリックを独り残して去ってしまった。リックは徐々に独りでいるのが心細くなった。嘗てリックは口にした。イアンを本部に連れて帰る、と。その時が来なくなってしまったんだと思うと、少しばかり哀しくなり、目から滴が落ちる瞬間、リックの耳に誰かがやって来る足音が聞こえた。潜めるように身を縮こませた。然し、足音は近付いてくるばかりだ。リックは足音が去ることを願いながら、息を殺す。
「リック、悪かった。リックが嫌だと思うなら、ここで」
「嫌じゃない! だから、お願い。あの日にあった事を話してほしい」
リックのまっすぐな視線がイアンに刺さる。イアンは一呼吸置いて、口を開いた。
「悪い。今は話せない」
それでも、話そうとしないイアン。リックは無理に聞こうとしないが、気になった。
「今じゃなくていい。でも、何時話してほしい。私との約束だから。云っている意味分かるよね。約束は約束だよ」
イアンは悔しさが込み上げ、思わず唇を噛みしめた。
次話更新は来週の月曜日です。
祝日ですが、更新予定です。