いあ!クリスの体調不良 11
とはいえ相手が片手であり、アデルは全身の筋肉を使ってなお地面を滑るほどの威力。
まともに受ければ致命傷は免れない。
その証拠にアデルの持っていた警棒は無残にひしゃげている。
「おい誰か警棒くれ!」
そう叫ぶと同時に周囲で様子を見守っていた通信手が警棒をアデルに投げ渡す。
彼らも人間であり、戦闘に関してはからっきしのためそのような配置になっていた。
しかし戦闘が始まってしまった今、逃げるに逃げられない状況に追いやられて身を隠していたのだ。
「さんきゅっ、さて続きと行こうぜお嬢さん」
「お前……なかなかやるニャン」
「そりゃどうも、次はこっちから行かせてもらおうか」
警察官最弱、と自称したアデルだがその言葉は間違いである。
実のところ並みの獣人程度であればアデルの前では片手間に捕縛されてしまう。
ドワーフのような膂力に秀でた種族でも力任せでは勝てずとも技を用いれば対処可能。
エルフのような魔法を使う相手であってもよほどの手練れでない限りはどうにかできてしまえる。
それほどのポテンシャルを持つ、裏界隈ではこっそりと人間最強の男とまで称されるアデルの本気。
それはとても単純なことだ。
「せー……のっ!」
「ニャン!?」
先ほど攻撃を受け止めた際の応用、全身の筋肉と骨を使った防御術を攻撃に転じさせること。
全身のバネを使いアスファルトの地面がえぐれるほどのスタートダッシュ。
そのまま勢いを殺さずに繰り出す一撃は、並大抵の相手ならば一撃で致命打となる。
「ニャ! ニャ、ニャ、ニャー!」
それを四連撃、猫魔族が対処できたのは最初の一撃のみ。
残り三回は全てその身、その急所で受ける事に。
「ゲホッゲホッ……ふぅ……」
とはいえ、生身の人間がそれほどの力を行使すれば反動も相応。
攻撃を仕掛けたはずのアデルは鼻や額から流れる血を乱暴に袖で拭い、根元から折れた警棒を投げ捨てる。
震える膝を一回叩き、無理やり動かす。
「警棒!」
「は、はい!」
通信手に声をかける際も気配りなどする余裕はなく、怒声のように腹の底から響かせることしかできない。
そうしなければ、しぼりださねば声を発する事さえ辛いのだから。
「悪いな……寝てろ」
地面に倒れ伏した猫魔族の後頭部に銃を押し付け、引き金を三度引く。
込められているのはゴム弾だが、当たり所が悪ければ人なら死ぬが魔族なら平気だろうと楽観視してのことだったが……。
「ニャン♪」
「がっ」
三発の銃弾、銃口を頭につけたまま放たれたそれを難なく躱した猫魔族は蹴りを放つ。
先ほどと違い速度の乗っていない、そして多少なりともダメージはあったのか、はたまた無理な姿勢が祟ったのかは不明だが力の乗り切っていない一撃を腹部に受け、身体が吹き飛ぶのを実感するアデル。
(やっべぇ……吹っ飛んでる。痛みがじわじわ来る……景色が流れるのが遅いな……このコースだと警部たちのところに飛ばされそうだな……あ、あの折れた標識は危ないから避けないと……着地……あれなんだ、缶コーヒー? ……ナコトさんたち相当暴れてるな……あれも避けよう)
吹き飛ばされて数秒、走馬灯の如く一瞬を永遠にも感じたアデルは瞬時に状況を把握して空中で姿勢を立て直す。
落ちている缶コーヒーはカオス特産、鬼の握力にも耐える特別製でありうっかり踏みつけでもしたら転倒は免れない。
故にそれを避けて着地を決めるが……。
「ガフッ」
無事なのは頭と精神のみ。
魔族の蹴りを防御もなしに受けてしまったことで身体はどうしようもないほどのダメージを受けていた。




