いあ!クリスの体調不良 9
「し……死ぬかと思った……」
「は、はは……ようこそ始末書……」
「アデル、よくぞ生きていたな……今度黄色印の寿司屋連れてってやるからな……」
「わ、わーい……」
道中二人の正気度が削られることになったが、指定時間内にたどり着いた一行。
パトカーの無線はすでに使い物にならない、というよりはパトカーそのものが現場に到着するや否やボンネットから黒煙を吐き始めたため別のパトカーの前にて待機していた。
「こちら元4号車、車体破損につき5号車から本部へ。現場に到着した。送れ」
『こちら本部、何があったかは後で詳しく聞くが……現場の指揮官に通達済みである。直ちに対処に当たれ』
「了解……つーわけだ、ナコト。ついでにルルイエ。任せるぞ」
「警部……腰痛いっす」
「さっきの小切手にもう一つ0書き足してやるから我慢しろ」
「よっしゃぁ! 1000でも2000でもかかって来いやぁ!」
金にあっさり釣られるルルイエ。
目をLaに変えて敵陣の上空に飛び立つ。
「ねぇねぇ、私の出番はルーちゃんが雑兵削ってからのがよくない?」
「お前が行けばもっと早く済む」
「それもそっか、じゃあ行ってくるねー」
とりあえず戦線にぶち込んどけという適当な理由で放り込まれたナコトだが、普段の扱いからもその辺りは本人も承知の上と言わんばかりに敵陣に突撃していく。
と、同時に爆炎が上がり、魔族達が宙を舞う。
「アデルは現場指揮官のところで待機、俺は前線の部隊を指揮するから伝えといてくれ」
「了解しました……」
息も絶え絶え、精根尽き果てた様子のアデルはフラフラと指揮官の下へと歩みを進め、アバーラインはナコト達の後を追うように最前線に向かう。
「はっはー、雑兵がごみのようだ!」
「ルーちゃんノリノリだねぇ……ほいっと」
空からはルルイエの爆撃、地上では重戦車にも引けを取らないナコトの暴力。
この二つのコンボに挟まれた魔族はと言えばたまったものではない。
規則正しく並んだ魔族達は仲間が蹂躙されて行く様を見て蜘蛛の子を散らすかの如く、方々へと逃げようとしたところをヒーローや警官に各個撃破、そのまま捕獲される。
もとより幹部クラスはさておき雑兵の中で脱獄できたものはさほど多くなかったため、わずか数分で魔族の軍勢は壊滅状態へと追いやられた……4人を残して。
「ナコト、そいつらが最後の……まて、一人足りない」
「くはははは! よくぞ我が兵士たちを退けた小娘よ! だが我の狙いは貴様ではない! すっこんでおれ!」
自称大魔王がいかにもと言った様子で両手を広げてナコトに声をかける。
「かっちーん……」
的確に地雷を踏みぬいて。
ナコトは自身の体格を気にしている。
鬼という種族は本来丸太のように太い手足とそれに見合った2mを超える体躯を持っている。
だがとある理由からナコトは小柄な少女のそれであり、むしろあんなゴツイ見た目じゃなくてよかったとまで思っているほどではある。
だがアデルのような人間に比べても……ましてやルルイエのようなグラマーな女性に比べても貧相なことに関しては人並みのコンプレックスを抱いていた。
「アバーライン……止めないよね」
「あー……やっちまっていいぞ」
ここで下手に制止すれば被害が拡大する、その事を知っていたアバーラインは頭を抱えながらゴーサインを出した。
「ふん、ゴウセルよ。相手をしてやれ」
「御意」
ゴウセルと呼ばれた猿のような魔族がナコトの前に立ちふさがり、振り上げられたナコトの拳を受け止める。
大型トラックであろうとも一撃で大破させうる拳をだ。
その事に驚いたように目を見開くナコトとアバーライン。
「ふむ、その体躯の割には大した威力だが……軽いな」
拳をつかまれ、そのまま投げられたナコトは空中で回転しながら両の足で着地を決める。
思わず警官隊やヒーローから点数を叫ぶ者が出るほど見事な着地だが、アバーラインが一喝して黙らせる。
「ねぇどうしようアバーライン」
「あ?」
「軽いってほめられちゃった!」
「お前もまじめにやれ!……っと」
えへへーと身をよじって照れるナコトに怒声を飛ばしたアバーラインはおもむろに右手を前に突き出す。
その手のうちには鱗を持つ魔族の拳が収まっていた。
「不意打ちとはやってくれるじゃねえの」
「ふん、我ら魔族に正々堂々などという言葉は存在せぬ」
「いやしてるだろ、お前が卑怯なだけで」
「笑止千万、勝てば官軍よ」
「そうかい、ナコト。そっちは任せたからこれは任せろ」
「うーい、ほどほどにねー」
「お前はまじめにやれよ」
「戦の最中に軽口とは、豪胆なのか阿呆なのか……」
アバーラインと対峙した魔族が追撃をアバーラインに打ち込もうとするが、柔術を利用して魔族の姿勢を崩して防ぐ。
「どっちでもない、お前がとるに足らないだけだ」
「……その軽薄な口がいつまでもつかな」
こうしてナコトとアバーラインによる戦闘が始まった。
その頃上空では。
「あちゃー、ナコトさん久しぶりに歯ごたえある相手で楽しんじゃってるなぁ」
「ゴウセルの奴も愉快そうだ」
「あ、そちらさんも? バトルジャンキーなの? あれ」
「うむ、戦とは力を信条とする男でな。我らもなかなか苦労させられている」
「へぇ、じゃああちらさんは?」
「奴はゲンガ、戦とは卑怯を信条とする下衆だ」
「ははぁ……お互い苦労が絶えませんなぁ」
「まったくだ」
「ところでなんだけどさ」
「ん? なんじゃ?」
「これって私らも戦わなきゃいけないのかな」
いつの間にかルルイエの隣で浮遊していた羽をもつ魔族。
その手には一本の杖が握られていることから魔術師や魔法使いと呼ばれる類であるのは明白だ。
「うむ、まぁ初めて気の合いそうな者に会ったばかりで気が進まぬのだが……我らが主と魔王様のご命令でな」
「まぁそうなるよねぇ」
へらへらと笑いながら、ルルイエはこっそりと魔王と主を使い分けたという事だけを心にとどめておいた。
「魔王軍幹部、魔の四天王ゼン。参る!」
「あー……えっと、ラビィです。お手柔らかに」
勝手に他人の名前を使うルルイエにツッコむ者はいない……が、ともあれこうして上空でも戦いの火ぶたが切られた。




