いあ!温泉旅館!20
「で、もう一通は……あー……」
ナコトがもう一つの封筒から一枚の髪を引っ張り出したナコトは煙草を灰皿に乗せて得心が言ったと言わんばかりに頷く。
それからスマホを取り出し、何やら操作をしてからクリスにも見るように促す。
「……あぁなるほど、確かに今日はこの嫌がらせのような報酬の受け渡しと荷物運びがメインだったみたいですね」
二人の手に握られているのは請求書だった。
今までクリスが作った膨大な借金に比べたら吹いて消えてしまいそうな金額で、なおかつ今のクリスならば即金で返済できる程度の額である。
「ルーちゃん、それ確認しとこうねー」
「へ?」
「あとこれあげます」
「貰えるなら貰うけどいいの? ……ってうわっなにこれえぐっ!」
自分の貰った写真と札束に夢中になっていたルルイエが現実に引き戻されると同時に、写真を見て眉をひそめる。
少し首をかしげるクリスとナコトはひそひそと何かを話し始めたがルルイエは気にすることなく最後の封筒を開くのだった。
「へぇ、請求書……あー仕切り板壊しちゃったしやむなしか……しかーし! 今のルルイエ様にはこの報酬があるのだ!」
高笑いを擦るルルイエは、一つ大きく見落としている事に気付いていない。
「ルルイエさん、裏を見てください」
「ん? 裏? ……ほげぇえええええ!」
乙女らしからぬ悲鳴を発したルルイエ、その視線の先にはクリスが今まで作り上げた以上の借金額が記載されていた。
「は……はは……ぜろがいっぱい……」
「また借金増えちゃいましたねぇ」
「例によって例のごとくナコトさんが立て替えておいたからねー」
温泉をぶち壊しにしたという事で桃源郷と、温泉旅館湯楽の両方から莫大な金額を請求されていた。
ルルイエは無事ニャルから残りの報酬70万や、サイン付きの生写真などをてにいれることこそできたが帳簿は真っ赤である。
真っ当な仕事では末代までかかっても返すことのできないであろう金額がルルイエの前に晒されているが、その理由は温泉に最も被害を与えたのがルルイエだからだ。
クリスもナコトも相応の行為は行ったが、壊したのは仕切り板だけである。
その金額はせいぜいが10数万。
対してルルイエは男湯全面改装とその期間露天風呂が使えなくなるという被害額を合わせて天文学的な数字になっていた。
もっとも、ルルイエが矢面に立たされただけで、やりすぎていなければ被害額はまとめて三人に分割で請求される予定だったが、いかんせん仕切り板の腐食は旅館側の落ち度であったのも合わせてクリスとナコトは軽微で済んだという側面も有ったりする。
「ニャルさんに関わったらこうなるっていう、いい教訓になったんじゃないですかねぇ」
「あぁニャルちゃん関わると誰しもタガが外れるからねぇ……普段のルーちゃんだったらもっと穏便に済ませてただろうし」
「やっぱり精神操作とかしてたんですかね」
「してたんじゃないかなぁ……ほら、だってルーちゃんヘビースモーカーなのに今回ほとんど煙草吸ってないし」
「あっ、そういえば!」
「それにさっきの写真、あの程度ならルーちゃんの部屋にあるエロ本とか、PCの中に蓄えられてる動画画像ファイルに比べたら大したことないのにドン引きしてたし」
「……うわぁ」
クリスの驚きに満ちた表情が一気に軽蔑した物に変わる。
「まぁ……これに懲りたら依頼は選ぶようになるでしょ」
そう言ってとろけながら涙を流すルルイエの背後にあるテレビのチャンネルを変えるナコト。
『はーい、今日は噂のリゾート地! 桃源郷に来てまーす! NYA48初の温泉ロケなんですがー、今回予約した旅館はこちら! 豪華ホテルグレープです!』
バチコーンと、ウィンクを飛ばすNYA48の面々が映し出されたテレビを見ながら、やっぱりこいつに関わるとろくなことにならんなとため息を吐くクリスとナコトだった。
るーるるーと涙を流すルルイエはさておき、今日もルルイエ探偵事務所は借金地獄の真っただ中である。




