いあ!温泉旅館!9
さて、桃源郷の温泉だが基本的に効能や景観、その他様々な要因でランク分けがされている。
最上位のSランクともなれば先程クリスが読み上げたような効能に加えて昼間であろうとも満天の星が楽しめたりと常識などどこへやらという店舗もあるほどだ。
その中で言えば湯楽は旅館としては最高ランクでありながら温泉はSランクではない。
その理由はいたって単純であり、シンプルこそ至高なりというオーナーの意向によって露天風呂は岩風呂。
屋内はジャグジーなどを中心にシャワーやサウナなど、言ってしまえば桃源郷へ来なくとも楽しめるレジャー温泉の類。
そして半露天風呂としてエルフを中心に人気の高い檜風呂が用意されている。
とにかく湯の効能と、落ち着いた雰囲気、常に変化する空模様、当たり前のことは当たり前にというのがコンセプトになっている。
まず効能の時点で当たり前ではないが、趣向を凝らした風呂を用意する他の旅館と比べるとひときわ目立つのも事実であり、それを楽しむ常連も少なくはない。
またエルフや獣人はこの自然との調和を重んじる檜風呂を気に入る者も少なくない。
というよりは湯楽を訪れたエルフと獣人の富裕層は以後他の宿よりも湯楽を選ぶほどである。
ドワーフなどの鉱石と強いつながりがある種族も岩風呂には興味を示し、それらと一切かかわりのない者達もそういった種族の口コミで引き寄せられる。
ニャルがこの旅館を取材するとしたのもその辺りの事情があったのだろう。
最高級の宿でありながら、風呂は普通であり値段も実のところ同ランクの中では安価である。
とはいえそれなりの額ではあるが、テレビ受けする宿という意味ではこれ以上ないだろう。
「いやぁ、なんか開き直ると楽しみになってきました!」
「だねぇ。あ、ルーちゃんお風呂上りに煙草一本頂戴ね」
「いいっすよ、その代わり風呂上がりの牛乳はナコトさんの驕りで。クリスも飲むでしょ?」
「あ! じゃあコーヒー牛乳で!」
「あらら、煙草一本が随分と高くついちゃったかな……でもそのくらいならいいよ! ちなみにナコトさんはいちご牛乳がお好きなんで、明日はよろしくねルーちゃん」
「むむむ、ナコトさんも強かな……いいでしょう。明日は風呂上りに驕りましょうとも! なにせ今回の報酬が山ほど……ぐへへ」
女が三人集まれば姦しい、などというがまさしくその言葉の通りワイワイと温泉に向かう三人。
一方その頃。
「……アバーラインさん、俺が死んだらこの遺書はハワード地区に住んでいる両親に渡してください」
「ばっかやろう……絶対に生きて帰るんだよ、俺達はな……」
「アバーラインさん……そうですね、俺少し弱気になってたかもしれません……絶対に……絶対に生きて帰りましょうね!」
「おうとも、俺にゃ残してきた家族がいるんだ……娘はもうすぐ6歳でな。今度の休みはランドセル買いに行こうって話していたんだぜ」
そう言ってスマホの画面に映る少女を見せるアバーライン。
少女を抱える美女は、彼の妻であり元人間の吸血鬼である。
種族を超えた恋愛の果てに、愛する者のためと自ら人であることを辞めた女性。
カオスでは珍しい話ではないが、しかしアデルの顔色は優れない。
「っと……すまんな、お前はこういうの嫌いだったか」
「いえ、いいんです。夢も希望も誇りも捨てて人間を辞める輩が嫌いなだけで、アバーラインさんの奥さんみたいな信念の為に、って言うのはむしろ尊敬していますから」
「そうか……まぁなんだ、とりあえず飲むか?」
冷蔵庫から引っ張り出した高級なブランデーを片手にアバーラインは笑みを作る。
日頃から表情筋を動かし慣れていないせいか、ひきつった様にも見えるそれは、しかしアデルには慈愛として確かに届いていた。
「俺、そんなに強くないですよ?」
「人間だからな。ま、今日はこれ一本にしとこうや」
「じゃ、遠慮なく……」
アデルは部屋に備え付けられた二つのグラスをテーブルに置き、アバーラインから受け取ったブランデーを注ぐ。
それを片手に向かい合って座った二人は、窓の外の平穏な風景を一瞥してから向き直った。
「「カンパイ」」
チンッと小さな音を立ててグラスが触れ合う。
黄金色に輝くブランデーは、音と共に波打ち二人の腹へと落ちていった……。




