いあ!温泉旅館!8
「流石桃源郷の老舗旅館……温泉の種類が豊富ですね」
「私はエステかなぁ……最近肌艶がねぇ……」
「ナコトさんピチピチじゃないですかー。私なんか最近眠れなくって……」
「おや? なんかあったのかな? 部屋に問題があるならできる限りのことはするけど?」
ルルイエ探偵事務所に引っ越したクリスだが、ここ数日の寝不足に悩んでいた。
その程度で荒れてしまう程、邪神の娘の肌はやわではないが本人としては気になるのだろう。
「えっとですね……向かいの部屋から騒音が……」
ちらりとクリスが視線を向けたのはルルイエである。
長期休暇という事もあってか、現在ルルイエのドはまりしているゲームは限定イベントを実施しているのだ。
それに没頭するルルイエ、時折「尊い!」やら「たまらん!」といった奇声を発してはナコトが殴り込んでいた。
なお、家賃や給料が払えなくなった原因でもある。
「あぁ……うん、手間だけど帰ったら部屋変えようか……」
「お願いします……もう日当たりとか贅沢言いませんから……」
クリスが望んだのは日当たりの悪い部屋だった。
基本的にルルイエ探偵事務所の空き部屋はいくつもあるが、その中でもずば抜けて日当たりが悪いのがルルイエの向かいの部屋だったという流れだ。
「まぁあの部屋程ではないけど日当たりが悪くて、同程度の広さの部屋はいくつかあるから帰ったらじっくり選ぼう。それより、これ見てよ!」
そう言ってナコトが指さしたのは露天風呂の写真だった。
妙に艶っぽいエルフの女性がタオルで身体を隠して湯につかっているそれは、煽情的を通り越して芸術的な美を演出していた。
「なになに……肩こり腰痛、お肌の荒れに保湿効果、片頭痛や不眠症にも効果あり、というか大体の病気はこの温泉に浸かれば治ります……?」
まともに考えれば絶対にありえない効能、しかしカオスとそれに準じた世界に常識なんてものはない。
なにせ神々が直接手を尽くして作り上げた世界だ。
火山も何もない世界であろうと、どこからか温泉が無限に湧き出しとんでもない効能を持っていようとも今更である。
「この前トラック投げてから肩の調子が悪かったんだよねぇ……」
「あぁ、ナコトさんでもあれはきついですか?」
「うんにゃ、久しぶりすぎてはりきっちゃってねぇ。全力出したら身体の方が追い付かなかったのよね」
「……なんというか、流石お父さんとお母さんのご友人ですね」
「それはどういう意味かなぁ?」
「そのまんまの意味です。ともあれ、せっかくですし……行っちゃいます?」
「行っちゃおう!」
顔を突き合わせてにんまりと笑った二人は、そのままクローゼットからタオルを取り出して準備を進める。
まだ時間も早いため、着替えはいらないだろうと考えてかタオルを除けば手ぶらも同然のいで立ちだ。
「あれ? 二人ともお風呂?」
「そうですよ、ルルイエさんはどうしま……あーいや、やっぱ来ないでいいです」
「ちょ!? なんで!?」
「日頃の行いというやつです」
ルルイエのセクハラ被害者であるクリスの目は冷たい。
温泉街だというのにこの一室だけが絶対零度である。
「む、私だってTPOはわきまえるんだぞ。温泉で不埒なことなどしない!」
「不埒な自覚はあったんですね……まぁそういうならいいですけど、もし変なことしたら男湯に投げ捨てます」
「わかった!」
自信満々、笑みも満々とクリス達同様にタオルを手にしたルルイエは意気揚々と二人の前を歩く。




