いあ!温泉旅館!7
そして現在はというと……。
「もしもし、お父さん? うん、なんかあったら連絡するからニャルさん捕まえといて……デッドオアアライブで」
「ぐへへ、達成報酬で70万。それにサイン付きブロマイドなら1枚20万は堅い……」
「さーて、久しぶりに本気で挑もうかな……」
臨戦態勢の女三人である。
「色気の欠片もねえ……」
「アデル、毒のある肉は食うなよ……」
「うす……」
意気消沈している男2人を引き連れて、彼女たちは異世界転移門へと歩みを進める。
ノーデンスという比較的まともな神が任されている領域であり、様々な世界へと飛び立つことができる。
またこの世界に楔を穿つ事で、外界からの転移者は全員この場に転移させられる仕組みとなっている。
以前クリスが叩きのめした自称魔王も、この楔の効果で引き寄せられたと言っていい。
大半の世界は様々な規制が課せられるという法律が存在し、転移の為には専用のパスポートが必要だが今回赴く桃源郷は邪神たちの管轄内なので、そのパスポート無しでも転移可能な数少ない世界である。
他にも年中常夏のふたぐんビーチや、逆に一年を通してウィンタースポーツが楽しめる狂気山脈なども存在する。
「ニャルラトホテプ様のご推薦で桃源郷へ往復5名様ですね。こちらへどうぞ」
明らかに旅行に行くという面持ちではない面々を無視して、転移門の受付嬢は淡々と仕事をこなす。
荷物を片手にしばらく歩かされた一行は、一つの部屋に案内され扉が閉まると一瞬の浮遊感を感じとる。
そして数秒後。
チーンという間の抜けた音と共に部屋の扉が開かれた。
「ようこそ、桃源郷へ」
僅か数秒の旅。
エレベーター感覚での異世界転移。
他の世界の住民からしたら卒倒しかねない魔導技術である。
が、そこは神々の管理する世界故の利便性。
ただの人間であるアデルでさえも、今更驚くようなことは無い。
「……ナコトさん、ここからは常に臨戦態勢でいましょう」
「……だね、クリスちゃん。どこから何が飛んでくるかわからないよ」
ニャルを知っている二人は既に警戒を厳にしている。
「おっほぉ! ここが桃源郷! うっはうはのゴージャス温泉地帯!」
ニャルの本性、あるいはニャルがもたらす被害を知らないルルイエだけが上機嫌である。
「……アバーラインさん、胃薬無いですか」
「よく効く奴持ってきている……後で分けてやる」
「あざます……」
そしてゴージャス感に気おされて胃を痛める小心者二人。
一般市民と逸般市民では反応が真逆になるのも致し方ない事である。
「………………おかしいですナコトさん。いつまでたっても攻撃が来ません!」
「クリスちゃん……これも新手の罠かもしれないよ……」
いつまでも疑り深い二人だった。
こうして桃源郷にたどり着いた一行だったが、それから数時間。
目的の宿湯楽に何事もなくチェックインを済ませ、男女別の二部屋に分かれ、昼食をとり……と何事もなく平穏な時間が流れていた。
「おかしい……ご飯に毒が入ってなかった……」
「ニャルちゃん、いったい何を企んでるの……」
「いやぁ、最高だぁ……」
疑心暗鬼にとらわれた二人はともかくとして、ニャルの脅威を知らないルルイエは豪勢な食事と広々とした部屋、窓から見えるは値百万の自然豊かな風景に大満足だった。
「……ナコトさん、もしかしてこれは奇跡が起きたと考えるべきでは?」
「むぅ……本当にただのロケハンって可能性のこと言っているのかな? だとしたら……まぁあれで結構芸能活動には熱心だったし……でもなぁ……」
「そうなんですよねぇ……ニャルさんですからねぇ……」
信用というのは何物にも代えがたい。
そしてそれを得るのには膨大な時間がかかる。
対して、ニャルラトホテプという神は本来信頼を得るために使うべき膨大な時間を、信頼を損なうような行為につぎ込んできた。
数千年もの時間をかけて積み上げた不信感は伊達ではないのである。
「……なんか、こうも肩透かしばかりだと警戒するのもばからしくなってきました」
「……そうだね、なんか起こるまでは開き直って旅行を楽しもうか」
ようやく諦めた、あるいは開き直った二人は大きく伸びをして神経を張り詰めさせていた事で凝り固まってしまった関節をコキコキと鳴らす。
それから深呼吸をして、頬を軽くたたいてから旅館の案内に目を通し始めた。




